5話 泥まみれ

ついにやってきた、神隠団本拠地。


試験日ということもあって、本拠地付近にいる人はみな忙しなく動いているように見えた。




「今日の受験者は?」神隠団らしき人が言った。


「二十名になります」この人は下っ端か・・?




「よし、全員揃ったようだな。ここで一度、今日の試験について説明をする。全員、準備はできているな?」


「はい!!」誰よりも大きな声で返事をした。


悪目立ちでもいいから・・とにかく僕の存在を知ってもらわないと。




「私は神隠団総務部長、永善だ。今日、お前らの試験監督をさせてもらう。だが、厳しいことを言うつもりはない。まだお前らは神隠団員ではないからな」話しているだけで圧倒的な重圧を感じる。


総務部長・・間違いなく幹部級だ。


年齢的にもかなりの重要人物であることが伺える。




「第一選抜試験は、受験者の肉体的、精神的、そして戦闘能力を総合的に評価するものだ。試験は一日かけて行われ、合格者は五人だ」


受験者二十人、合格者五人・・少なくとも、今日の受験者の中で上位の二割五分に入る必要がある。




「まず、午前は受験者の持久力、筋力、そして全体的な体力を測るための試験だ。次の三つで構成される。


・長距離走。森の中を走る道筋で、2里19町40間(10キロメートル)を走破してもらう。時間制限等は設けないが、この試験で上位十名に入れなかったものは後の試験でもかなり不利になる。


