8話 茨の道

医療施設に来て、診察を受けた。


「いいですか、落ち着いて聞いてください」医師の人が、仰向けに寝ている僕の顔を見て言う。


「はい・・」


「肩の骨が砕けてます」


僕は激しく動揺した。


いや、確かに酷い痛みだけど・・骨折!?




「ですが、全治二週間程度ですので、安静にしていれば治ります」


「そう・・ですか・・」


訓練が始まって一日目で骨を折る人が一体どこに居るんだ?




肩を落としながら僕はみんなのもとへ戻った。折れてるから肩を上げられないだけなんだけどね。




「大丈夫だったか?」先に戻っていた鳴海が言う。


「骨が砕けたらしい。全治二週間だって」


「折れたん!?」柚が驚愕していた。


「えーっと、なんでそんな平然としてるの?楓は」風華はそっちに驚いているようだった。


「まぁ・・たった二週間だし、もうどうしようもないからね」


僕の責任だ。弱い僕が悪い。


実際、妖冥も僕が弱いからって手加減をしてくれることはない。


琉晴が教えてくれたんだ。弱いってのは言い訳にはならないと。




「琉晴、なんとか言ったらどうだ?」鳴海が圧をかける。


「そんな、琉晴のせいじゃないんだからやめなよ」僕は止めに入った。


「お人好しの楓はそう言うが、俺は許してない」


「何だてめぇ?やたら図体だけデカいお粗末剣術坊ちゃんがよ」ひどい悪口だ。




「いい加減にして!」風華が二人を怒鳴った。


「私たち、これから一年一緒に過ごす仲間なんだよ?喧嘩ばっかりしてどうすんのさ」と柚が続ける。


「長い付き合いだからこそ、我慢はいけねぇ。お互いの悪い部分はしっかりと清算しておかねば」鳴海が言った。




「鳴海、これは僕と琉晴の問題だからさ。今は邪魔しないで」


「お前がそう言うなら・・わかったよ」鳴海が引き下がる。




態度を変えない琉晴と二人になった。


「お前、どうして俺を庇ったんだよ」琉晴が先に口を開いた。


「庇ったって?」


「先生に聞かれた時だよ。なんで『自分が悪い』とか抜かした?」


「あそこで嘘ついたって仕方ないでしょ。僕が悪いから、僕が悪いって伝えないと」


それを聞いて琉晴は、頭を抱えてため息をつく。




「お前と話していると調子が狂う。一体お前は善人ぶってるのか、それとも・・」


「琉晴、お願いがあるんだけど」


「何だよ」


「僕の怪我が治ったらさ、また手合わせをして欲しいんだ」


「また病院送りにされたいのか?」


「そうじゃないんだけど、『技術は盗むもの』って琉晴、言ったでしょ?だから、盗ませて欲しいんだ。僕に」


一番の成長への近道は、格上と関わり続けること。


あわよくば、格上と戦い、負けることだと思う。




すると、琉晴は鼻で笑った。


「盗む前に許可を取る泥棒がどこに居るんだよ」


「あれ、おかしかったかな・・」


「まぁ・・好きにしろ。お前が俺と模擬戦をやりたいのなら、俺が断ることはない。ただ、同じ無様は晒すなよ」


「もちろんさ!今まで以上に訓練に熱が入るよ。怪我治るまで出来ないけどね」


すると、少し、ほんの少しだけ琉晴が笑った。


しかし、すぐに琉晴は咳払いをして誤魔化す。




「・・悪かったな、折っちまって」


謝るの!?その感じで!?


