17話 首謀者

 臨時宿舎は通常の宿舎に比べて少し施設が簡素だったが、寝心地は変わらなかった。


「起きろ」琉晴に背中を叩かれた。「う、うん・・」起きて朝ご飯を食べ始めたその時、部屋の戸が叩かれた。戸を開けると雅さんがいた。


「悪い知らせが二つある。どっちから聞きたい?」雅さんが言った。「どっちも悪い知らせなんですか・・」僕が言うと、雅さんは真顔で「そうだ」と言った。


「緊急任務が入った。どうやら、夜叉が軍隊を作って相模から北上してきているらしい。情報部の調査によると、総勢200体程度・・これには神隠団もかなりの戦力を割かなければいけないが故に、私たちも向かわなければならない」雅さんが言った。


夜叉が軍隊を作るって・・そんなこともあるのか。


「夜叉だけで勝手に200体も集まって軍隊を作るなんてこと、あんのか?」琉晴が聞くと、雅さんは「私もそこには疑問を抱いている。軍隊があるということは、発起人のような存在が居るに違いない。それが妖冥か、人間かは不明だが」と言った。「人間が妖冥を率いることもあり得るんですか?」と聞くと、雅さんは頷いた。「妖冥のような強い存在は、幕府に反抗する上で大きな戦力となる。倒幕を目論む者からしたら味方につけたい存在に違いない」雅さんが言った。


「妖冥が人間に利用されることもあるって訳か」琉晴が言うと、雅さんは頷いていた。


「まぁとにかく、早急に支度をしてくれ。出発はすぐだ」雅さんが言い、僕たちは急いで準備を整えた。


臨時宿舎を出て本拠地までひたすら前進し、中央広場へ到着すると、他の隊士も次々と集まってきていた。


広場には既に副団長が待機しており、緊迫した空気が漂っていた。


「副団長が出てくるほどの重大事か・・」勇作さんが言った。「あの人が副団長ですか?」僕が聞くと、春香さんが「そうだよ、本当にすごい人なんだから」と興奮しながら言った。


「滅多にお目にかかれないお方だ。今は彼の一挙手一投足を見る余裕はないが、あの人のお姿はしっかりと目に焼き付けておくといい」雅さんが言った。




総務部が人数を確認していき、副団長のもとへ報告しに向かった。


今回は500人の団員が集結した。


「全員揃ったな。では、緊急任務の説明を始める」副団長が声を張り上げた。


「今回の任務は、夜叉軍団の討伐だ。既に耳にしているかもしれないが、情報部の調査によると、相模から北上する夜叉軍団は総勢200体。その背後には妖冥か、人間の首謀者がいる可能性が高い。我々神隠団は全力でこれに対応する」


「一筋縄ではいかねぇよな・・」鳴海がつぶやく。


「本来ならば、これほどの規模の任務にはもっと大規模な準備が必要だが、時間がない。夜叉軍団が江戸に到着する前に、相模でこれを食い止めるのが我々の役目だ。各班の指揮官はこれに応じて作戦を立て、隊士たちを指導するように」副団長が続けた。




「そして、これはあまり大きな声では言えない話だが・・」十分大きな声で副団長が言う。「今回妖冥が狙っているのは江戸城、政治の中心の中心だ。つまり、これを食い止めることで『神隠団が幕府を救った』という評価を得て、今後幕府からの協力や、団の規模拡大を狙えるかもしれない。なんせ、あの規模の妖冥の軍団の相手をできるのは、日本に神隠団ただ一つだけだからな」副団長が言った。




神隠団副団長・坂口 冬馬とうま。団長から直々に副団長へ抜擢された男である冬馬の手腕は疑うまでもなく、圧倒的な実力と人々を引き付ける強い魅力により、団員からは神のように慕われている。


しかし、冬馬はこの世に完璧な人間は存在しないことを証明している男でもあるらしい・・。




総務部によって僕たちは班ごとに分けられた。指揮官が前に出て、「我々の班は偵察と夜叉軍団の動向を把握することが任務だ。そして、この班には二人の精鋭特務部隊士がつく」と話し始める。




