6話 覚悟

「昼飯だ。なるべく早く完食してくれ」団員の人が握り飯をくれた。


「霞月さんが作ったやつより美味しい・・」


失礼な言葉が思わず口から漏れてしまった。




「霞月?知り合いなのか?」永善さんが僕の方を見る。


「はい、妖冥から助けてもらって、それから一年ほど一緒に暮らしたんです」


「そうか・・あいつは料理が下手なのか?」


「いえ、すごく美味しかったですよ!ただ、握り飯は正直こっちのほうが美味しいですね・・」


すると、永善さんは控えめに笑った。




「今度霞月にチクっておこうか」表情を変えずに言うので、本気かどうか分からない。


「ちょっと!やめてくださいよ!!」


「ふん、冗談だよ。馬鹿真面目な子どもだな・・」永善さんが頭を掻く。


意外と人間味のある人なのかもしれない。




「もっとわかりやすい冗談にしてくださいよ」僕は頬を膨らませた。


「わかったわかった、善処する」




 全員が昼ご飯を食べ終えた。




「次は剣技試験だ。一人ずつ団員と竹刀で対決をしてもらい、私が評価をつける」


永善さんがまた淡々とした口調になった。




「順番は自由だ。やりたいやつはいるか?」


どう考えても最初の人が不利だが、僕は源治さんが言っていた台詞を思い出した。


『自分が選べる立場にある時は、必ず困難な方を選べ。真の幸せに近づく一番の方法だ』と。


今、選ぶ権利は僕にある。




「僕がやります」そう言ってまっすぐに手を上げた。


「よし。では一番目は楓が行け」永善さんが団員の前を指さした。


「はっ」




竹刀を受け取り、息を整える。


相手はおそらく普通の団員。霞月さんのような手練れではないと思われる。




僕は竹刀を握り締め、対戦相手の団員と向かい合った。


木漏れ日が地面に模様を描く中、二人の足音だけが静寂を破っていた。




「始め!」


試合が始まると同時に、相手の竹刀が風を切り、僕に向かって突き出された。その動きは速く、まるで一瞬のうちに間合いを詰めてくるかのようだ。僕は反射的に身をかわし、竹刀を構え直す。




よし、反応できている。


相手は微笑みながら再び攻撃を繰り出してくる。


今度は横薙ぎの一閃。僕はその動きを見切り、竹刀で受け流す。


音が響き渡り、二人の視線が交差する。




大技も防御できた。いいぞ・・!




僕は息を整え、心を落ち着かせる。次の瞬間、一気に間合いを詰めて前進した。竹刀が素早く動き、相手の側頭部を狙う。


しかし、相手もそれを予測しており、軽やかに後退して攻撃を避けた。




駄目だ、もっと攻撃に変化をつけないと。


僕は竹刀を水平に構え、相手の足元を狙う。低い攻撃は予測しにくく、相手も少し動揺したようだが、彼は素早く片足を引いて避けた。




攻防が続く中、僕は次第に自分の律動を掴み始めた。相手の動きを観察し、適切な時点を見計らって攻撃を繰り出す。一方、相手も防御と攻撃を巧みに織り交ぜて応じてくる。




最後に、僕は一瞬の隙を突いて突きを放つ。しかし、相手もそれを読んでおり、竹刀を交差させて受け止める。二人の竹刀がぶつかり合い、力が均衡したまま・・




「そこまで!」


三分ほど続いた模擬戦は終わりを告げた。




「お疲れ。お前、すげーな」


鳴海が拳を僕の前に出したので、僕も拳を合わせた。




「どうだったかな・・」


正直、決め手になるような攻撃は全くできなかった。


ただ、相手の攻撃は捌けてた・・永善さんがどこを評価するかだなぁ。




「次」永善さんが言った。


「俺がやります!」鳴海が立ち上がった。


鳴海は大柄で身体能力も高いので、どんな戦闘をするのか楽しみだった。




「始め!」


試合が始まると同時に、鳴海は一歩踏み出し、全身の力を込めた一撃を繰り出した。


竹刀が空気を切り裂き、相手に向かって振り下ろされた。


その圧倒的な力に、僕たちは息を呑んだ。


これが、才能。僕にはなかったもの。




ただ、相手も素人ではない。素早く身をかわし、鳴海の攻撃を避けた。鳴海の力は驚異的だったが、その大きな動きは反応しやすいものだった。


相手は軽やかに鳴海の側面に回り込み、素早く一撃を返す。その動きは洗練されており、鳴海は一瞬で防御に転じた。




鳴海の次の攻撃もまた力強く、相手はそれを受け流しながら間合いを保つ。鳴海は次第に焦りを感じ始めた。


彼の力を封じるように、相手は絶え間なく動き続け、隙を見せなかった。




鳴海は深呼吸をして心を落ち着けると、次の一手に集中した。力を抑え、相手の動きをよく観察する。


相手が再び攻撃を仕掛けようとした瞬間、鳴海はその動きを読んで一歩踏み込んだ。彼の竹刀は相手の腹部を狙い、鋭く突き出された。




入る!!


