4話 出発点

「さ、あれから一年が経ったよ」


朝起きると、僕の額に手を当てて霞月さんが言った。




「おはようございます・・」


「ということで、君は今日から第一次選抜試験が受けられるということになる」


朝から現実を突きつけられる。




「そうですね・・」


「でも、試験は月に一回、毎月15日に行われるんだ。今日は8月7日だから・・あと8日だね」


あと一週間かぁ・・頑張ってきた自分なら大丈夫だと信じたいけど、やっぱりどこか不安に感じてしまう。




 それから一週間は、今までの総仕上げのような鍛錬をした。


出来ることを増やすのではなく、出来ないことをなくす。


最初の一年は基礎を固めるのが一番大事で、それはどの分野でも共通しているらしい。




そして試験前日。




「楓。今日は源治さんと俺が最後の稽古をつけるよ。訓練場に行こう」


「はい!!」


源治さんとしっかり顔を合わせるのは約半年ぶりだ。




「おはようございます!!」


「来たか」源治さんは準備万端の状態で訓練場の前に立っていた。




「一年で見違えるほど男らしくなった。よくここまで努力したな」源治さんが僕の顔を見て言う。


「ありがとうございます」


「今日は、霞月とワシ、両方が実戦形式で稽古をする」


源治さんの言葉を聞いた霞月さんは無言で頷いた。




「わかりました」


「今すぐに始めてもいいが、準備をしたいなら待とう」源治さんが言った。


「では、少しだけ走ってきます!」


いつも通り山の麓を一周してきた。




「速くなったな。それに、あの頃よりも疲れていないように見える」


「はい、あと十周は出来ると思います!」


それを聞いた霞月さんは口をぽかんと開いていた。




「じゅっしゅう・・?」霞月さんが言う。


「まぁ、霞月のことは置いといて、稽古に入るぞ。今日はお互いに真剣だ」


「はい!」


真剣と聞いて驚く僕はもういない。


望むところです、師匠。




「よし、これが最後の稽古だ。全力でかかってこい。試験に受かろうと落ちようと、もうワシが稽古をつけることはない」源治さんも少し緊張しているようだった。


彼の言葉にうなずき、僕は刀を構える。


緊張感が全身を包む。しかし、その緊張は心の奥底で燃える決意によって和らぐ。




「始め!」


一瞬の沈黙の後、二人は一斉に動き出す。鋭い刀の音が訓練場に響き渡り、激しい攻防が繰り広げられる。


僕は源治さんの動きを目で追いながら、次々と繰り出される攻撃を防ぎ、反撃の隙を探る。




「素早い動きだ。だが、まだ甘い!」


源治さんの刀が勢いよく振り下ろされ、僕は紙一重でそれを避ける。


汗が滲み、筋肉が悲鳴を上げているが、集中力を切らさずに戦い続ける。


彼の動きはやはり洗練されており、一瞬の隙も見逃さない。




「ここだ!!」


僕は源治さんの隙をつき、反撃に転じる。


鋭い一撃が彼の防御を破り、肩に軽く触れる。


その瞬間、源治さんは微笑みを浮かべ、一歩下がる。




「よくやった。だが、まだ終わっていない!」


再び戦いが始まり、二人の刀が火花を散らす。僕は限界を超えた集中力で彼の動きを読み、次々と攻撃を繰り出す。彼もまた、本気で僕を試すために全力を尽くしていた。




時間が経つにつれ、僕の動きはさらに鋭さを増し、彼の攻撃を正確に防ぎ、効果的な反撃を繰り出すことが出来るようになる。そして、ついに決定的な一撃が繰り出された。




「はっ!」


僕の刀が源治さんの防御を完全に破り、彼の胸元に届く。


息を切らしながら、僕は刀を引き、深く礼をする。




「ありがとうございました。師匠」


源治さんは微笑みを浮かべ、真剣を鞘に納める。




「見事だ。お前は本当に強くなった。きっと、試験にも合格できるだろう」源治さんは言った。




だが、霞月さんはというと・・




「楓。こっちにおいで」


「はい!」


僕は褒められる気満々で向かっていった。




「中々の腕前だが、まだまだ甘いところがある」


普段とは違う鋭い視線と冷たい声に圧倒された。




「確かに素質はあるが、技の精度がまだまだ足りない。例えば、最後の一撃だが、もっと速く、もっと鋭く攻めなければいけない。今のままでは、本当の戦いで生き残るのは難しい」