「ううん、大丈夫だよ。その代わり、次やる時は折らない程度によろしくね」


「鳴海が言った通りお人好しな野郎だな・・わかったよ、次は折らないようにする」




 怪我が治り、訓練に完全に復帰できるようになった僕は、今まで以上に集中して、細かな動きにもこだわるようにした。


実戦では一つの失敗が命取りだ。


とにかく『改善点』を見つけ、協力もしてもらいながら剣術の完成度を上げていく。


二ヶ月ほど経ち、僕は琉晴に模擬戦を申し込んだ。




「琉晴!」


「どうした?」


「あの日の約束を果たすときが来たよ。手合わせ願おうじゃないか」


「ようやくか。二ヶ月、待ちくたびれちまったよ」


この二ヶ月で、琉晴のみんなに対する対応も随分と柔らかくなった。まだまだ口は悪いが、以前のように喧嘩腰で話すことはなくなった。




「やるんだな?」鳴海が言った。


「やるよ!」




「では・・始め!」


試合開始だ。まず、先手を取られないことが重要。方向はどこでもいい、相手よりも先に足を動かす。


相手は体の右側に竹刀を構えてるから・・相手のさらに右側に移動すれば攻撃は仕掛けにくいはず!


しかし、琉晴もそれは理解していた。すぐに方向転換し、僕と正面に向き合うような体勢を保つ。




「最初の動きは良くなった。でも、雑魚なことは変わってないな」


激しく背中を打たれ、またしても僕が倒れて試合が終わった。




「いてててて・・」


「折れてはいないはずだ。立てるだろ?」琉晴が僕の手を引っ張った。


「うん、ありがとう」


「新しく対策が出来たら、また頼みに来い」


「もちろん!」




訓練後、一人で訓練場に残って風華が鍛錬をしていた。


「帰らないの?」


「うん、私、みんなに比べて弱いからさ。頑張らなきゃと思って」汗を拭いながら風華が言った。


「じゃ、僕も付き合うよ」


「いいの?」


「うん、僕もまだやり足りないし」




その後、風華に教えながら二時間ほど鍛錬をした。


「もう20時になっちゃう。今日はここまでにしよっか」


「そうだね」風華が言った。


「また教えてほしいことあったら、僕にいつでも聞いてね。琉晴に聞いた方がためになるとは思うけど・・」


「楓の教え方、優しいからすごい好きだよ」




寮に戻ると、皆はもう夕食を食べ終えていた。


「お前らの分そこに置いてあるから好きに食え」琉晴がだらけながら言う。


「何してたの?」柚が聞いた。


「楓に色々、剣術のこと教えてもらってたんだ」風華が答える。


「えーずるい」柚が言った。


「俺が教えてやるよ」鳴海が言うと、


「あんたは力が強いだけでしょ」と風華が冷たい声で言った。




 ある朝、寮に団員の人がやってきた。


「君らがここに来て半年が経った。これからは実際に妖冥と戦うことを想定した訓練になる」


ついに、より実践的な訓練を受けられるようになったんだ。




「そして、その訓練に意味を持たせるための説明を今日行う。今後は座学の時間が増えるぞ」


「わかりました!」


「九時までに修練感の道場に来い」


団員の人が走っていった。




「俺、座学が一番嫌いなんだよ!」鳴海が嘆いた。


「仕方ないよ。妖冥の弱点も何も分かってない状態じゃ、いくら強くても勝てっこない」と僕は諭した。


「それは分かってるけどよ・・」鳴海は不満げだった。




支度をして道場へ向かうと、背の高い女性が待っていた。


「ここに座りな。今日は妖冥の基本的な性質と種類について説明するよ」


「お願いします!」


「あと、長くなるから足は崩していいわよ」


「ありがとうございます」


僕はあぐらをかいた。




「まず、妖冥は基本的に斬られても刺されても四肢を切断されても再生する。再生にかかる時間は妖冥によって異なるけど、放っておくと徐々に再生していくのは間違いないわ。ただ、唯一妖冥には弱点があるの。どこか分かる?」


「ふくらはぎ」琉晴が言った。


「正解よ。更に詳しく言うと下腿三頭筋ね。そこを損傷すると妖冥は一気に弱体化して、再生も止まる。妖冥との戦闘はいかにふくらはぎに効果的な攻撃ができるかが肝よ。ただ、再生も間に合わない速度で爆破すれば、一瞬で決着をつけることもできるわ」




霞月さんが僕を助けてくれた時は爆発の魔術だった。


だから一瞬で妖冥が死んだのか・・


「逆に、ふくらはぎ以外に弱点はないと思いなさい。日光も水も火もお構いなしにアイツらは襲ってくる・・火は多少効くかもしれないわね」急にどうしたの?