・障害物競争。様々な障害物を乗り越えながら走り抜ける。速度と俊敏性が試される。


・筋力試験。重い岩を持ち上げたり、特定の場所まで運んだりする試験だ。筋力と持久力が試される」




過酷な試験内容に思わず息を呑んだ。


長距離走は得意分野だけど、それ以外は未知数だ。周りの実力もわからない状況だし・・




「そして昼には戦闘技術を評価する試験を行う。次の二つで構成される。


・剣技試験。模擬戦闘で団員と対決する。技の正確さ、速度、そして戦略が評価される。


・集団戦闘模擬試験。受験者は四つの集団に分かれ、模擬戦闘を行う。協力と戦術の能力が試される」




剣技試験・・ちょうど昨日、自信を失ったところだ。


ただ、その分格段に動きは良くなっている・・はず。




「午後は精神力と忍耐力を測る試験を行う。次の二つで構成される。


・耐久試験。極限の環境下で一定時間耐えなければならない。今回は、岩を頭上に持ち上げた状態で定期的に熱湯と冷水をぶっかけられるというものだ。


・恐怖克服試験。あらかじめ受験者の苦手なものを記入してもらった。それをもとに、個別で恐怖を克服する試験を受けてもらう」




先ほど書かされた調査書はそういうことだったのか・・最悪だ。


僕は馬鹿正直に『虫・蛇』と書いてしまった。一体どんな試験が待ち受けているのやら・・




「夕方には最終面接を行う。受験者一人一人が面接を受け、動機、志、そして今後の目標などが問われる。では、説明は以上だ。早速試験に入る」




緊張で顔がひきつっているが、僕に出来ることは実力を最大限に発揮する、ただそれだけ。




 場所を移動した僕らは、長距離走の位置についた。




「では、始め!」


あらかじめ決まった道筋を約三周したら終了。




始まった瞬間で、その人の実力が明らかになる。


無理に速度を出す者は間違いなく走り慣れていない。だから、僕よりも速い人がいても決して焦らない。


三周を最も速く走りきれる速度を、体力と相談しながら決める。




速度が定まってしまえばあとはこっちのものだ。三周目に入るあたりで、僕は二番目以降と半周の差をつけていた。




「よし・・いける!」


何より、それほど疲労を感じていない。一年間の努力の成果だ。


後ろに人が見えなくなってからも僕は一定の速度で走り続け、四十分程度で走破した。




「一着、楓」


「一人だけ段違いですね・・」団員の人が言った。


「へへっ」別にこれくらい、大した事ないっていうか・・


ニヤけ面が止まらない。




全員が走り終えると、他の受験者が僕の所に寄ってきた。




「お前なんかインチキしただろ」


「どうやってこの試験でズルすんのさ」


監視がたくさんいるというのに。




「不正を疑われるほど、速かったということだ」永善さんが言った。


ちゃんと褒めてくれるんだ・・


僕は単純なので、すぐに永善さんのことが好きになった。




「次は障害物競走だ。五人ずつ走っていくが、順番はこちらで決めさせてもらう」永善さんが紙を見ながら言った。




僕は最後の五人組だったので、先に試験を受けた人の表情でどれだけ過酷かわかってしまった。




「始め!」


まずやってきたのは竹林の迷路だ。竹の密集した場所をすばやく移動し、正しい道を見つける必要がある。


低い竹垣も飛び越える必要があり、足腰の強さが非常に重要となってくる。




 なんとか抜け出すことに成功はしたが、他の人の状況もわからないので、自分が何番目か把握できなかった。




次に不安定な吊り橋を渡る。足元が濡れていて滑りやすく、平衡感覚が重要だ。


この点においても、僕は有利と言える。




ささっと渡り切ると、目の前に縄梯子が現れた。




「この大木を・・これで?」


落ちる恐怖に負けては登り切ることが出来ない。


覚悟を決め、一気に登りきろうとしたその時、足を滑らせてしまった。




「くっ・・!」


手だけでなんとか縄にしがみつく。


すると、後の方から人が走ってくるのが見えた。




「お前!大丈夫か!」顔を見ると、他の受験者だった。


まずい、このままだと落ちる・・!




「今すぐ行く!」


一気に登ってきた受験者が、僕の体を掴んで梯子のもとへ戻してくれた。




「ありがとう・・」


「礼は後だ、今は走り切ることだけ考えようぜ!」


僕は頷き、二人で走り出した。




次は壊れた城壁の突破だ。


壊れた城壁を登り超えるか、隙間を通り抜ける必要がある。


筋力もしくは柔軟性が必要・・僕は隙間を抜けることを選んだ。




「俺は登るぞ!ハマって出れなくなるなんてことがねぇようにな!!」彼が勢いよく城壁に飛びつく。




小さな穴を見つけたので、僕は体をねじ込んで入った。


這って進めばおそらくたどり着ける。


閉塞感で気が狂いそうだったが、前だけを目指して進み続けた。




「よし・・!」


彼はちゃんと登れたのだろうか?




次は水路の横断だ。推進は浅いが、流れが早いので足元に注意しながら進む必要がある。


水路には飛び石が設置されており、これを使って濡れずに渡ることも出来るようだ。


ただ、飛び石の間隔があまりにも広く、しっかりと助走をつけないと届かない。




確実な方を選ぼう。そう思い、僕は自力で渡ることにした。


水への抵抗力はある。訓練にも取り入れていたからね。




なんとか渡り切ると、次に現れたのは火の輪だ。


なるほどね、これをくぐり抜けろと・・


素早く通過する技術と度胸が試される。


でも、こんなの覚悟を決めてしまえば一瞬だっ!!




「あつっ!!」


想定内、全く問題ない・・熱いけど。




次は泥の坂道だ。




「そういうことね・・」


先程の水路で飛び石を使わずに渡ると、足が濡れてるからここで苦労するってことか・・


よくできた試験だなぁ。


って、感心してる場合じゃない!




四足歩行で安定性を高め、醜い姿だったと思うが登り終えた。




次は網の下をくぐるらしい。


一気に難易度が落ちたな・・時間をかければ間違いなく突破できる。


低い体勢が少し辛い程度で、僕は問題なく突破した。




すると、団員の人が立っているのが見えた。


終わりか・・と思ったが、団員に人に呼び止められた。




「最後は、あの的に向かって槍を投げ、命中させる試験だ」


「はい!」


槍を受け取り、一度投げてみた。


思ってもいない方向に飛んでいき、団員の視線がすごく痛かった。




集中だ。他のことをするときと、意識することは何ら変わらない。


狙いを定め、槍を投げると、的の中心に刺さった。




「よし!!!」


僕は子どものように跳んで喜んでしまった。


後から恥ずかしさがこみ上げてくる。




「いい修正力だ。行っていいぞ」


気持ちよく走り抜け、僕は障害物競走を終えた。




「二着、楓」永善さんが言う。


二着か・・と思って他の受験者を見ると、先程助けてくれた彼が一着のようだった。




「お、待ってたぜ」


僕らはお互いに手を合わせた。




「ありがとう、助けてくれなかったら僕駄目だったよ・・」


「いいってことよ」彼は胸を張って言った。


「でも、助けたら不利になるのに・・どうして?」


「神隠団ってのは人を助けるためにあるもんだろ?いくら試験だからって・・そこで人を助けられなかったら本末転倒な気がすんだ」


僕は彼にすごく興味を持った。




「君、名前は?」


「俺は鳴海なるみ。13歳だよ。お前は確か・・楓だっけ?」


「そう。楓。僕も13歳だよ」


なんとなく気が合いそうに思えた。




「二人とも合格できるように、頑張ろうぜ」


「だね」


泥まみれの汚い手で僕らは握手をした。

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