2話 前進

何の説明もされないまま、僕は服を着替えさせられた。




「そんな服装で稽古などできまい」冷めた口調で源治さんが言う。


「は、はい!」


着替え終わるとすぐに源治さんは僕を山の麓まで連れて行った。




またこの場所に戻ってきた・・




「まずはお前の基礎体力を把握する。ワシが百を数えるまでに、麓を一周してこい。間に合わなかった場合は一周追加し、遅れなければ五周で終了する」


待って待って待って、この人は何を言ってるの・・?


おそらく、数え終わるまでに走り切るには僕の全速力を出さなければいけない。


けど、その速度が一周も・・はたまた五周分も持つわけがない。




「この試練を突破しないと、稽古はつけてもらえないんですよね・・?」


「当然だ」無表情で源治さんが言う。




やり切らなければ、僕は神隠団には入れない。


きっと、一生後悔するだろう。夢を諦め、夢に見放され、自分も夢から目を逸らすようになる。


そんなの嫌だ!!!


僕は夢と生き、夢と死ぬ。


それができないんだったら・・今ここで死んでやろうじゃないか。




「わかりました」


「では、始めろ」


僕は走り出した。数を数える源治さんの声が遠ざかってゆく。




この速度で間に合うのか・・?


僕は疑問を抱いたが、とにかく走った。




そして体力を半分以上消耗したところでたどり着いた一周目。




「百二十だ。一周追加」流れるように言い渡された。


疲弊している状態で、これ以上に速度を上げるなんて・・できるわけがない。




やりたくない・・けど、それ以上に僕がしたくないのは、『やってもないのにできないと決めつけて、本気を出さない』ことだ。




やってやる。




僕は後先を考えず、全速力で走り続けた。


そして二周目を走り終える時。




「九十四だ。あと四周」


よし!!


この調子で・・いけるとは思わないけど、いくしかないんだ。




三周目。正直この辺りから記憶がない。


「九十五。あと三周」




そして四周目を終えたその時、僕は意識を失った。




目を覚ますと、僕は家の中で寝転んでいた。


隣には、ひょうたんを持って源治さんが座っている。




「目が覚めたか」そう言って僕に水を飲ませる。


「ありがとうございます・・」


僕はゆっくりと体を起こした。




「結局、僕は何周走りましたか?」


「四周だ」


僕が走らなければいけなかったのは六周。




「不合格・・ですよね・・」


「待て」源治さんが手のひらを突き出す。




「元々、麓をあの速度で五周も出来るなどと想定していない。基礎体力を計ると言ったが、本当に見ていたのはお前の精神力、忍耐力だ。まぁ普通は二周ほど終わった時点で『もう走れない』と泣きついてくるんだが・・そこからさらに二周走るとは思っていなかった」


決して僕を褒めることはしなかったが、言い方からして不合格ではないように思える。




「じゃあ、僕は・・」


「問題ない。合格だ」険しい顔のまま源治さんが言った。


「本当ですか!!」嬉しくて飛び上がりそうになったのを見て、源治さんが僕の体を押さえた。




「お前の体は、お前が思っている以上にボロボロだ。あまり激しく動くな」


「はい・・」




足は血まみれで、腕も傷だらけだった。


こんなに体は限界を迎えてたんだ・・・・




「十二歳と聞いたが、これほどの体力と根性は大したものだ。ここだけの話だが、霞月が最初にこの試練を受けた時は一周でやめてしまった。そこからは拗ねてしまい五日ほど会話は出来なかったな」


