20話 異常

「霞月殿、圧倒的な数敵有利により実力下位の夜叉はみるみる減っています。やはり問題は一級の夜叉かと」後輩の魔術師が駆け寄ってきて言った。


「そうか。今、一級の夜叉は何体討伐されている?」俺が聞くと、後輩は「それがなんと・・竜仙殿の指示で前線に出てきた一般団員が一体の夜叉を圧倒し、討伐に成功した模様です」と言った。


よくやった、楓。俺の判断は間違っていなかった。


昨日、竜仙と話した時に『楓を一級と戦わせるように』と伝えた。能力のことは伏せて。


あの子の実力を、もっと知らしめる必要がある。きっと将来の神隠団を支える存在となるはずだ・・風龍剣一のように。


まぁ、そんなことを考えてる暇はない。俺の前には一級の妖冥がいる。




「霞月殿!」後輩が叫ぶ。ぼーっとしているうちに、背後から夜叉が刀を振り下ろしてきていた。


「大丈夫。落ち着いて」俺は攻撃を避け、焦った後輩を鎮めた。




神隠団精鋭魔術師兼総務部・霞月。


短期決戦型の隊士であり、小爆発を起こす魔術は夜叉や小型の妖冥に非常に有効。自身の体力の低さは圧倒的な動きのキレと視野の広さによって補っており、最も負傷が少ない精鋭の一人。


優しい心の持ち主であり、仲間や部下からの信頼も厚い。




「今のを避けるか・・」夜叉が呟いた。


「君は喋る系の夜叉なんだね」俺が言うと、後輩に「会話してる場合じゃないですよ・・」と指摘された。でも俺は、こういったところでの情報収集も大事だと思っている。


「どうしてこんな大きな軍団で攻めてきたんだい?」


「答える義理などない」夜叉が言った。声からも分かるが、こいつは堅物だなぁ。


「どうして江戸を襲いたいんだ?」俺は諦めなかった。


「この世界は・・人間のものではない」夜叉が声を震わせた。中々面白いことを言ってくれるな。


「それで、どうするんだ?」


「人間を滅ぼし、世界をあるべき姿へ戻す。そして、私たちも消え、世界は再び自然に包まれる」夜叉が言った。


「それが、君たち夜叉の背景に存在する『元凶』の思想というわけだね?」俺は夜叉の反応を探った。


「でまかせを言うのはやめろ」夜叉は怒り、俺に斬りかかってきた。もしや図星か?




突撃してきた妖冥に爆発を食らわせ、肉片が飛び散っていった。


「やったか?」すると、肉片の一つからみるみる体が再生されていった。


まぁ、一級が爆発一回で仕留められるとは思っていない。


「よし、正々堂々勝負してやろう」俺は刀を構えた。




 夜叉は覚めた目でこちらを見つめ、再生した体を軽く動かして感触を確かめている。


「人間がこの世から消えることが自然の理だというのなら、その理に逆らうつもりはないさ。でも、俺達は君たちの理屈なんかじゃ動かない」俺は夜叉に語りかけた。


「黙れ!」夜叉が一閃、斬りかかってきた。俺はすかさず刀で受け止める。刃が激しくぶつかり合い、火花を散らす。


「君たち妖冥が世界の真理を説くのは勝手だが、俺達にも守るべきものがある。仲間や、この国の人々をね」俺はさらに力を込め、夜叉の刀を押し返す。


夜叉は再び攻撃を仕掛けるが、俺は動きを見切っていた。少し息が上がってきたけど、まだ大丈夫。


「君たちの上司がどんな気持ちで江戸を襲わせているのかは知らないが、俺たちはここで終わらせるつもりだ」俺がそう言うと、夜叉は鼻で笑った。


「終わらせる?人間ごときが・・」夜叉は不敵な笑みを浮かべ、再び攻撃を仕掛けてきた。素早い薙ぎをかわし、俺は夜叉の側面に回り込んだ。


「そう簡単に俺のことは倒せないよ」俺は一気に間合いを詰め、一撃を夜叉の腕に放った。しかし、夜叉は再生能力を持っており、切られた傷が瞬時にふさがる。


一級の妖冥ともなれば、再生速度も並外れているな。


「無駄だ、お前の攻撃は通じない」夜叉は嘲笑しながら再び攻めかかってくるが、俺は一撃をかわしつつ、逆に一撃を叩き込んだ。


「ふん、何度でも斬り裂いてあげるさ」言葉通り、俺は夜叉が再生するたびに刀を振るい、次々と傷を重ねていった。夜叉も反撃するが、俺の速度には追いついていない。




夜叉が再び腕を振り下ろしてきた瞬間、俺はその腕を捕らえ、刀を突き立てた。さらに追撃し、相手のふくらはぎを狙って深く斬り裂いた。


「これでどうだい?」俺が叫ぶと、夜叉は苦しそうに呻き、再生も追いつかなくなった。夜叉は倒れ込んだ。


「はぁ・・」俺は一瞬緊張を解いたが、夜叉はまだ完全に消えていなかった。再び立ち上がろうとしたが、俺はそこで首に蹴りを入れ、素早く背後に回り込み、ふくらはぎに深く刀を突き刺した。


