18話 副団長の苦悩
久々に見た霞月さんの姿は以前と変わっておらず、紫の羽織には夕日が差し込んでおり、引き締まった紫色も少しほぐれているように見える。
「霞月さん!?」僕は後ろにのけぞった。どうしてここに・・?
霞月さんは「久しぶりだね。楓が第二選抜試験に合格したことは永善殿から聞いていたよ」と微笑みながら言った。笑うと目尻にしわが出来るところも変わらないですね。
「二ヶ月ほど前、楓と一緒に妖冥を討伐していたのは君だね?君も合格するだろうと思っていたよ」鳴海の方を見て霞月さんが言った。鳴海は「楓のおかげっすけどね」と謙遜した。
「それで、どうして霞月さんがここに居るんですか?」
「俺は総務部だからね。人を広場に集める時はこうやって使いっ走られるのさ」霞月さんが苦笑いで言った。「この少年と知り合いなのか?」竜仙さんが尋ねた。霞月さんは「うん。二年くらい前、一緒に暮らしてたんだ」と答えた。竜仙さんは「そうだったのか・・」とつぶやく。僕はこの二人が知り合いということに一番驚いている。
「関係ないっすけど、どんどん評価上がってるっすよね。霞月・・」美鈴さんが言った。霞月さんは「そうでもないよ。言われた仕事をやってるだけかな」と笑う。どこまでも謙虚な人だ。
「総務部と魔術部を兼任して、どちらの仕事もそつなくこなしている。誰にでも出来ることではない」と竜仙さんが言った。
「霞月さんは二人と知り合いなんですか?」僕が聞くと、霞月さんは「そうだよ。仕事で一緒になることがたまにあるからね。その時に仲良くなったんだ」と言った。
簡単そうに言うけど、この二人って神隠団の中でもかなり偉い立場のはず。対等な友達になるのは難しそうだけど・・仲良くなれたのは霞月さんの人間性が理由かなぁ。
「まぁ、とりあえず今回の任務には俺も参加するから、お互い頑張ろうね」霞月さんが僕の頭を撫でた。
「はい!」
その後、霞月さんは竜仙さんの耳元で何かを言ってから離れていった。
やがて作戦から全隊士が戻り、広場に集まってきた。
集められた隊士たちは、神妙な面持ちで副団長が現れるのを待っていた。夕暮れが近づき、空は薄く暗くなり始めていた。副団長の坂口冬馬がこちらを向いて前に立ち、声を張り上げた。
「再度の招集に応じてくれて感謝する。情報調査の結果、敵の総数は209体、その中でも準一級から一級と思われる妖冥は10体程度。そして一体、災害級の被害をもたらすであろう一級以上の存在が確認された」
ざわつく中央広場。災害級の妖冥の存在が、いかに重大な脅威であるかは誰もが知っていた。
昔、坊さんが聞かせてくれた話だけど・・数百年前、武士同士で合戦を行っていた時代に現れた一体の妖冥が軍を城ごと滅ぼしたことがあったらしい。嘘か真かは分からないけど。
まぁ、災害級というのはそれほどの強さということである。
「作戦を発表する。今回は精鋭特務部隊から六人が本作戦に参加する。そして、六人はとにかく災害級の妖冥を引き付け、一般団員への被害を防ぐ。細かい動きは精鋭特務部隊の六人に任せるが、気を引き続けるように頼む。そして準一級程度の妖冥の討伐は、戦闘部の高位団員及び魔術部の精鋭に一任する。計60人だが、敵が予想よりも手強かった場合は兵を追加する。そして残りの190体程度の妖冥は一般団員で迎え討つぞ。剣士隊から100名、弓兵隊から50名、槍兵隊から100名、魔術部から50名を送る。前線は魔術部と剣士隊で連携をしながら敵を一掃し、残った者を弓兵隊と槍兵隊で処理する。緊急事態の発生時は現場の総務部に伝えるように」
隊士たちは真剣に頷く。
副団長は隊士たちを見渡し、その眼差しには強い信頼と期待を感じた。広場の緊張感が増す中、副団長の声が再び響き渡る。
「我々は今、非常に厳しい状況に直面している。我々の使命は江戸と人々を守ること。そのために戦い続けることは今までもこれからも決して変わらない!そして、今回はただの戦いではない。幕府の今後と神隠団の信頼がかかった、一世一代の大勝負なのだ!!」
