12話 次の景色

 妖冥との戦闘が始まろうとしたその時、後方から声が聞こえてきた。


「おいおい、そいつは俺らの獲物だぜ?」


・・他の研修生か。四人組のようだけど、強いのかな?


すると、琉晴は「ならば好きにすれば良い。俺たちは別の獲物を探す」と言ってすぐに引いた。


「楓たちもついてこい」という琉晴に僕たちは疑問を持ったままついて行った。


「いいの?あいつらに譲っちゃって」と風華が聞くと、琉晴は「威力偵察という危険な役回りを喜んでやってくれる馬鹿共だ。利用するに決まってるだろ」と言った。




僕たちは退散したように見せかけ、四人組の戦闘を隠れて観察していた。


四人はがむしゃらに突進していき、軽々と妖冥に吹き飛ばされていた。


「身長はおそらく十尺(3メートル)程度。二足歩行な点は人型の妖冥に似ているが、巨大な体躯と二本の角、鋭い爪を見る限り獣冥の特徴も併せ持っているように見える。非常に筋肉質だが、動きは驚くほど素早い」琉晴は妖冥の特徴を調査し続けている。


「異形の可能性は?」鳴海が聞くと、琉晴は首を横に振った。


「異形ってのは生物であるかも疑わしい風貌の妖冥のことだ。あいつは見るからに生物だろ?」琉晴が答えると、鳴海は「そうか・・」と言った。




しばらく見ていると、妖冥が一瞬で姿を消した。


「まさか、倒した!?」と柚が言ったが、その直後に妖冥が四人の背後から現れ、攻撃を仕掛けようとした。


気づいたら僕の体は動いていて、妖冥と研修生の間に割り込んだ。


僕が割り込んだ瞬間、妖冥の爪は僕の硬化によって折れ、研修生たちは驚いて一瞬固まったが、琉晴がすぐに指示を出した。


「よし、よくやった。今だお前ら!」


鳴海、柚、風華、琉晴がそれぞれの位置から一斉に妖冥に向かって攻撃を仕掛けた。鳴海の巨大な体躯から放たれる力強い一撃が妖冥の肩に命中し、その瞬間、柚が妖冥の足元を狙って素早く動き、琉晴が風のような速さで妖冥の背後に回り込んで一閃を浴びせた。


しかし、妖冥の再生能力がこちらの攻撃の威力を上回っていた。妖冥の傷はすぐに再生し、再び攻撃を仕掛けようとする。その時、風華が陰から妖冥の弱点となる目を狙って矢を放つ。妖冥は一瞬怯むが、すぐに反撃に転じ、琉晴を弾き飛ばした。


「琉晴!」僕は叫び、すぐに彼のもとへ駆け寄る。しかし、琉晴はすぐに立ち上がり、笑みを浮かべていた。


「大丈夫だ。お前らも突っ立ってんじゃねぇぞ、動け」研修生の方を向いて琉晴が言った。




四人組の研修生も加わり、再び戦闘が激化した。妖冥の再生能力と瞬間移動の能力は厄介だが、皆で連携して攻撃を繰り出す。特に琉晴の指揮と分析力が光、妖冥の動きを逐一把握して指示を出すことで、全員が一丸となって戦うことが出来る。