と思ったが、相手は驚きながらも反応し、竹刀を交差させて防御した。


鳴海の動きは力強さだけでなく、技術も融合し始めていた。


しかし、相手は一瞬の隙を見逃さず、巧みに鳴海の防御をかわして再び攻撃を仕掛けた。




鳴海はその攻撃を受け流しながらも、相手の速さに追いつけず、防戦一方となった。


相手の竹刀が鳴海の肩をかすめ、その一撃が鳴海の体力を削いでいく。鳴海はその度に立て直そうとするが、相手の攻撃は止まらなかった。




鳴海は全身の力を振り絞り、最後の一撃を繰り出した。


その一撃は相手の竹刀とぶつかり合い、激しい音を立てて空気を切り裂いた。




「そこまで!」


見ている僕も疲れてしまうほど緊張感のある戦いだった。




「ありがとうございました」


相手に礼をした鳴海はすぐに僕のところへ戻ってきた。




「全然駄目だ・・」彼は落ち込んでいるようだった。


「そんなことないよ、一撃一撃に力がこもってたし・・僕には出来ないよ、あんなの」


「ありがとな」




 集団戦闘模擬試験は先程の剣術試験と大差なかったので割愛。


僕は見極めの出来る男なのである。




「次、耐久試験だ。前述の通り、岩を頭上に持ち上げた状態で熱湯と冷水をぶっかける。それで以下に耐えられるかというものだ」


想像するだけでゾっとする試験だ。




「岩の重さはおそらく均一だ。文句は受け付けない。では、各々位置につけ」永善さんが言う。


薄々感じてたけど、やっぱり面白い人な気がしてきた。永善さん。




全員がそこそこの重さの岩を持ち上げた。




「始め!」


一回目の熱湯で約半分が脱落した。その気持もわかるっ・・!!




「あっちぃ!!!!!」


足をバタバタさせてなんとか耐える。




「おい楓!そんなもんかー?」


平気な表情の鳴海が言う。




「君は力があって羨ましいよ!!」


そして、次に冷水をかけられて気づいた。


これ、冷水ご褒美じゃない?


辛いことが次々とやってくるわけじゃなくて・・


辛い→気持ちいいの連続なんじゃないか・・!?




そう気づいた僕は一気に力が入った。




「あちぃ!!」


「はぁ~きもちいい・・」


快楽のおかげでそこそこ耐えることが出来たが、限界は急に訪れる。




「あーもう無理!!」


僕は岩を前に落とした。




僕は六位だった。中々健闘したと思っている。




「いつ終わるんだあいつは・・?」永善さんが顔をしかめていた。


未だに熱湯をかけられている男は、やはり鳴海だった。




「これいつ終わるんすか?」けだるそうに鳴海が聞く。


「もう終わりでいい」永善さんがため息をついた。




やっぱりすごいな・・体が強いんだ。羨ましい。




「これは俺の得意分野だぜ」鳴海が笑って言った。


「おつかれさま、僕も結構頑張ったんだから」


 


 そして、恐怖克服試験。これが一番嫌だ。


あぁ本当に嫌。逃げ出したい。




「この試験は個別に受けてもらう。各自案内人について行け」永善さんが言う。




「では、少しここでお待ち下さい」団員の人が言った。


「はい!」




しばらく待つと、籠を持った団員の人が戻ってきた。




「とりあえず、これの中に入りましょう」


籠に入れられ、僕はほとんど身動きを取れない状態になった。




「では」


大量の蛇と虫を僕のもとへ放出してきた。




「ぎゃああああああああ!!」


もう!そんな気はしてたけど!!!!




全身鳥肌が止まらず、本当に死にたいと心の底から思った。


いや、もはや僕を殺してほしかった。




「このままでは最低評価ですよ。『克服』の訓練ですから」団員の女性が言う。


そんな事言われても・・




いいや、こういうときほど精神統一が大事だ。


いかなる状況でも冷静さを保つ。




「フゥ・・」僕は深呼吸をした。


よし、段々と息が整ってきた。


すると、耳に変な感触があった。


目を開けると、蛇が舌を伸ばしていた。




「いやあああああ舐めないでええええ!!!!」


また乱されてしまった。


ダメダメダメダメ、これも受け入れないと。


全てを受け入れる。もう、好きにしてくれ。




最後の数分間は冷静に戻ることができた。




「終了です」団員の人が籠から僕を出してくれた。


「なかなか愉快でしたよ」と女性が笑う。


「見世物じゃないんですから・・」




精神的な疲労が一気に溜まった。これで合格してなかったら本当に洒落になりませんよ?




「これで試験は終了だ。最後に最終面接を行う」


「はい!」




 重厚な木造の建物の中。静かな一室で、障子の向こうから柔らかな光が差し込んでいる。


室内には低い机があり、中年男性の面接官が座っている。


僕は、面接官の正面に正座した。




「楓だな。ここまでの試験、お疲れさん」


「ありがとうございます」


緊張で表情が硬いが、なんとか笑顔で言うようにした。




「まず、君が神隠団に入団したい理由を聞かせてくれ」


「僕が一緒に暮らしていた・・家族、血は繋がっていなかったんですけど、家族が妖冥に襲われたことがあるんです。それで、僕以外は殺されて・・必死に逃げていた僕を、神隠団員の方が助けてくれました。僕は、心から妖冥の根絶を願っています。二度と、僕のような悲しい思いをする人が現れないように」




面接官は何かを堪えるような表情をしていた。




「最も困難だった試験は?」


「恐怖克服試験です。自分の中の恐怖心と向き合うことが求められたので」


面接官は無言で頷いた。




「では、君が神隠団に入団したら、どのようにして団に貢献し、団員として成長していきたいと考えている?」


「まず、自分の技術に磨きをかけたいと思います。そして、仲間と共に協力しながら、妖冥との戦いに挑むことが僕の役目だと思っています。団の一員として責任を持ち、使命感を持って行動することで、団の力を高めていきたいと考えています」


面接官は微笑んだ。




「最後に、君にとって神隠団とは何か、ひとことで表してくれ」


「・・・・希望です」


面接官は深く頷いた。




「君の熱意と覚悟は伝わった。これからの訓練と任務において、君がどれだけ成長し、団に貢献できるか楽しみにしている。合格を祈るよ」


「ありがとうございました」


僕は深く礼をし、建物を後にした。




僕は拳を握りしめる。


この手には、新たな決意と希望が宿っていた。


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