あれだけ優しくて強い霞月さんにもそういう時期はあったんだ、と少しほっとした。




「でも、今は凄く強いですよね」


「君の目にはそう映るかもしれんが、神隠団の全体で見れば中堅。それほど厳しい世界なんだ」ため息交じりに源治さんが言う。




 二日間の休息をもらい、次の試練がやってきた。




「次はお前の純粋な力を試す試験だ」


「はい!」


すると、彼は背後から槍を取り出し、地面に突き刺した。




「この槍を引き抜いてみろ。それが出来たら次の試練に進む」


前の地獄のような試練に比べると、簡単なように思えた。


しかし、槍は地面に深く突き刺さっており、柄の部分が怪しげな光で覆われていた。明らかに普通の武器ではない。




「この槍は、特殊な魔術で固定されている。力だけでなく、精神力と集中力も必要だ」


「わかりました」




その言葉を聞き、僕は深呼吸をして槍に手を伸ばした。触れた瞬間、冷たい金属の感触と共に、手にビリビリとした痛みが走る。おそらく、槍の魔術によるものだ。




「痛いと思うが、それも試験の一部だ。痛みに集中を削がれないよう、意識を一点に集めて引き抜け」


集中、集中・・。


痛みはどんどん増していくが、心の中で強く念じ、全身の力を槍に集中させた。


腕の筋肉が悲鳴を上げるが、それでも歯を食いしばり、引き抜こうと試みる。




まだだ、もっと力を込めないと・・!




僕の唸り声が響き渡る中、全ての力を振り絞り、ついに槍が地面から抜けた。


その瞬間痛みが和らぎ、槍は軽く感じられた。




「・・ふむ。かかった時間は三十分程度か。悪くはない」表情を変えずに源治さんは言った。




「今日はここまでだ。家に戻って手を冷やせ。お前が思っている以上に体には負担がかかっている」


「はい!」


源治さんはすごく厳しいけど、僕の体を常に気遣ってくれる。


だから厳しい試練をしても僕は生きているんだろうな・・流石は霞月さんを育てた師匠。




 家に戻り、源治さんは手を冷やす水を用意してくれた。




「この後、霞月がこの家に来る。久しぶりに話すといい」夕食の準備をしながら彼が言った。


「本当ですか!ありがとうございます!」


霞月さんに合うのは一週間ぶりくらいだ。試練の話をたくさん聞きたい。




日の暮れてきた頃に、戸を叩く音が聞こえてきた。




「霞月だ、入っていいか?」


「ああ」




今日も神隠団の仕事だったらしく、霞月さんは疲れた表情をしていた。




「今日も妖冥を退治したんですか?」


「そうだよ。と、いっても俺は大した仕事はしてないけどね」霞月さんは謙虚だ。




「俺の術は小規模の爆発だからね。人型の妖冥には有効なんだけど・・大型の妖冥だったり、武装している妖冥には全く効かないんだ」


「魔術と敵によっても相性があるんですね・・」




「それで、試験の方はどうだい?順調?」


「幼い頃の霞月に比べれば、遥かに順調だ」源治さんが割り込んできた。


「俺は今楓に聞いたんだ」霞月さんがむすっとする。源治さんとの会話では人間らしい部分が垣間見えて面白い。




「麓を走る試験では四周、槍を抜く試験は三十分で合格した」


「よ、四周!?」霞月さんが目を丸くして僕の方を見つめる。


「はい・・四周走った時点で気失っちゃいましたけど」


「俺が今試験を受けたとしても四周走れるか怪しいんだが・・」


霞月さんはかなり自信を失った様子だった。




「槍を抜く試験はどうだったんですか?霞月さん」


「俺は・・三日かかったよ。多分一日十時間くらいやったね」もしかして霞月さんって・・僕が思っているより・・


いや、やめておこう。そんなはずがない。僕の命の恩人だもの。




「あの頃の霞月はあまりにも貧弱だった。よくここまで成長したと感心してしまうほどだ」源治さんが言った。


源治さん的には褒めてるのかな?




「まぁ、それだけ優秀な結果を出せているならきっと大丈夫だ。安心して、でも手は抜かずに頑張るんだよ」


「ありがとうございます!!」


「君は偉い子だ」また僕の頭を撫でてくれた。




 翌日の朝、また僕は外に連れ出された。




「これが最後の試練になる」


僕は息を呑んだ。




「実戦だ。武器は昨日お前が抜いたこの槍を使え。妖冥との戦いを想定し、全力で攻撃をするんだ」


そう話す源治さんが手に持っているのは、ただの杖だった。




「杖で・・戦うんですか?」


「ああ。だが決して躊躇うな。本気でワシを殺すつもりで攻撃をしてこい」


死んじゃいませんか・・?




