吹き荒れる紅葉と神隠し

葉泪秋

1話 立秋

 江戸時代初期。戦乱の世が終わりを告げたが、人々の暮らしを脅かすものが完全に消え去ったわけではない。


「また妖冥ようめいが町に出た。しばらく子供だけで外に出るのは禁止とのことだ」坊さんがお香を炊きながら言った。


僕は十二歳の楓。四歳の時に親が急死してから、坊さんに保護されて寺で暮らしている。

他にも親のいない子どもが一緒に暮らしていて、僕含めて子どもは七人だ。


「どうして妖冥が現れると、いつもお香を炊くんですか?」

「魔除けみたいなもんだ。効果があるかはわからない。君たちが襲われる確率を少しでも下げたくってね」

坊さんはけろっとして言う。


妖冥。室町時代から突如として日本に発生し、被害は後を絶たない。

詳細は未だに明らかになっておらず、妖冥にも多数の種類が存在することが研究を遅らせていると考えられる。

人型から動物型、そしてどちらにも属さない妖冥も珍しくない。


「また、神隠団がやっつけてくれるのかな・・!」

その、妖冥に対抗できる唯一の組織が『神隠団かみかくしだん』である。

幕府に属さない独立した組織であるが、幕府は神隠団の存在を当然把握しており、活動は黙認されている形となる。


「きっと、やっつけてくれるさ」坊さんは笑顔で言った。

「すごいなぁ、僕もいつか神隠団に入りたい!!入れるかな?」

「ハハ、君ならきっとできるさ。いつも前向きで、人のことをよく考えられる楓ならね」坊さんが僕の頭を撫でてくれた。


「えへへ」

「さ、そろそろ皆も寝る支度をしよう。七人、皆揃ってるね?」坊さんが確認すると、一人ずつ返事をしていった。


「よし、みんな大丈夫だな。じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさーい!!」


平和な世の中ではないけど、僕は今幸せだ。

血は繋がっていなくても、家族のようなみんなと一緒に暮らせている。

ずっとこの幸せが続いてほしいなぁ・・


「お兄ちゃん」隣の布団からもぞもぞと小さな生き物が移動してくる。

「ん?」

「お兄ちゃんと一緒に寝る」六歳、七人の中で一番幼い女の子が僕の布団に入ろうとしてきた。

「花は本当に甘えん坊だね」僕は花に布団を被せてあげた。


 真夜中、ギシギシと音を立てながら寺の中を歩く音が聞こえた。

その音で目を覚ました僕は、目をこすりながら周りを見渡した。


「坊さん、なんか物音がするよ」

「そうだね」僕より先に起きていた坊さんは、一度みんなのことを起こした。


「イノシシが入ってきたかもしれない。危なかったらすぐに逃げるから、準備をしておいて」坊さんが杖を取って言った。

「はい!」


 そして、物音の正体がゆっくりと寝室の戸を開けた。

すぐに坊さんが杖で退治を試みる。


「妖冥だ!みんな、すぐに逃げなさい!!」そう叫んだ瞬間、妖冥が坊さんの胸元を突いた。

部屋中に血が飛び散る。


「みんな逃げて!!!」

口に出すのがやっとで、僕自身は足がすくんで走り出すことができなかった。


「おにいちゃ・・」

瞬く間に三人殺された。


「楓さん!俺のことは良いから逃げてくれ!!」一歳年下の少年も殺された。

ああ、ここでみんな死んじゃうんだ・・僕も殺されるんだ・・


僕以外の全員が殺され、妖冥が僕の方へ近寄ってくる。

そして、攻撃されそうになった途端に僕は転がって避けた。

どうして、もう僕は諦めてるのに・・避けないでいいのに・・!


「ウウン?」妖冥は、振りかぶった拳を見つめながら言う。


避けたのは僕の判断じゃない。

ということはきっと、本能だ。本能が僕に生きろと言っている。


出せる限りの速さで僕は寺を飛び出し、山を下って逃げ続けた。

後ろから大きな足音が追い続けてくるのが聞こえる。


お願い、誰か助けて・・!!


突然、後ろで小さな爆発のようなものが起こった。


「!?」

とりあえず、追ってきていた妖冥は居なくなった。

状況が理解できないまま、僕は足を止める。


「無事だったかい?」

紫の羽織を着た隊士の男性が現れた。


「はい・・」

「大丈夫、妖冥は俺がやっつけたからね」隊士が屈んで言った。

そして、状況を理解した瞬間、涙が止まらなくなった。


「みんな、みんな僕のせいで・・助けられたかもしれないのに・・あの時すぐにみんなを逃がしていれば・・こんなことには・・」

泣き続ける僕を、隊士はずっと抱きしめてくれた。


「君のせいじゃないよ」隊士が僕の目をじっと見て言う。

「でも・・」僕の唇に隊士は指を当てた。それ以上、話さなくていいと伝えるかのように。


「よく妖冥から逃げ切ったね。君は偉い。すごい子だよ」

僕の頭を撫でる隊士の手には、坊さんのような温かさがあった。


「君・・暮らす場所はある?」隊士が頬を掻きながら言う。

「たった今なくなりました」

「そう、だよね・・ごめん。しばらくの間保護することになるけど、問題ないかい?」

保護してくれるの・・?


