3話 最善策

 翌朝、僕は太陽が登る前に目覚めてしまった。


すると、僕の立てた物音で霞月さんが起きた。




「おはよう・・早起きだね」霞月さんは目をこすり、あくびをしている。


「ごめんなさい、起こしちゃいました・・?」


「大丈夫、今からご飯用意するね。もう少し寝たかったら寝てもいいけど・・どうする?」霞月さんは首を傾げる。


「食べます!」




朝ご飯を食べ、僕は源治さんの家へと向かう。


源治さんの家に向かう道は薄霧に包まれていた。鳥のさえずりが聞こえる中、心はこれから始まる稽古への緊張感でいっぱいだった。




家につくと、既に源治さんは稽古の準備をしていた。




「おはようございます!」


「おはよう。今日から本格的に稽古を始める。準備はできているか?」


「はい!」




すると、源治さんは僕を稽古場へと導いた。稽古場は庭にあり、竹林に囲まれて静寂が漂っていた。そこには、剣術や武道のための道具が整然と並んでいる。




「まずは基本からだ。基礎がしっかりしていないと、どんな技も身につかない」




源治さんの言葉に従い、基本の構えや足運びを一つ一つ確認していく。動きは単純だが、その中に多くの工夫が隠されている。彼の指導は厳しく、細かな動作まで丁寧に修正してくれる。




「もっと腰を落とせ。力を分散させず、一点に集中させるんだ」


何度も繰り返し動きを修正していく。筋肉が張り詰め、汗が滲むが、集中力を切らさずに続ける。




昼食の時間になり、源治さんと共に簡素な食事を摂る。食事中も、彼は武道の心得や精神面での重要性について語ってくれる。




「力だけでなく、心も強くなければならん。妖冥との戦いでは、心の強さが勝敗を分けることもある」


「はい!」




午後の稽古は竹刀を用いた実戦形式に移行した。源治さんが相手を務め、攻撃を繰り出してくる。素早い動きに反応し、攻撃を防ぎ、反撃を試みる。しかし、彼の技は洗練されており、中々攻撃を当てることが出来ない。




「もっと動きを読め。相手の意図を見抜くんだ」


感情や思考を全く顔に出さない源治さんの意図を見抜くのは非常に困難だ。




集中力を高めていく。そして、ついに一瞬の隙を見つけ、攻撃を当てることに成功した。




「命中精度を上げることを意識しろ」




日が暮れるまで続く稽古。体は疲れ果て、筋肉が悲鳴を上げるが、心は充実感で満ちている。源治さんと過ごす日々は厳しいが、その中で確実に成長を感じることができた。




 源治さんとの稽古が始まって半年が経った。


そして今日も、僕は訓練場に立っている。




薄霧が漂う中、力強い刀の動きを繰り返す。足運びは軽やかでありながらも確実、刀の振りは鋭く正確に。


源治さんは僕の動きをじっと見つめ、時折指示を飛ばす。




「うむ、素晴らしい成長だ。半年前とはまるで別人のようだな」


「ありがとうございます、全ては源治さんのご指導のおかげです」


僕は深く礼をした。




「今日も実戦形式の訓練を行う」


「わかりました」


毎度、実戦形式の訓練をする時は緊張と期待で胸が膨らむ。


そして、稽古場に現れたのは、源治さんが用意した木製の人形だ。人形には特殊な仕掛けが組み込まれており、まるで生きているかのように動き回る。




「この人形は人型の妖冥の動きを模倣している。これを倒すことで、実戦の感覚を掴むんだ」


「はい!」




源治さんの合図で人形が動き出し、激しい攻撃が繰り出される。


一瞬でも躊躇うと負ける。死んでしまう。


僕は防御と反撃を繰り返す。人形の動きは速く、攻撃も多彩だが、半年間の訓練で培った技術と経験が生きるといったもんだ。




「うむ、対等に戦えておる」


その言葉を聞き、動きにさらに力が入る。集中を高め、細かな動作一つ一つに全力を注ぐ。そして、ついに攻撃をかわし、決定的な一撃を放った。




人形は倒れ、動きが止まった。




「見事だ。もう、ワシから教えることはない」


汗だくのまま深呼吸をし、源治さんに向かって礼をする。半年間の努力が実を結び、ついに自信を持って戦えるようになったのだ。




「ありがとうございました!!」


「ワシも大した人間ではない。だから知識と技術の全てを伝授してもこの程度だ。これからは、お前が自分で自分を高めていけ。半年間で地盤は固まった」


「はい!精進します!!」


「必ず第一選抜試験に合格するように。あと、たまにはワシに顔を見せに来い」


意外と寂しがり屋・・?




「もちろんです!!」


「この刀をお前にやる。きっと、これからの相棒となるだろう」


新品の刀を僕にくれた。


知り合いの鍛冶職人に前から頼んでおいてくれていたらしい。元々は槍で鍛錬をしていたが、刀のほうが様々な応用が出来るということで、途中から刀を使うようにしていた。




「大切に使います」


「では、あと半年間。孤独に感じることもあると思うが、お前ならきっと乗り越えられる。ワシの教えは無駄じゃなかったと思えるよう、精進したまえ」


「はい!!!」




しばしの別れに涙を堪えながら、霞月さんの家へ戻った。




「今日は帰ってくるのが早かったね。お疲れ様」


「もう、源治さんから教えることはない・・らしいです」


「そうか、君もその台詞を聞いたか・・」微笑みながら霞月さんが言った。


「霞月さんも言われましたか?」


「ああ。君に比べればすごく遅いけどね。一年半はかかったんじゃないかな。ほんと、君の成長速度には驚かされるばかりだよ」




ただ、僕が井の中の蛙であることは間違いない。


今のところの比較対象は幼少期の霞月さんだけ。実際に本拠地の訓練や試験を受けて僕が上位に入れるかは未知数だ。きっと、僕よりも才能がある人や、努力をしてきた人は山ほどいる。