前に進み出た二人の精鋭特務部隊士が姿を現した。第一印象は圧倒的な威圧感と、ひと目でわかる強者の風格。


「竜仙だ。精鋭特務部隊では一番の新入りだが、お前らを引っ張っていく自信はある。強敵が現れたらまっさきに俺を呼べ」


竜仙さんは長身で筋肉質、鋭い目つきが特徴的だ。そして、全身に数え切れないほどの傷があった。修羅場をくぐり抜けて来たことがすぐにわかる。




彼は数々の戦闘で抜群の成績を収め、その名を轟かせている。彼の特技は接近戦で、特に剣術において右に出るものはいないと言われている。


『入団から二ヶ月で精鋭特務部隊に昇格』この実績だけで、剣術の天才であることは理解できるだろう。




「美鈴っすけど・・そうっすね・・頑張ろうって感じです」


美鈴さんは精鋭特務部隊唯一の女性隊士。小柄で華奢な体格だが、その外見に反して驚異的な俊敏性と弓術を誇る。落ち着きと冷静さはずば抜けており、多くの難局を切り抜けてきた。




「皆、彼らの指示に従い、安全に任務を遂行するように」と指揮官は一言、力強く言い放った。


僕たち新米団員は圧倒的に格上の存在である竜仙さんと美鈴さんに少なからず緊張を覚えたが、その一方で彼らとともに戦えることに心強さも感じていた。




僕らの班は30人。浅草での任務を共にした皆もこの班だ。




 任務に出発する準備が整い、僕たちの班は集結場所へ向かう。


「竜仙さん、美鈴さん、よろしくお願いします」と挨拶すると、竜仙さんは短く頷き、美鈴さんは微笑んで返した。


「今回の偵察は、夜叉軍団の位置を正確に把握することが目的だ」と竜仙さんが説明する。「敵の動向を掴み、本部に報告することが最優先事項だ。くれぐれも無理をするな」


「わかりました」雅さんが答え、琉晴や鳴海も頷いた。




二時間ほど走り、僕たちは目的地である川崎宿付近へ到着した。僕たちは馬を降りて偵察を始める。


周囲は静まり返っていた。竜仙さんが先導し、美鈴さんが後方を守る形で進んでいく。途中、竜仙さんが手を上げて全員を止めた。


「夜叉の気配がする。慎重に進むぞ」と竜仙さんが低く言った。


僕たちは気を引き締め、竜仙さんの指示に従いながら慎重に進んでいく。美鈴さんは鋭い目で周囲を見渡し、夜叉の気配を察知する。


「前方に複数の影っす。気をつけるっすよ」と美鈴さんが囁いた。


僕たちは身を低くしながら、その影に近づいていった。木々の間から見えるのは、夜叉の軍団だった。


「今から私は夜叉の数を数え、動向を記録する。周囲の警戒を怠らないように」雅さんが指示を出す。


竜仙さんと美鈴さんがそれぞれ指示を出しながら、任務を遂行していく。僕たちも精一杯警戒しながら、夜叉の動向を見守った。




気づかれぬよう雅さんは影から記録を続け、無事に記録は終了した。


「よし。あとは本部へ報告するだけだ」竜仙さんが先導し、僕たちは二時間かけて本拠地へ戻った。




本殿に待機している永善さんのもとへ行き、雅さんは報告を始めた。


「敵の総数は209体。基本的に三級から準二級程度の夜叉に見えましたが、10体ほど準一級から一級の強敵も居るように見受けられました。そして、移動の速度から、江戸に到着するのは明日の夜かと」


「首謀者の存在は?」永善さんが聞いた。「それが・・」雅さんが回答を濁した。永善さんが「どうした?」と聞くと、雅さんは「存在が確認できませんでした。おそらく妖冥のみで構成された軍団です」と答えた。


「そうなのか?」永善さんが竜仙さんに確認すると、竜仙さんは「ああ。だが、一体明らかに雰囲気の違う夜叉がいた。きっとヤツが束ねている軍団だ」と答えた。


「わかった、ご苦労。また後ほど作戦を伝える」永善さんはそう言って場を離れていった。




「一級が十体程度・・犠牲は避けられんな」と竜仙さんが呟いた。


「他の班が戻るのを広場で待とう。全員が集まればおそらく作戦の発表、実行は明日になるだろう」一郎さんが言った。




広場に戻り、鳴海たちと話しながら時が過ぎるのを待った。


ある時突然、後ろから肩を叩かれた。


「楓」聞き慣れた声で呼ばれた。後ろを振り返ると、笑顔の霞月さんが立っていた。

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