「逆に・・こちらこそ、いいんですか・・?」

「当然さ。一人で生きていくなんて、そんな辛いことをさせたくないからね」隊士が僕の手を握った。

僕一人のためにここまでしてくれるなんて・・

妖冥から人を守るだけじゃなくて、保護して生活まで支えてくださる『神隠団』の団長は、一体どんな人なのだろう。

ますます、神隠団に入りたいという気持ちが強くなった。


 二十分ほど歩き、屋敷のような建物に入れてもらった。


「今日はとても悲しい思いをしただろうし、好きなだけここでゆっくりしていいよ。ご飯はこっちの部屋に用意してあるから、食べられそうだったら食べてね」寝室のような場所へ連れてきてくれた。


「ありがとうございます・・」隊士の優しさに感動し、また涙が出た。

「俺の家だから、遠慮せずにくつろいで大丈夫だからね」


 その後、丸一日ほど寝た僕は隣の部屋に行ってみた。


「おはよう。気分はどうだい?」朝ご飯の支度をしながら隊士が言う。

「昨日よりずいぶん楽になりました。本当にありがとうございます」

「よかったよかった。食べれる分だけでいいから、朝ご飯を食べるといい。きっとお腹もぺこぺこだろうからね」


「そういえば、聞き忘れてたんですけど・・」

「ん?」隊士が首を傾げる。

「あの・・隊士さんの名前はなんですか」

「ああ、名前か。俺は霞月かげつ。神隠団の魔術部隊員だよ」

魔術部隊員・・格好いい。


「霞月さん、ありがとうございます。お世話になります・・!」

「礼には及ばないよ。僕は神隠団として当然のことをしただけさ」霞月さんは心からそう思っているようだった。


僕は昔から人間観察が好きで、嘘をついている人間や、演技をしている人間はすぐに分かる。

洞察力・・っていうのかな、人を見極める力には自信がある方だ。

そして、霞月さんは絶対に信用できる。


「僕も、神隠団に入りたいんです。昔からの夢で・・」

「夢、か・・」霞月さんの顔が曇る。


「そんなに憧れるほど、いいものでも無いと思うけどね。危険だし多忙だし・・本気で目指しているのなら、俺は応援するよ。はい、どうぞ」ご飯を僕の前に並べてくれた。

「いただきます!」


霞月さんは凄く料理が上手だった。

味付けも僕好みというかとにかく美味しくて、数分で平らげてしまった。


「良い食べっぷりだね、君は」霞月さんは微笑んだ。

「ごちそうさまでした!」


 食器を片付けた後、霞月さんは僕の前に座った。


「神隠団に入りたいという件、本気で受け取って大丈夫かい?」霞月さんが念押しする。

「はい。二度と僕みたいな悲しい思いを人にして欲しくなくて・・必ず、妖冥を絶滅させます」

「君は本当に強い子だね。神隠団は常に研修生を募集しているから、研修生となり、数年間鍛錬を積むことで正式に団員になることができるよ」


「・・・・やります」

「ただ、一つ障壁があってね。師は自分で見つけなければならないんだ」

「そうなんですか・・?」

でも、僕はどうやって見つけたら・・


「だけど、僕に稽古をつけてくれた師匠を君に紹介するよ。特別だからね」霞月さんは唇に指をつけ、内緒だと伝えてきた。

「本当に、何から何までありがとうございます」

「稽古をつけてもらいながら、ここに暮らせばいいさ。君なら必ず、団員になれる」

 

 翌日、僕は霞月さんと一緒に『師匠』の家を訪問した。


源治げんじさん、霞月だ。団員になりたいという少年を連れてきた。稽古をつけてもらえないか?」僕と話すときとは違って、堅い口調で霞月さんが言う。

 

いかにもといった雰囲気の老夫が戸を開けた。


「ふむ・・」

僕の顔をじっと見つめる。


「突然で申し訳ありません、よろしければ、御指導していただきたく存じます!」

「・・礼儀はきちんとしておる。だが、お前に『素質』があるのかを見なくてはならん。霞月、こいつを少し預かるが、問題ないな?」鋭い眼光で老夫が言う。


「ああ、問題ないが・・あまり無茶は言うなよ。その少年はまだ十二だ」

「それは、こいつの頑張り次第だ」

不穏だ。


「では、源治さんよろしく頼むよ。少年、健闘を祈る」

霞月さんはこの場を離れていった。

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