第3話 ターニングポイント
そして早数日。
コレと言って何もなかった、えぇもう何もありませんでしたよ。
あれから門田君は店に来ないし、変な名前の男は業績をガンガン伸ばしていくし。
もう踏んだり蹴ったりだ。
という事で本日は友達と居酒屋に突入した。
もうね、ストレスがヤバイ。
「話は聞いてたけどさ、まさかクリスマスに女三人で居酒屋に集まるとはねぇ。思い切ったというか、虚しいと言うか」
「うっさい、ここに居るのは私と同じく独り身メンツなんだから。もう騒いでやろうじゃないですか」
無茶苦茶な意見を漏らす私に、皆は苦笑いしながらも席に着いた。
本日は門田君の合コンの日。
どっかの馬鹿が無駄に格好良いコーディネートを完成させた為、空振りに終わる事は無いだろう。
普通に格好良かったしね、そりゃもう大成功を収めるでしょうよ。
全てが終った、もうどうでもいいです飲みますよ。
まさにやけ酒。
女三人がクリスマスに集まっていると言うのに、注文したのはビールに芋焼酎にウイスキー。
周りから見ればドン引きされるであろう集団が、即座に出来上がった。
こんな姿、とても彼には見せられないだろう。
なんて事を思った瞬間。
「こんばんはー、お姉さん達楽しそうだね。俺達も一緒に呑んじゃダメ?」
しばらくわいわいと騒ぎながら呑んでいると、蛍光色ヘアーが特徴的な三人組が個室の扉を開けた。
チャラい、とんでもなくチャラい。
私は職業柄色んなお客さんを相手にするが、連れて来た二人は事務職だったりするのでこういう相手には慣れてないだろう。
明らかに引き気味で、助けを求める様に此方へ視線を向けて来た。
「ごめんねぇ。今日は女飲みって決めてるからさ、申し訳ないけど男性立ち入り禁止なんですわ」
「えーでも人多い方が楽しくない? それにほら、クリスマスなのに女の子だけってのも寂しいでしょ」
うっせぇわボケ。
それを言うならこんな日に男だけで飲んでるお前らも一緒だろうが、特大ブーメランも良い所だ。
しかし酔っぱらっているらしい男達は、そのまま靴を脱いで上がり込んで来ようとし始める。
マジで止めてくれ、本当に君らに興味ない上に邪魔なだけだから。
なんて口にする訳にもいかず、とりあえず先頭の男の肩を掴みながら侵入を阻止しようとした。
「ちょ、ちょっと待とうか。ホントに、今日はそういうの無しな日なので。大人しく別の人当たってくれるかな?」
「おっとぉ、いきなりボディータッチされちゃった。何々? お姉さん達欲求不満?」
あぁもう、誰かこいつ等殺してくれないかな。
さっきまで楽しく飲んでいたと言うのに、今では友達二人は怯え切っている表情を浮かべて居るし、男三人組はゲラゲラ笑いながら部屋に侵入してこようとしている。
ほんともう、ロクな事がない……。
「ここに居たかシズル。何をしている、捜したぞ」
ここ数日間で随分聞きなれた声が、彼らの後ろから聞えた。
一瞬場が凍り付き、全員が一番後ろに立っている彼に注目する。
そこには”メリークリスマス”と書かれたピンクのTシャツと、サンタジャケットを羽織ったムキムキマッチョメンが無表情で立っていた。
普通に反応に困るわ、怖い怖い怖い。
「急ぐぞ、リッ君の選択までに時間がない。俺には正しい方向に修正する義務がある。正確にはキューピットする必要がある」
「いやリッ君て、君らいつそんな仲良くなったの。しかも正確にはって言いながら、余計訳の分からない言い回しになったよ」
キューピットするって何よ、その見た目で言われてもホラーだよ。
呆れかえって何も言えないでいる私を横目に、チャラーズは硬直状態から復帰した。
特に後ろの二人が早かった。
動き始めたかと思えば恋太郎の腕を拘束し、鋭い眼差しを向けている。
どちら様ですか? 僕たちに何か御用ですか? の汚い言葉バージョンで罵っている為、お店の中にいたお客さんは何事かと顔を出し、店員さんは焦った様子で上司を呼びに走っていた。
「ねぇお兄さん、俺等が先に声掛けたの。わかる? お呼びじゃないんだよね、早いとこ消えてくんないかな?」
やっと再起動したチャラ1号が、やけにガニ股で恋太郎へと近づいていく。
今思う事ではないが、あれって怖く見える歩き方なのだろうか?