副団長の言葉に、隊士たちの表情が引き締まる。
「しかし、我々は皆等しく神隠団の一員だ。恐れることはない。こういう時のために、訓練を重ねてきたんだろう?」隊士たちが頷く。
「我々の目標は明確だ。敵を打ち破り、この地を守ること。皆の力があればそれは可能だ。どんな困難が待ち受けていようと、共に戦い、共に勝利する!神隠団!全員声を上げろ!!」
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」明日から始まる任務に向け、全員が気合を入れた。
「団員になって早々、こんなことになるとはな」言葉の内容とは裏腹に、琉晴はどこか楽しそうであった。隣で声を張り上げる鳴海も、希望に満ちた表情をしていた。
*
俺が副団長になってから、団員と近い距離感で会話をすることはなくなった。とても寂しく感じている。しかし、これは人の上に立つ者の宿命なのだろう。死ぬまで続く、孤独との戦いだ。
皆、俺をキラキラと輝いた目で見てくれるが、俺はその視線を受け取ることしか出来ない。
本当は、お前たちと横に並んで敵と戦いたい。江戸のためならば自分の命など、いくらでも捧げてやる。
ただ、それは無責任な選択でもある。命という消耗品を早々に使い切り、続きは他の者に任せる。一般的にはそれが美しいとされているが・・生き続けることの責任を放棄したとも言える。
俺は今、団長と共に神隠団の団員の一万人を背負っている。この重圧を理解できるものはきっと居ないだろう。
それでも、25歳の時に俺は決めたんだ。副団長という修羅の道を選び、全ての責任を団長とともに背負うと。
今の俺に出来ることは一つだけだ。戦い続ける若き英雄たち、実際に戦場に立つ団員を鼓舞すること。これが俺の役目だ。
「副団長、またしても
晃明は精鋭特務部隊の隊士である。
「どうした?」正直、内容は察しがついている。
「話が長い・・と」側近が笑いをこらえながら言う。
「やっぱりな!そうだと思ったんだよ・・」俺は頭を抱えた。部屋にいる側近は全員笑いをこらえている。
「よし、晃明を呼んでこい」
呆れながら側近は部屋を出ていき、十分ほどして晃明を連れてきた。
「俺の演説に文句があるのか」
「あるに決まってるだろ?長いんだよ毎回」晃明が言った。「でも、皆声を張り上げてやる気出してたじゃないか」俺が言った。
「そりゃあ皆さんは副団長の素性を知らないですからね・・盲信してるんですよ」側近がため息をつく。
「君までそんなことを言うのか!?」
「まったく・・副団長が本当はこんな男だったと知ったら団員は落胆するだろうよ」晃明が言った。
「そう言われてもだな・・」かなり傷つく。
「あと、演説の時毎回猫かぶりすぎじゃないですか?あんな厳格な雰囲気出してる副団長見ると、毎回笑いそうになっちゃいます」側近が言った。
「ヘラヘラしながら演説をする副団長がどこにいる!」普通は、多少威厳を見せておくものだろう・・
少し沈黙が流れた。
「それで、今回の戦、勝てると思ってるのか?」晃明が聞く。俺は「準一級が10体で災害級が1体?冗談言うなと思ったよ」
かつてない戦力の夜叉軍団。精鋭特務部隊が六人いるとは言え、討伐は難しい。
「相手が強ければ強いほど、燃えてくるじゃないか」俺はそう答えた。
「やっぱり面白い副団長だぜ、あんたは」晃明はそう言って本殿を離れていった。
「まぁ、何だかんだ、あなたが副団長だから私は側近をしていて楽しいのかなと思いますよ」側近がぼそっと言った。
「どうした?」
「もう結構です!二回目は言いませんから」側近はむすっとした。
「そうか・・とりあえず、明日からは忙しくなるだろう。伝達に誤りが生じないよう、細心の注意を払って務めるように」
「はっ」側近たちが敬礼をした。こういう時は真面目になるんだよな・・
「副団長、仕事の話になると真面目になりますよね」側近が言った。
「それは俺が君に言うつもりだったんだが」
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