容赦ない言葉に少し悔しく感じたが、同時にその指摘が正しいことを認識する。




「それから、君の動きはまだ無駄が多い。特に防御の時、体が過剰に反応している。もっと冷静に相手の動きを読んで、必要最小限の動きで防御しなければならない」


霞月さんの指摘は次々と続く。


僕は一言一言を真剣に受け止め、自分の課題を認識していく。




「さらに、精神面でも弱さが見える。最後の攻撃の直前に迷いがあった。その一瞬の迷いが命取りになる。心を強く保ち、決断を下す瞬間には迷いを捨てることが必要だ」


「ワシを殺せと言っておるのか」源治さんが眉をひそめる。




「ま、全体的にはすごく良かったよ!源治さんに勝つなんて、十三歳だった頃の俺には絶対に無理だったなぁ」霞月さんは僕の頭を撫でる。


いつもの霞月さんに戻ると、逆に調子が狂ってしまった。




「休憩が終わったら、霞月との手合わせだ。あまり無理はするなよ」源治さんがひょうたんを持ってきてくれた。


ひょうたんに入った水を僕は一気に飲み干す。




「はぁ・・おいし・・」


冷えた水は体に沁みる。




 三十分ほど経ち、戦闘時の服装に着替えた霞月さんが訓練場に立っていた。


出会ったときもこの服装だったなぁ・・




「さあ、始めよっか。君の限界を試すよ。全力でかかってこい!」


僕は緊張とともに刀を握りしめた。


霞月さんとの稽古は並大抵のものではないと覚悟していたが、実際に対峙すると思っていた以上に圧倒的な存在感を感じた。




「始め!」源治さんの合図と共に一気に攻め込んだ。


鋭い一撃を繰り出すが、霞月さんは簡単にそれをかわし、反撃に転じた。


彼の動きは流れるように自然で、まるで風のように速い。




「遅い!」


霞月さんの刀が僕の防御を破り、一瞬で距離を詰めてくる。


僕は防ごうとするが、その動きも完全に見切られていた。素早い一撃が肩に当たり、体勢を崩して倒れた。




「立って!まだ始まったばかりだよ!」楽しそうに霞月さんは言った。


僕は歯を食いしばりながら立ち上がる。


再び攻撃を試みるが、霞月さんは冷静にそれを防ぎ、瞬時に反撃を繰り出す。その一撃一撃は重く、僕の体力を奪っていく。




「動きがバレバレだ。もっと工夫して!」


霞月さんの指摘に、僕はなんとか動きを変えようとするが、その度に彼の鋭い反撃が襲いかかる。


まるで全ての動きが彼に予測されているかのように感じる。




「まだまだだね。心の迷いが動きに出てるよっ!」


その言葉が胸に刺さる。僕は必死に集中力を高め、次の攻撃に全力を注ぐが、霞月さんの防御は鉄壁であり、一瞬の隙も見せない。逆に、反撃は鋭さを増し、僕を圧倒した。




「これが現実の戦いだよ。甘えは許されない!」


最後の一撃が僕を打ち倒した。その瞬間、僕は完全に力尽き、地面に倒れ込んだ。呼吸が荒くなり、全身が痛みで満ちているが、霞月さんの厳しさの中に隠された教えが心に響いていた。




霞月さんは僕の前に立ち、冷静な目で見下ろす。




「今日の稽古はこれで終わりだよ。君にはまだ学ぶことが多い。でも、今日の敗北を無駄にしないようにね。自分の弱さを知り、それを乗り越えるために努力し続けること」


「はい・・!」


霞月さんは僕の手を取って起こしてくれた。




「ありがとうございました。今日の稽古で多くのことを学びました。これからも精進します」


源治さん、そして霞月さんに深く礼をした。




「その意気だ。お前ならば必ず強くなれる。だが、その道は決して楽ではない。覚悟を持って進むことだ」源治さんが言った。




「源治さんのこと、がっかりさせるんじゃないぞぉ?」そう言って霞月さんは僕の頭を撫でた。




家に戻ると、霞月さんはいつも通り夕飯を作り始めた。




稽古中の霞月さんは別人のようだった。


きっと、『神隠団』の霞月さんはあれなんだろうなぁ。




今回、一切手加減せずに僕をボコボコにしたのは僕を強くするためだけじゃなくて、『神隠団を舐めてはいけない』という教訓を僕にくれるためだったんだと思う。


あれだけ強くないと務まらないってことを、身を持って知った。


普段は優しくて柔らかい雰囲気の霞月さんも、血の滲むような努力をしてきたのだろう。




「さ、ご飯だよ。今日はよく頑張ったからご馳走だ」


「やったー!」


「きっと、俺と二人で食べる最後の夕飯だね」


その言葉を聞くと、一気に寂しさがこみ上げてきた。




「もっと、一緒にいたかったです・・」涙が溢れ出てきた。


こんなことで泣いていちゃだめなのに・・やっぱり僕は弱い。




「ハハ、可愛い子だなぁ、君は」


握りこぶしで僕の頭をぐりぐりしてきた。




「痛いですって・・」


「ほら、泣き止んだ」そう言って霞月さんは優しく笑った。




「寂しいのはお互い様だよ」


霞月さんは僕を抱きしめた。




「これからきっと、辛い日々が続く。でも、その生活にいかに価値を見つけて、成長に繋げられるかが大事だ。きっと、楓なら出来るよ」


「ありがとうございます・・!」




夕飯を食べ、僕はたっぷりと寝た。




 翌朝、僕は緊張で速く起きてしまった。


朝ご飯を食べ、出発の準備をする。




最後に、源治さんが駆けつけてくれた。




「余計な言葉は必要ないだろう。頑張ってくるんだ、楓」源治さんが僕の肩を叩いた。


「一年間、ありがとうございました!」




「君と、同じ神隠団員として仕事ができることを楽しみにしているよ」霞月さんが言った。


「僕も、それを目標に頑張ります!!」




二人に礼をして、僕は神隠団本拠地に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る