13話 生贄

 試験三日目の朝、僕たちは受験者は山の入口に集まるよう指示を受けた。疲れた体を引きずりながら、全員が集合場所に到着すると、そこには五人の試験官が待っていた。彼らは厳しい表情を浮かべ、何か重要なことを伝えようとしている様子だった。




「皆、おはよう。昨日までの試験、お疲れ様。だが、ここで一度妖冥の頭蓋骨を回収させてもらう。二個の頭蓋骨が入った袋を背負ってたら戦いにくいだろうからな。そして、この時点で二つの頭蓋骨を持っていないものは不合格になる。さあ、順番に証拠を持ってこい」試験官がそう言うと、皆が動き出した。


僕らはもちろん二体ずつ討伐しているので、頭蓋骨を渡した。


「獣冥と夜叉が一体だな。よし、問題ないだろう」僕の渡した頭蓋骨を見て試験官が言った。


「ありがとうございます」


全員の確認が終わり、この時点での不合格者は六人。そして、死者は柚を含めて二人らしい。


残るは十二人。せめて今残っている十二人全員で合格したい。




「そして、今日ここにお前らを集めたのはこのためじゃない。実は本題があるんだ」試験官の言葉を聞いて場に緊張が走る。


「昨夜、この山の奥でとてつもなく強い妖冥が現れたという報告が入った。通常の試験の内容を一部変更し、特例としてその妖冥を討伐することを合格条件とする。ただし、従来通り普通の妖冥を討伐することでも合格は可能だ。選択は自由とする。この場で選べ」


一瞬、全員の間に静寂が広がった。団員の人が『とてつもなく強い』と言う程の妖冥だ、きっと僕らが昨日退治した奴よりも数段格上なのだろう。


「その妖冥との戦闘に参加し、討伐することができれば参加した全員が合格と認められる。これが最後の試練だ」試験官が言うと、琉晴が一歩前に出て試験官に問いかけた。「その妖冥の詳細は?」


試験官は頷き、続けた。


「その妖冥は夜叉でも獣冥でもない。異形だ。体は半透明で、触手のようなものが無数に生えている。まるで水中を泳ぐように空中を漂うそうだ。おそらく触手による攻撃をもろに食らったら・・いや、これ以上の説明は必要ないだろう。討伐は非常に困難だが、君たちなら可能性はある」


本気で言ってるのかな?これで参加者全員死亡なんて嫌なんだけど・・


「・・やるしかないか」鳴海が拳を握りしめて呟いた。


「他に選択肢はない。全員で協力し、その妖冥を討伐する。それが私たちの使命だ」琉晴が皆に向かって決意を示した。


もちろん、僕・鳴海・風華・琉晴は最初から戦うつもりだ。しかし、他の受験者はまだ覚悟を決められないようだった。


「普通の妖冥を討伐することも合格と認められる。自分の実力を見極めて選んでくれ」


試験官の言葉に、全員が再び考え込んだ。どちらの道を選ぶか、それぞれの顔に迷いと決意が見え隠れしていた。


「まぁ、あっさり合格しても面白くないからな!やってやるよ!!」一昨日、僕たちの助けた研修生が言った。


「俺も!」「私も!」という声が連鎖していき、全員が参加することになった。


団結したと言えるのか、はたまた同調圧力なのか。それは、妖冥との戦闘で分かるはずだ。


「俺たちはその妖冥を倒す。それは不合格者、そして死者への供養になる上、自分たちの実力を示す最良の方法だ」琉晴が代表して決意を口にした。


場にいる研修生全員がうなずき、同じ意志を共有した。


「これはすごい世代になりそうですね・・」一人の試験官が呟いた。


「では、我々についてこい。戦場には同行するが、当然共闘はしない。自分らの命は自分らで守り、敵の首は自分らで斬れ」


「はい!」


僕たちは、最後の試練に向けて山の奥へと進んだ。全員が心を一つにしないと、強敵には勝てない。


今までで一番の力を出す。


僕たちは試験官とともに静かに進んでいく。やがて、霧が立ち込める開けた場所に出た。その中心には、異様な気配を放つ妖冥が待ち構えていた。


妖冥は半透明の体を持ち、無数の触手がゆらゆらと揺れている。その姿は不気味で恐ろしい。


そして何より・・規格外の大きさだ。一本の触手で人ひとり分ほどの大きさがある。


見ているだけで足が震えてくるが・・


妖冥が低く唸り声を上げる。その声はまるで直に頭の中に響いてくるようだった。


「行くぞ!」ここでも琉晴は指揮を取り、全員に指示を出していく。僕たちは一斉に動き出し、四方から妖冥に向かって突撃する。


僕は素早く右側から攻撃を仕掛けるが、妖冥の触手が瞬時に反応し、攻撃をかわす。その動きは予想以上に素早く、まるでこちらの意図を見透かしているかのようだった。


「楓、気を付けて!」風華が警告を発する。彼女は左側から射撃を試みるが、同じく触手に阻まれる。


「全員、攻撃の律動を乱せ!同時に一箇所を狙うんだ!!」鳴海が指示を飛ばす。


僕たちはそれぞれの位置から攻撃を仕掛ける。刀や槍が妖冥の体に向かって繰り出されるが、妖冥は触手を巧みに使い、次々と攻撃を防いでいく。その動きには、まるで踊っているかのような優雅ささえ感じた。