傍から見ると子供が適当に駆動させたオモチャを、ヨチヨチ歩かせている様にしか見えないんだが。
そして首を上下に動かしながら、「あぁん?」みたいに歩くのは何故?
もしかして足と首が連動して動く仕組みなのだろうか。
そんなどうでもいい感想を漏らしながら見ていると、恋太郎は困った様に視線を投げて来た。
「彼らはシズルの友人か?」
「いえ全然、これっぽっちも。むしろ急に入ってきて困っていました」
「ならば、俺に任せておけ」
何がよ、急にこの場で喧嘩とか止めてね?
確かにアンタの筋肉ならどうにかなるかもしれないけど。
こっちとしては見たくもないし、店にも迷惑掛かるから。
そんな事を思った私に彼は無表情のまま頷くと、静かにその場で深呼吸をし始めた。
「スゥゥゥ、ハァァ……フルチャージだ」
「何を溜めた、お前今何溜めた。酸素か? 肺活量の限界まで行ったのか?」
「では失礼して……キューピットボデー!」
ボデー、今ボデーって言ったコイツ!
平成どころか昭和の人かな!?
そんなツッコミを入れる前に、彼は全身の筋肉を滾らせながら“マッスルポーズ”を繰り広げた。
なんていうポーズなのかは知らないし、興味もない。
だがそのポージングをしただけで両脇に居た二人は吹き飛ばされ、上半身に着ていた服は粉々に砕け散った。
さらばサンタ服。
まさかクリスマスが終る前に廃品になるとは、誰も思ってはいなかっただろう。
「な、なんだお前は!?」
破れ去った布が舞う店内の廊下に、上半身裸の変態とチャラ1号だけが残る。
赤い雪の様に降り注ぐサンタ服の残骸の中、変態は彼を見つめながら静かに言い放った。
「他人の恋路を邪魔する輩は俺が許さん、恋のキューピット恋太郎。神に代わってお仕置きだ」
「もういいアンタ少し黙って」
私でさえ知っている子供の頃に聞いた台詞を、筋肉モリモリ男が真顔でアレンジしたポージングを決めているのは、ちょっとこれ以上見ていられなかった。
もうコイツは駄目だ、早く天に返してあげよう。
「まぁ彼らはどうでもいい、早く来いシズル。手遅れになる」
「どうでもいいが服を着ろ服を!」
今度はちゃんと突っこめた、なんて思った矢先。
彼は店員に事情を話し、店のエプロンを借り始めた。
まて、それは服じゃない。
しかもちゃんと返す気でいるらしく、店員に名刺とか渡し始めている。
「いくぞ。任せておけ、リッ君は俺の掌で踊っているに過ぎん」
「もう少し言い方ってもんがさぁ……」
やけに物騒な言いまわしをしながら、テーブルに彼は一万円札を置いた。
はて、何だろうこのお金は。
「すまない、シズルを借りていく。彼女の飲み食いした代金だ、足りない分は後で請求してくれ。これも店長から前借りしてきたものだから、返すのは給料日後になる。よろしく頼む」
いや普通に自分で払うけど、君みたいにお金切羽詰まってないけど。
反論する暇もなく、私は彼に抱き上げられた。
俗にいうお米様抱っこ。
つまり肩だ。
おい待て、人を荷物みたいに持つな。
「ではな」
それだけ言うと、彼は走り始めた。
店内を抜け、街中を走り、カップルだらけの駅前をとんでもない速度で駆け抜けた。
まて、待ってくれ。
やたらキューピットだなんだと言っているが、結局お前は何なんだ。
色々と聞きたいことはあるが、とりあえずは。
「いいから服を着ろぉぉ!」
クリスマス当日。
ジーンズにエプロンだけの変態に、私は攫われてしまったのであった。
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