最後のうめき声を上げ、ついに夜叉の体は朽ちていった。




「終わったか・・・・」


俺は息を整えながら、消えていく夜叉を眺めていた。


俺の背後には夜叉の倒れた体が横たわり、周囲は静寂に包まれていた。




「よし、何分かかった?」後輩に聞くと、「5分ほどです」と返された。


「俺にしては長いな・・」だからこんなに疲れているんだ。


ここからは総務部としての仕事に専念するとしよう。戦闘はここまでだ。




      *




 一級の討伐を終えた僕にもう仕事は残っていないのかな・・?


「今の戦況はどうなっているんですか?」魔術師に聞くと、「まぁ、ぼちぼちといったところだ。一級はまだ半数以上残っている」と言われた。


「そっか・・そういえば、『災害級の妖冥』はどこに居るんですか?」


「あちらをご覧くだされ。明らかに荒れている地点がございまする」別の魔術師が指を差した。


確かに、空気感の違う場所があった。あそこに災害級が・・・・


僕はすぐに走り出した。


「お待ちを!!!」魔術師が僕を追いかける。


「上の方々には、僕の独断専行であるとお伝え下さい!竜仙さんの指示ではないと強調するようにお願いします!!!」そう言って僕は精鋭特務部隊のもとへ突っ走った。


もう、ここで死んでもいい。自分の限界を試したいんだ。




最前線のさらに先、離れた場所で精鋭特務部隊は妖冥と戦っていた。


当然、僕のような入団したての未熟者が来ていい場所ではないとわかっている。それでも、僕の命ひとつで戦況を変えられる可能性がほんの一寸でもあるのなら、僕は戦ってみたい。




妖冥と戦っているのは『竜仙』『美鈴』に加え、精鋭特務部隊の『風間真一郎』『三浦』『陽一』『翔之助』の六人。全員、紛れもない精鋭だ。


「助太刀に来ました!!!」僕はバカのふりをして叫んだ。もちろん怒られる前提である。


「誰だおめぇは!!何しに来てんだ!!!!」翔之助さんが怒鳴る。


「今、首謀者の妖冥と戦ってるんですよね?だから僕も・・」途中で陽一さんに止められた。「君はここから離れたほうがいい。すごく危ない場所だ」陽一さんが言う。


「僕はここで戦いたいんです!!!」そう叫ぶと、戦闘中だった竜仙さんが引き下がり、僕の存在に気づいた。「お前、どうしてここに居る?」竜仙さんが言った。


「一級を倒したので、次はここだと思いまして・・」竜仙さんは無表情で「そうか」と言った。


「帰さないのか?」陽一さんが聞くと、竜仙さんは「楓の判断に任せる」と言った。


「良いじゃねぇか!こんなやる気に満ち溢れた若手は、今どき珍しいぜ!!!!」三浦さんが豪快に笑った。「君がここに居ても役には立てない。悪いことは言わないから、戻ることを勧める」風間さんが諭してきた。


「お言葉ですが、僕を気にかける前に夜叉との戦闘に集中しませんか?」悪いけど、僕は従順で利口な団員ではない。


「・・風間、こいつは役に立つ」竜仙さんが一言、言い放った。


「竜仙までそんなことを言い出すか・・もう好きにしていい。その代わり、命の保証はしない」風間さんはそう言って戦闘に戻った。




「体躯は人間の三倍以上。纏っている鎧の頑強さも並外れており、物理攻撃・魔術ともに通用しないと考えるべき。背中には翼のような骨の残骸が広がり、あの異様な姿を作り上げている」陽一さんが言った。


一瞬で死を覚悟する程の威圧感と異様な雰囲気。赤く光った瞳も、こちらへの死の宣告を言い渡しているかのようだった。


「ありえねぇ力だ。こっちの攻撃は微塵も効いちゃいねぇ」翔之助さんが言った。


妖冥が一歩を踏み出すたびに地面が震え、その一挙手一投足が恐怖を呼び起こしている。


手には巨大な戦斧を握り締めており、その刃はまるで無数の魂を吸い込んだかのように黒光りしていた。


その斧が振り下ろされるたび、空間そのものが裂けるような轟音が響き渡る。




「こんな怪物がいるとは思ってなかったっすね・・調査時点ではおそらく本来の姿を隠してたっす」美鈴さんが言った。確かに、僕たちが観測した時にこんな巨大な妖冥は居なかった。