「もっと激しく攻めろ!!」琉晴がさらに指示を飛ばす。


僕たちは再び攻撃を仕掛けるが、妖冥の触手の動きはますます早く激しくなる。攻撃を防ぎながら、触手の一部が反撃に移行し、次々の仲間たちを狙ってくる。


「こいつ、脳何個あるんだよ・・」研修生が呟いた。この数の触手を自由自在に操れるとは、知能も相当高いと見た。


「うわっ!」八人の研修生のうち一人が触手の攻撃を受け、吹き飛ばされる。そのまま地面に叩きつけられ、彼は動かなくなった。


「くっそ・・!!!」僕は歯を食いしばりながら、再び妖冥に向かって突撃する。


そして、触手が僕の体に接触した瞬間、その部分が一瞬硬化して相手が怯んだ。


「おっと・・?」もしかして、硬化はこの相手にも有効打となり得るかもしれない。僕はすぐに琉晴の近くへ駆けつけ、報告した。


「僕が攻撃を受ければ、硬化で怯ませられる。そこが狙い目だからよろしくね」琉晴は「了解」と言って再び戦闘に戻った。


僕は妖冥の注意を引き、触手で攻撃させた。そして、僕に攻撃が当たる度に硬化して触手の動きは鈍くなる。「これで少しは戦いやすくなるはず!!」僕は叫んだ。


「行くぞおおおおお!!!」鳴海が勢いよく突撃し、圧倒的な攻撃力で触手を斬り裂いた。一撃一撃が重く、触手もストンと切り落とされていた。さすが鳴海、いい感じだよ・・!


一方、琉晴は持ち前の剣術で触手を八つ裂きにしていく。他の研修生の協力もあり、次々と触手は切り落とされていく。「俺たちの合格の踏み台になれ。愚図」琉晴はそう言って、妖冥に深手を負わせた。


「風華、今だ!!」琉晴が叫ぶ。風華は弓を構え、琉晴が与えた傷の部分を狙って矢を放つ。その矢は見事に命中し、妖冥は大打撃を受けた。


「いいぞ、風華!!」鳴海が叫ぶ。


妖冥の動きが鈍くなり、力が弱まっていく。しかし、まだ完全に倒すには至っていない。僕たちは最後の力を振り絞り、全員で総攻撃を仕掛けることに決めた。


「この機を逃すな!全員で攻撃だ!!」琉晴が叫ぶ。全員が最後の力を振り絞り、妖冥にとどめの一撃を叩き込んだ。


妖冥は激しい悲鳴を上げ、その体が崩れ落ちる。僕たちは息を切らしながら、その場に立ち尽くしていた。長い戦いだったが、ついに勝利を手にした。


「やったな・・」鳴海が息を整えながら言う。




「・・何か違和感を感じる」琉晴が言った。「何だよ?」と鳴海が言うと、琉晴は「俺たちはあいつのふくらはぎを斬っていない。なのに、どうして体が崩れた?」と返す。


「ふくらはぎなんてなかったじゃないですか。そもそも」研修生が言った。僕もそう思う。


「とりあえず、倒せたから良いんじゃない?」僕が収めようとすると、琉晴は「倒せていない可能性、それが問題だ」と言った。「何だよ、興ざめするじゃねぇか・・」鳴海は嫌な顔をしていた。


「おい・・あれ見ろよ・・」研修生の一人が、手を震わせながら僕の背後を指さした。


「ちょっと、何・・?」笑いながら振り返ると、崩れた妖冥の体から、生き物の影が見えた。




「あれで終わりだと思われちゃ困るが・・」妖冥の体から出てきた者が言った。


「だから言っただろ・・」琉晴が刀を再び抜くが、「待て!これは緊急事態だ。準一級・・もしくは、一級の夜叉が出現したとして本部に報告しろ。速く!」と試験官が焦って出てきた。


一人の試験官が山を走っていき、報告へ向かった。


「すぐに精鋭特務部隊をここへ向かわせる。それまで、お前らで時間を稼げるか・・?」試験官が言うと、夜叉は「俺様の相手を団員にすらなっていないガキどもにさせるとは、神隠団も落ちたものではないか」と嘲笑した。


その言葉に惑わされず、琉晴だけは前に一歩進んだ。


「臨むところだ。時間を稼げば、いいんだろ?」琉晴が言うと、試験官は頷く。


「了解」そう言って琉晴は僕を夜叉の方へ突き飛ばした。そして「おい、お前ら全員逃げろ!!」と叫び、僕以外を夜叉から遠ざけていった。


「正気か?あの少年は・・」試験官はこの状況を見て色を失っていた。


「あなたたちは、逃げないんですか?死んじゃいますよ?」僕が言うと、試験官はひどく動揺していた。




 そう、これは最初から琉晴と決めていた最終手段なんだ。


「絶体絶命の状況になった場合、俺たちはお前を敵のところへ差し出して逃げる。そして救助を待つんだ。お前の硬化で妖冥に殺されることはおそらくない。だから楓には、逃げないで欲しいんだ」真剣な表情で言ってくる琉晴に恐怖すら覚えたけど、僕は承諾したんだ。




「早く逃げてくださいよ、ほら」すると、ようやく四人の試験官は逃げていった。


「何の真似だ?」夜叉が言う。


「さて、どんな真似だろうね」

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