9話 勝敗

ある日の訓練終わり、琉晴に話しかけられた。


「お前、もう俺と模擬戦やらないのか」


忘れてたわけじゃないけど、確かにしばらくやっていなかった。


というか、琉晴の方から言ってくるって・・


「僕とやりたいの?」


「やりたいわけじゃねぇ。ただ、お前が全然頼んでこねぇから」


「よし、じゃあ久しぶりにやろう」


もう少し茶化そうか迷ったが、また骨を折られるのは嫌なのでこれくらいにしておいた。




「お、久しぶりに手合わせか?」鳴海が言った。


「ああ」琉晴が真剣な眼差しで言う。


「では・・始め!」


鳴海の合図とともに、僕らは同時に動き出した。




「あいつ、明らかに速くなってる・・!!」鳴海が呟いた。


ふん、数ヶ月の鍛錬の賜物さ。


と思ったが、琉晴の技術と冷静さは一枚上手だった。幾度となく繰り出される攻撃と防御の応酬が続き、やがて僕の呼吸は乱れ始めた。




「もう少しで・・もう少しで!!」僕は自分に言い聞かせるように竹刀を握り締めた。


だが、最後の一撃で琉晴が巧みに僕の動きを封じ、試合は終わった。


僕は膝をつき、息を整えながら顔を上げる。




「・・良い戦いだった」


琉晴は少し微笑んで手を差し伸べてきた。


「お前の成長は驚くべきもんだ。正直、少し焦っちまったよ」


僕は琉晴の言葉に驚きながらも、手を取って立ち上がった。


「ありがとう、琉晴。君と手合わせできて光栄に思うよ」


「もう、お前のことを雑魚とは呼ばねぇ。こっからは俺も挑戦者だからな。どっちが勝ってもおかしくない、そんな状態が続けばいいと思っている」琉晴は地べたに座り、そう言った。




「うん、次は負けないよ!」




「あいつら・・なんだかんだいい関係じゃねぇか」鳴海が呟いた。


「最初はどうなることかと思ったけどね・・」風華が言う。


「聞こえてんぞカス共。妖冥と戦う前に俺に殺されたいか?」


怒っちゃった。


「きゃーーー!!!」柚が悲鳴を上げると、御一行は走って寮に帰っていった。




僕は笑いが止まらなくなって、空を見上げて寝転んだ。


「・・変な奴ら」


そう言って、琉晴も笑い出した。


「あと三ヶ月だな、試験まで」ふと思い出したように琉晴は言う。


「あっという間だね・・最近はあまり強い妖冥が出没してないみたいで安心だよ」


「嵐の前の静けさ・・ってやつじゃねぇか?」琉晴がぼそっと言った。


「不吉なこと言わないでよ」


「ま、まずは合格してみねぇとだな。研修生があれこれ考えたって仕方ない」


琉晴がため息をついた。


「・・合格できるかな」


「できるかな、じゃねぇ。合格すんだよ。夢だったんだろ?」琉晴が言った。


「うん」


「叶えて神隠団員になったら、どうしたいんだ?」


「叶えてみないことには、わからないかな」


僕がそう言うと、琉晴は立ち上がった。




「まぁ、お互い頑張ろうぜ。俺にも夢があってな」


僕も立ち上がった。


「どんな夢?」


「昔大喧嘩して家を出て行っちまった兄貴が、神隠団に入ったらしいんだ。だから、俺も神隠団に入って、兄貴に認めてもらいてえんだよ」琉晴が言った。


「なるほど・・」


「ああ。だから研修生になりたての頃は俺もすげぇピリついてたんだ。常に一番じゃねぇと駄目だと思ってな」


「だからあんなに攻撃的だったんだね」


琉晴はなにか言いたげだったが、続きを話し始めた。


「ただ、お前とか鳴海を見てると思うんだよ。必ずしも一番であることが良いことではないのかもしれないって」


「どうして?」


「切磋琢磨って言葉があるだろ。俺がお前らを突き放して一人で鍛錬し続けるより、お前らと戦いながら互いに高め合う方が自分にとって良いと思ったんだ」


模擬戦を受け入れてくれたのは、それが理由だったのかもしれない。




      *




 俺が楓を見送ってから十ヶ月ほど過ぎた。


あと二ヶ月で、あの子が神隠団に入団できるか決まる。


とはいえ、試験は一発勝負ではないしもう一年待てば二度目の試験を受けられる。


そんな心配も必要ないほど、あの子には才能があると思っているが。




「霞月さん!!」


普段通り周辺地域の見回りをしていると、部下が俺のもとへ走ってきた。


「山で訓練中の研修生が襲われたとのことです!」


「わかった、今すぐに向かうぞ」


「はい!」


部下とともに山へ奔走した。


研修生・・楓と同じ立場だ。若い芽を摘ませるわけにはいかない。




「こっちです!!」


「聞こえてきたな・・」


二人の少年が獣冥と戦っていた。




「大丈夫か!!」


そう叫ぶと、見たことのある顔の少年がこちらを向いた。




「霞月さん・・?」




      *




 待て、今は霞月さんとの再会で感極まってる場合じゃない、命の危機なんだよ・・!!