妖冥は、この場にいる全員を視界に収め、無言のまま威圧感を放ち続けていた。まるで生きているだけで周囲の命を奪い取るかのような存在感だ。


「戦斧に何か特殊な力があるようだ。気をつけて」陽一さんが言った。


その瞬間、妖冥が戦斧を振り下ろした。斧が地面に振れると同時に、黒い波動が広がり、周囲の土地が一瞬にして荒廃し、死の領域と化した。そこに居た木々は枯れ、空気が淀んでいくのが感じられた。


僕以外は衝撃で激しく転倒し、数秒間身動きが出来なかった。




「逃げられると思うな・・」妖冥の低く響く声が、僕らに重くのしかかった。


「皆さん、立ってください!!!全員で掛かっても手ごわい相手です!ただ、ここで僕たちが倒さなきゃ、誰が倒すんですか!!!!」一番若い人間が音頭を取らなければ、きっと大きな力は生み出せない。


新入りが何を言っているんだと笑われても良い。僕は本気で戦う。




「よっしゃ行くぞお前ら!!!」三浦さんが刀を振り上げ、全員を鼓舞した。


精鋭特務部隊・三浦。自信家かつ豪放磊落。常に前向きで、困難に向かうことを楽しむ。


仲間を鼓舞することに長けており、周囲を明るくする。しかし無鉄砲な一面もあり、冷静さに欠ける。


筋力と身体能力を強化する能力を持ち、並外れた怪力で巨大な武器を軽々と扱ったり、敵の攻撃を直接受け止めることが出来る。自己治癒力もあり、戦闘で負った傷は基本的に戦闘中に完治する。




「援護は頼んだ!!」三浦さんはまるで弾丸のような速度で妖冥に突進していった。筋力を強化した彼の一撃は、地を揺るがすほどの威力を持っていたが、妖冥はそれを片手で受け止めると、戦斧で反撃を繰り出した。


「まだまだだ!!!」三浦さんは叫び、再び攻撃を繰り出そうとするが、その瞬間、妖冥の鎧が暗い光を放ち、彼を吹き飛ばした。


「そんなんありかよ・・」竜仙さんが駆け寄ろうとするが、妖冥がその巨大な翼を広げ、圧倒的な風圧で僕以外の全員を吹き飛ばす。彼の力は桁外れで、まるで生ける災害そのものだった。




「あの鎧にも、何か仕掛けがあるらしいな・・」風間さんが瞬時に判断し、風の魔術を使って鎧の一部を攻撃する。しかし、鎧はその攻撃を無効化し、飲み込むかのように吸収した。




精鋭特務部隊・風間真一郎。寡黙で冷静沈着。任務に対して非常に真剣であり、感情を表に出すことはほとんどない。若手に厳しく、任務通りに行動しない人間を嫌う。


風を操る能力を持っており、攻守ともに安定している。


「なんつー防御力だよ・・」翔之助さんが顔をしかめながら呟く。


「僕が行く」陽一さんが影の魔術を使い、妖冥の動きを制限しようとするが、その瞬間、妖冥が戦斧を振り上げた。




「今だ!!!!」僕が声を上げ、妖冥の斧の動きに合わせて、全力で突撃した。まだ動きの余裕があるとは言え、命を懸けての攻撃だ。


「おい、よせ!!!!」翔之助さんが叫ぶが、僕は止まらなかった。


「一撃だけでも、入れてみせる!!!」僕は硬化で斧を防ぎながら全力で斬撃を繰り出し、妖冥の胸に一撃を与えた。


「今だ、全員攻撃しろ!!」竜仙さんが叫び、全員が一斉に妖冥に向かって猛攻を仕掛けた。


だが、妖冥は再び翼と鎧による反撃を開始し、今度は戦場全体を破壊しようとする。その一撃一撃は、まるで地獄の門が開いたかのような絶望感を伴っていた。


僕以外の六人はもれなく吹き飛ばされ、またしても戦いは振り出しとなった。




「ん・・・・?」陽一さんが僕のもとに戻ってきて言った。


そして、戻ってきた風間さんが陽一さんと目を見合わせる。


「やはり違和感があるよな・・?」風間さんが言った。


「うむ・・」陽一さんが頷く。




「楓、君は何故妖冥の攻撃をものともしていない?」

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