「次は妖冥の性質についてよ。妖冥の体液は毒性を持っていて、触れると人間に害を及ぼすことがあるわ。稀に、意図して体液を放出して攻撃してくる妖冥も居るから警戒が必要よ」


想像するだけで気持ちが悪い。


「次。一部の妖冥は自分の姿を人間や動物に変えることができるわ。ただ、これは本当に上位の妖冥だけだから、普段からあまり勘ぐる必要はない。人間不信になってはいけないよ」


「上位の妖冥ってどんなやつだ?」鳴海が言った。


「追々説明するわ。今話すとややこしくなる」


「なるほど」鳴海はだいぶ礼儀がなっていない。




「次に、妖冥の種類ね。人型の妖冥は夜叉と呼ばれて、人間に似た姿を持っているわ。他に比べて知能が高く、武器を使ったり、会話が可能だったりするわ。でも、ふくらはぎは狙いやすい」


話しかけてくる妖冥・・考えるとゾッとする。




「次に獣冥。獣の姿を持っていて、他に比べて力強く素早いわ。最も人を殺してるのはこの獣冥よ。種類によってはふくらはぎの下腿三頭筋が小さく、弱点を狙いづらいかもしれないわ」


素早い相手のふくらはぎを狙うなんて出来るのかな・・?




「最後が曲者なんだけど・・異形の妖冥よ。人間とも獣とも違う、生物かどうかも分からないような容貌をした妖冥が居る。さっき言った上位の妖冥は、異形であることが多いわ」


「異形の妖冥って、ふくらはぎとかあるんですか?」風華が聞いた。


「生物の形をしてないからね・・ふくらはぎがないことも当然あるわ」


じゃあどうするの・・?




「ただ、君らが異形と対峙することは基本的にないわ。そういった上位の妖冥の討伐は精鋭特務部隊の仕事よ」


「精鋭特務部隊って・・どんなものなんですか?」


「神隠団の中でも精鋭中の精鋭。常人にはとてもたどり着けない戦闘能力を持った神隠団の柱となっている部隊よ。この部隊は十人しかいなくて、今後も増える可能性は低いわ」


それほどの精鋭でないと相手すら出来ないほどの強さ。異形とは出会いたくないな。




「次に、神隠団として実務に入ると『~級』といった表現を頻繁に聞くことになるわ。神隠団には妖冥の強さを表す、独自の指標があるの。


一級・・災害級。精鋭の団員が複数人で相手をしても勝てるかは未知数。


準一級・・非常に被害が大きく強いが、精鋭で挑めば勝てる見込みのある妖冥。


二級・・一対一では精鋭でない限り負けるが、正しい対処をすれば複数人の一般団員で倒す事が可能。


準二級・・正しい対処をすれば一対一でも倒すことが可能。


三級・・普通の団員で問題なく倒すことが可能。


当然、一般人なら三級の妖冥にも殺されてしまうわ。だから私たちが守らなければいけないのよ」


坊さんたちを殺した妖冥はどれくらいだったんだろう・・




「準一級の討伐で高位団員になることが出来るけど、精鋭特務部隊はおそらく一級を複数回討伐しないと入れないわ。目指すのは自由だけど、険しい道のりになることは間違いないわ」


となると、精鋭特務部隊がどれだけ強いのか気になってきた。




 その後も一時間ほど詳しい説明を聞き、僕たちは訓練に戻った。

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