幸い、今日の僕と鳴海は真剣を持っている。戦えないわけじゃない。




「霞月さん、僕らがこの妖冥を倒したら、ちゃんと永善さんに報告しておいてくださいね!!!」


妖冥から逃げ回るだけの僕はもういない。


「無茶です!霞月さん、私らが倒しましょう!!」霞月さんの隣りにいる団員が言っていた。


「待て」霞月さんが団員を止めた。




「俺が保証する。あの子達は負けない」


「どうして分かるんですか!!」団員は半ば混乱状態だった。




「・・あの子は、俺が育てたんだよ」




 相手の獣冥は鋭い牙と爪を持っており、体全体から凶暴な雰囲気を放っている。




「気をつけろ、一発食らったら即死だ」鳴海が刀を構えながら言った。


「うん。分かってる」




妖冥が唸り声を上げ、僕らに向かって突進してきた。僕は素早く避けながら、鳴海と連携して攻撃を繰り出した。


鳴海は力強く刀を振り下ろし、僕は妖冥の足元を狙う。


しかし、相手の力と速さは予想以上だった。




妖冥は鳴海の攻撃を受けながらもそのまま突き進み、鋭い爪で鳴海を狙った。


「危ない!!!」団員の人が叫ぶ。


鳴海は咄嗟に身をひねり、爪を避けるも、かすり傷を負ってしまった。


その瞬間、僕は背後から妖冥に飛びかかり、刀を振り下ろした。


だが、妖冥は素早く振り返り、僕を足で跳ね飛ばした。




「くっ・・・・!」


「もう助けましょう霞月さん!!」団員が叫ぶ。


「まだだ」霞月さんは焦っていない様子だった。




僕は地面に転がり、立ち上がるのも精一杯の状態で、妖冥が再び襲いかかってきた。


鳴海が援護に入ろうとするも、傷の痛みが動きを鈍らせた。


「死ぬ・・・・!」


この場にいる誰もがそう思っただろう。




目を瞑って死を待った。しかし、妖冥に攻撃される瞬間、僕の体が突然硬化し、金属のように硬くなった。妖冥の爪が僕に当たると、その硬化した表面に跳ね返され、逆に妖冥が苦しみの声を上げて怯んだ。




「なんだ・・これ・・」団員の人が驚愕していた。


僕も全く理解できないまま、自分の体を見つめた。


体が硬化する感覚は初めてだったが、それが今の状況を救ったことに気づいた。




「今だ!鳴海!!!!」


鳴海はこの機を逃さなかった。力強く地面を蹴り、妖冥に向かって一気に突進した。


大きな拳を振りかぶり、妖冥の頭部に渾身の一撃を叩き込んだ。


妖冥はうめき声を上げながら崩れ落ち、ついに動かなくあった。


鳴海は肩で息をしながら、僕の方に目を向けた。




「とどめはお前だ、楓」


僕は頷き、真剣をもう一度握った。


倒れた獣冥のふくらはぎを切ると、骨だけになっていった。




「無事か?」


霞月さんが近づいてきて言った。


「はい!」


「本当によくやった。十ヶ月間、よく頑張ったね」霞月さんが頭を撫でてきた。


十ヶ月ぶりだ。撫でられるの。


なんだか懐かしくも照れくさくって、僕は笑ってしまった。




「鳴海の怪我は大丈夫?」そう尋ねると、


「ああ、こんなの大したことねぇ」と鳴海が笑った。


「一応、傷口は水で流しておくように」霞月さんが言った。


「わかりました」




「にしても・・すげぇな、お前の硬化能力。まさに一瞬の勝機を作り出してくれた。どうして今まで教えてくれなかったんだ?」鳴海が言う。


「僕も知らなかったんだよ・・こんな能力があるなんて」


「人は命の危機に瀕して初めて、本領を発揮する。今回、あのような状況に直面することで楓の能力が開花したのだろう」霞月さんが言った。




僕の・・本当の能力・・!




「面白い能力だ。敵を倒すのではなく、敵に倒されないための能力とはね」霞月さんは笑った。


「しかし、倒されないということは、敵の気を引いて囮となり、その間に仲間が敵を討ち取るという作戦も可能になります」団員の人が言った。




「敵を倒すことだけが、勝敗を決める方法ではないということだ。君は自分で敵を倒すのではなく、敵に自分を倒させる。そして、とどめを刺すための信頼できる仲間がいれば、一級討伐も夢じゃないだろう」


僕と鳴海は目を合わせた。




「いや・・俺には荷が重いぜ」鳴海が言った。


「こうなったら君も道連れさ。『一緒に』頑張ろうね」


「はぁ・・お前には敵わんな」鳴海が諦めた口調で言う。




「この件は、きちんと永善殿に報告しておく。必ず合格できるわけではないが、試験は有利になると考えてもらって良い」霞月さんは手を振って消えていった。


「ありがとうございます!」




寮に戻る途中でようやく実感が湧いてきた。自分らは凄いことをしたのだと。


「研修生が二人で妖冥を倒すとか、前代未聞じゃね!?凄いことしてんじゃね!?」鳴海は大盛り上がりだった。


「精鋭特務部隊の人は・・研修生のときに百体くらい倒したらしいよ」


「はっ・・?」鳴海は言葉を失っている。


「噂で聞いた程度だけどね。きっと、生きてる世界が違うんだ」


「そう・・だな」




寮に戻ると、琉晴たちはご飯を用意して待っていた。


「今日も遅かったな」琉晴が言った。


「妖冥と遭遇しちゃってね」


「逃げてきたの?」柚が聞いた。


「いや、倒した」超自慢げに言った。




「倒したの!?」風華が驚く。


「すげぇだろ。二人でやったんだ」


琉晴はあまり反応を示さなかった。




「・・大変だったな。とりあえず食え」そう言って琉晴は器を渡してきた。




「いただきます!!」

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