僕は源治さんの言葉に心の中で決意を固め、槍を握りしめた。眼前の師はただの指導者でなく、真剣に挑むべき敵となった。


息を整え、精神を集中させる。




「始め!」


彼の声と同時に、一瞬のためらいもなく槍を振りかざし、突進した。


彼は軽やかに動き、攻撃を回避する。


だめだ・・動きが速い上に無駄がない。僕もすぐに次の攻撃に移らないと・・




「その調子だ」


源治さんは鋭い眼差しでこちらの動きを見極め、次々と繰り出される攻撃を全てかわしていく。その中で、こちらの動きの欠点を見つけ、的確に指摘する。




「足元が甘い!もっと重心を低く!!」


指導を受けながら、動きを修正し続ける。


そして、ついに一隙を見つけた。槍を振り下ろし、彼の防御を突き破ろうとする。




「いいぞ!」


しかし、源治さんもただの指導者ではない。彼は瞬時に反撃に転じ、こちらの槍を受け流しながら杖で腰を打ってきた。


激しい痛みが走り、体が後ろに飛ばされた。




「まだまだだ。妖冥はもっと手強いぞ」


地面に倒れ込みながらも、すぐに立ち上がる。体中が痛みに包まれているが、ここで諦めるわけにはいかない。


僕は再び槍を強く握りしめ、彼に向かって突進する。




「その意気だ!もっと来い!!」


何度も何度も挑み続け、次第に源治さんの動きが見えてくる。


そして、ついに一瞬の隙を掴むことに成功する。槍の一撃が彼の防御を突破し、彼の肩に軽く当たった。




「ようやく当てたか。しかし、これで満足するな」


源治さんは僕の肩を叩き、手を差し伸べてくる。




「ありがとうございました・・」


全身疲労がとんでもなく、もう一歩も歩けないような状況だった。




「よくやった。最終試験、合格だ」


「よかった・・」夢を諦めなくていいという安堵感と、やりきった達成感で一気に体から力が抜けた。




「だが、本当の試練は今後のお前の人生だ。妖冥との戦いは容赦ない。その覚悟を持て」


「はい!!」


厳しくも優しい、そんな師匠と出会えた僕は、なんて幸運な人間なのだろうか。




 霞月さんの家に戻り、合格したことを報告する。




「そうか!では、正式に源治さんに稽古をつけてもらえるということだね」


「はい!」


「偉い、本当に偉い」僕の頭をぽんぽんと叩いた。


霞月さんはよく僕の頭を撫でるんだけど、どうしてなんだろう・・ただ単に好きなのかな?頭撫でるの。


・・まぁ、僕も撫でられるの嫌いじゃないけど。




「じゃあ、研修生になるための手続きをしに行こうか」


「はい!」




霞月さんについていくと、やたらと品格の高そうな建物にやってきた。




「研修生の登録に来ました。この楓という少年です」


「かしこまりました」門に立っている男性が言った。




「楓さん、ですね。年齢は?」


「十二歳です」


「わかりました。では、説明の方をさせていただきます」男性の口調は淡々としていて、この手続きにすごく慣れているのが分かった。


「はい!」




「まず、研修生の登録から一年が経つと第一選抜試験を受けられるようになります。その試験に合格すると、神隠団本拠地で暮らすことが許されます。そこから、本格的に隊員となるための訓練が始まることになります。そして、さらに本拠地での訓練を始めた一年後から、第二選抜試験を受けられるようになります。この試験に合格することで、晴れて神隠団の団員となり、実務に携わることが出来るようになります」


一切過不足のない説明は、聞いていて自分が賢くなったと錯覚してしまうほどに理解しやすかった。




「わかりました!」


「試験内容は当日に伝えられますので、どのような試験でも対応できるような鍛錬を積むようにしてください。説明は以上になります」


僕と霞月さんは建物を離れ、家に戻ってきた。




「これから最低でも一年は、源治さんのもとで鍛錬をすることになるからね。まず当面の目標は、第一選抜試験の合格だよ」


「頑張ります!!」




その夜、布団に横たわりながら、明日から始まる鍛錬に思いを馳せる。神隠団の一員として、妖冥との戦いに挑むための道は険しいが、それを乗り越えた先には必ず大きな力がある。




絶対に、強くなる。




そう心に誓い、瞼を閉じた。これから始まる研修生としての生活が、己を一段と強くすることを信じて。

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