「残った半年は君なりの鍛錬をするといいよ。訓練場はきっと使わせてくれる」


「はい!」




翌日から、一人で源治さん宅の訓練場に行くようになった。


素振りから足の運び、とにかく基礎の動きの完成度を高めていく。




研修生になって八ヶ月。


今日も僕は訓練場に足を運ぶ。自然の中で集中できる場所であり、自分と向き合うために最適な場所だ。




「よし、今日も始めるか・・」


まずは体を温めるための走りから始める。森の中を走り抜けることで、体全体の血流が良くなり、筋肉がほぐれていく。息が上がり、心臓が激しく鼓動を打つが、その感覚がまた僕の心を引き締めてくれる。


走り終えると、訓練場で基本の型の練習に移る。刀を振るう動作を一つ一つ確認しながら、源治さんから教わった技術を自分のものにするために繰り返す。風の音と共に刀の鋭い音が響き渡る。




「もっと正確に、もっと速く」


自分に言い聞かせながら、動きを修正し、磨きをかける。汗が額から滴り落ちるが、その一滴一滴が努力の証である。




次に、川の水を利用した鍛錬を行う。川の真ん中に立ち、水の抵抗を感じながら動作を行うことで、通常の動きよりも多くの筋力を必要とする。


水の中での動きは遅くなるが、その分、筋肉への負荷が大きくなり、平衡感覚も養われる。




水の中での動きが、このまま陸上での動きに繋がる。




集中力を切らさずに、何度も何度も繰り返す。水の抵抗が体を押し返すが、それに負けずに前進し続けることで、体全体が強化されていく。




最後に、精神力を鍛えるための瞑想に入る。訓練場の真ん中、静かな場所に座り、深い呼吸を繰り返す。心を静め、内なる力を感じることで、心身を整える。瞑想中、自然の音に耳を傾けながら、自分自身と向き合う時間を大切にする。




強さは心のなかにもある。




自分の心に問いかけ、答えを見つける。この瞑想の時間が、僕にとって最も重要な鍛錬の一部となっていた。精神が強ければ、どんな困難にも立ち向かうことが出来る。




日が暮れ始め、竹林に差し込む光が黄金色に変わりつつある中、僕は鍛錬を終えた。


霞月さんの家に戻る途中、変わった形の足跡を見つけた。


間違いなく人ではない。獣かな?と思って辿ってみると、森の奥で何かが動くのが見えた。




「待て!」僕が大きな声を出すと、赤い瞳がこちらを見つめてきた。


見た瞬間に僕は全てを理解した。妖冥だ。




こんなところで出会うとは・・生憎、武器は訓練場に置いてある。


素手で戦うなんて妖冥を舐めてるし・・




「逃げるが勝ちだね!」


僕は森を全力で駆けた。


やはり妖冥は追ってくる。見た感じ、人型のようだけど・・四足歩行だ。身体能力は非常に高いと考えられる。




「ふっ!」


木を登ったが、相手もすぐに登ってきた。そっちの方が有利なのは当然か・・


 


「邪魔!」


登ってきた妖冥の顔を蹴飛ばしたが、相手は少し怯む程度で落ちはしなかった。




「うわぁぁぁぁぁ!!!」


手を伸ばしてくる妖冥を避けようとした僕は木から落っこちた。




「いたっ!」


とにかく逃げるんだ!!


その後も一時間ほど妖冥との追いかけっこは続いた。




ひたすら追ってくる妖冥に石を投げながら逃げる。


そしてついに妖冥は野太い鳴き声をあげて倒れた。




「やった!!」


このまま放っておくと復活しそうで怖いので、とりあえず石で妖冥の全身をズタズタにしておいた。




「おえっ・・」


あまりの醜態と激臭によって何度も吐きそうになったが、必死に飲み込んだ。


何がきっかけかはわからないが、妖冥は肉が灰の粉のようになっていき、やがて骨だけになった。




「倒せた・・」


耐え難い臭いは変わらず充満していたので、僕は走って森を抜けた。


霞月の家の方向は忘れないよう逃げていたので、時間はかかったが家に戻ることが出来た。




「今日は遅かったね。お疲れ様」


「今日、帰る途中に・・」


「ん?」料理を作っていた霞月さんの手が止まった。


「妖冥がいて・・」


「本当に!?大丈夫だったか!?怪我はない!?」すぐに僕のもとへ走り寄ってきた。


「大丈夫ですって!!」少し霞月さんを押し返した。




「まぁ、無事だったならいいけど・・どんな妖冥だい?」


「人型っぽかったけど・・四足歩行で・・瞳が赤かったです」


「ああ、よくいる妖冥だね」霞月さんが料理に戻る。


「そうなんですか?」


「うん。数が多い上にすばしっこいから・・一番人を殺してる妖冥だと思うよ。どうやって逃げ切ったの?」


「一時間くらい逃げ続けて・・石を投げ続けてたら倒れたので、その後は体を石でぐちゃぐちゃにしてたら骨だけになりました」


僕の言葉を聞いた霞月さんは吹き出した。




「大胆だね、君は・・」笑いながら霞月さんが言う。


「だって、どうすればいいかわかんなかったし・・」


「確かに、しょうがないかもね。でも、君は一番正しい対処をしたとも言える」


「どうしてですか?」


「本拠地での訓練を受ければ、分かると思うよ」


ここでは答えを教えてくれなかった。




「でも大したもんだ。一時間も逃げ続けるなんて常人には出来ないさ。よくやった、今日はたくさん食べるんだよ」そう言って僕の頭を撫でた。


「ありがとうございます!」

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