「今だ、総攻撃しろ!!」琉晴の合図とともに、全員が妖冥に向かって攻撃を仕掛けた。


鳴海の力強い一撃、柚の素早い足技、風華の正確な射撃、そして琉晴の鋭い突きが妖冥を包囲する。


その中で、僕も全力で妖冥の隙を突いて攻撃した。


だが、その瞬間、妖冥が瞬間移動で背後に回り込み、再び姿を現した。その爪が柚に向かって振り下ろされる。


「危ない!!」僕は叫びながら駆け寄ったが、間に合わなかった。


柚はその一撃をまともに受け、地面に倒れた。全員が一瞬凍りついたが、琉晴がすぐに冷静に指示を出した。


「柚を助けろ!このままじゃ無事では済まない!」


研修生たちも動揺しながら攻撃を続けるが、妖冥の猛攻は続く。僕たちは必死に柚を救おうとするが、相手の圧倒的な腕力によってねじ伏せられた。




「俺はお前を!絶対に許さねぇ!!」鳴海が叫び、再び妖冥に立ち向かった。


全員が一丸となって攻撃を仕掛ける中、琉晴が妖冥のふくらはぎを捉え、目にも止まらぬ速さで突きを放った。その瞬間、妖冥の体は朽ちていった。




「やったか?」鳴海が息を切らしながら呟いた瞬間、妖冥は立ち上がろうとするが、再生が出来ず、完全に倒れた。


「なんとか倒せたか・・」琉晴が額の汗を拭いながら言うと、鳴海は満足げに頷いた。


しかし、柚は地面に倒れたまま動かない。僕たちは駆け寄り、柚の傷を確認したが、彼女は既に息絶えていた。


「柚・・ごめん・・・・」僕は涙をこらえながら呟いた。


五人で合格しようという約束も目標も、妖冥の爪によって一日目にして引き裂かれてしまった。


琉晴も悲しそうな表情を浮かべたが、すぐに顔を引き締めた。


「この試験は残酷だ。だが、彼女の犠牲を無駄にしないためにも、俺たちは前に進むしかない」




「あの・・」僕らが放置していた研修生の四人組の一人が話しかけてきた。


「どうした?」琉晴が聞くと、「お礼を・・言いたいんです」と言って四人がぞろぞろと僕らの前に出てきた。


「ありがとうございました!!」四人が頭を下げる。


「この頭蓋骨は、あなたたちの物です」と言って、先ほど倒した妖冥の頭蓋骨を渡してきた。琉晴は「あの妖冥はお前らの獲物だったはずだ」と返す。


「しかし、皆さんに助けていただけなければ私たちは全滅していたので・・」研修生が言った。


「わかった。次からの戦闘は慎重にするといいぜ」鳴海は頭蓋骨を受け取り、四人組はこの場を去っていった。


「変な意地張ってないで受け取ればいいんだよ」笑いながら鳴海が言うと、「そうか」と琉晴は照れ笑いをした。




「僕から一つ提案があるんだけど、いい?」一日目を通して気づいたことがある。


「何だ?」鳴海が言った。「強い妖冥を倒そうと、弱い妖冥を倒そうと同じ『一体』として数えられる。なら、明日は四人行動を貫いて、弱い妖冥をあっさりと倒していくほうが安全で効率的なんじゃないかと思ってさ」


強い妖冥を倒したことは別に評価されない。頭蓋骨だけじゃ強さなんてわからないからね。


「私は賛成。強い妖冥からはさっさと逃げるほうが賢い選択だと思う」風華が言った。


「もうこれ以上、五人から犠牲を払いたくないしな・・」鳴海が呟いた。




 二日目、僕らは非常に安全かつ卑怯なやり方で討伐数だけを稼いでいった。


「もう俺ら、一日目で十分苦しんだよな・・」震え声で鳴海が言うと、「そうだよ。もう、これ以上苦しまなくていい」と言って風華が妖冥を撃ち抜いた。


「行け!」琉晴の掛け声とともに、僕らは総攻撃を仕掛ける。あっという間に妖冥のふくらはぎは切り裂かれ、四体の討伐を達成した。


「よし、昼間に四体倒し終えたな。時間には余裕があるし、飯でも食わないか?」鳴海が言った。「賛成!昨日の試験開始前が最後の食事だよ?もうお腹ペコペコだし・・なにか食べようよ」僕は鳴海の意見に同意した。


「そんなに言うのなら、三人で狩りをしてこい。食材を持ってきたら、俺が調理する」琉晴が言った。


「琉晴はお腹空いてないの?」僕が聞くと、琉晴は「断食の鍛錬は数え切れないほど行ってきた。一日食事を空けた程度では全く空腹感はない」と言った。


やっぱり、積み上げてきた努力が僕とは違うんだ。僕にとっての努力は、おそらく琉晴にとってはなんてことない『日常』で、その領域に辿り着くには果てしない時間か努力が必要となる。


尊敬できる人間が近くにいる。それがどれだけ自分の成長にとって大切で、幸運なことなのか、霞月さんや琉晴との出会いを通して理解した。そしてどんどん技術を盗むんだ。真似じゃない、盗む。


「何ぼーっとしてんだ、行くぞ楓ー」鳴海が言った。「ごめん、行こっか」二人について行き、食材集めに奔走した。




 そして・・


「お前ら、限度ってものがあるだろ・・」僕たちが運んできた『食料』を見て、琉晴は眉をひそめていた。「少ないよりは多いほうがいいかなって・・」僕も正直やりすぎたと思っている。


「人を集めろ。俺らだけで完食は不可能だ」琉晴が言った。あ、全部調理するつもりなんだ。


「任せて!」またしても三人で奔走し、研修生をかき集めた。話しかけると皆最初は困惑していたが、豪勢な食事の誘惑に耐えきれずノコノコと僕らについてきた。


「琉晴、七人集まったよー」風華が言った。琉晴は「ちょうどいい」と微笑んだ。


「本当に、食っていいんすか!?」研修生はただただ困惑していた。「いいんだよ。ほら、座れ」鳴海が兄貴風を吹かす。


「出来たぞ。好きな肉を食え」琉晴が言うと、全員が全速力で肉にかじりつきに行った。「行儀が悪い。空腹なのは理解するが、きれいに食え」と琉晴が叱る。お行儀には厳しいんだね。お口はとても悪いのに・・。


「うめぇ!これうめぇっす!!」研修生は感動で涙を流しながら肉を食べる。琉晴は「そりゃあよかったよ」と呆れ気味に言い放ち、自分の分の肉も食べ始めた。


そして僕は見逃さなかった。琉晴が肉を食べ、少し笑顔になっていたことを。




「本当にあざした!」爽やかに礼を言って研修生たちは駆けていった。いつか、あの七人も同僚になるかもね。


「明日をやり過ごせば、俺らもとうとう神隠団か・・」鳴海が呟いた。「そうだね~・・」風華が空を見上げて言った。


僕は神隠団になることを夢見て、がむしゃらに頑張ってきた。草に囲まれたり、壁をよじ登るのに必死で周りが見えなくなったり、転ばないように足元ばかりを見ていたり。


ようやく、一つの山を登り切れそうなんだ。


「次は、どんな景色が見られるかな」


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