第4話 恋の戦争


「ついたぞ」


「どこよここ」


 周囲に見えるのは綺麗な夜景。

 ただね、髙いのよ、物理的に。

 やけに強い風の中、私は恋太郎の肩に抱えられていた。

 いいから下ろせ。


「どこかのビルの屋上だ」


「お前も知らないんかい」


 もう色々と諦めてため息を溢していると、恋太郎は私を肩から降ろし眼下に広がるイルミネーションを指さした。


「見ろ」


 指さす先にあるのは駅のロータリーにある、大きなクリスマスツリー。

 正直今の状況で見ても、虚しい気分になるだけなのだが。


「あぁうん、綺麗だね。これを見せる為にここに連れて来たの? もしそうなら殴るけど」


「何を言っている? その根本だ……ほら、見えるだろう? リッ君だ」


「普通に見えんわ! 人がゴミの様だって言えば分かる!? それくらいにしか見えない訳よ! 視力いくつあるんだお前は! マサイ族か!?」


 思わずそんな反論を返した私に、彼は大きなため息をついた。

 何だろう、すっごいムカつく。


「仕方がない、これを使え」


 そういって取り出したのは、やけにピンク色のスコープ。

 多分アレだ、銃の上とかにくっ付ける感じのスコープだ。

 ドピンクだけど、調整する所の摘みがハート型だけど。

 普通こういう時に使うのって、双眼鏡じゃないの?

 私素人なんだけど? 当然使った事なんて無いんだけど?

 ていうか待て、今お前どこから出した?

 まさかパン……。


「いいから見ろ」


 やけに険しい顔で急かされ、恐る恐るスコープを覗き込むと。


「ん? よく見えないんだけど」


「シズル、逆だ」


 どうやら向きが間違っていたらしい。

 色々恥ずかしい思いはあったが、コイツに言い訳しても余計惨めになる気がして止めた。

 ご、ごほん。なんて咳払いをしてから改めてスコープを覗くと。

 そこには。


「……ねぇ、これを見せてどうするわけ?」


 そこには、門田君が可愛らしい女の子と対面している姿が見えた。

 両者共赤い頬、困った様に俯く門田君。

 対して女の子は少しだけ腰を折り、上目遣いに彼の事を覗いている。

 可愛い子だった。

 多分学生だったとしても、社会人だったとしても大層モテるのだろう。

 そんな彼女が、媚びる様に彼に訴えかけていた。

 いや、媚びる様になんて言ったら失礼か。

 あくまで私からそう見えただけで、実際は何を話しているかなんてわからない。

 これも醜い嫉妬ってやつ——


「これより狙撃する」


 おい今なんてった。

 慌ててスコープから目を離し、隣にいる変態に視線を向ければ……そこには変態アーチャーが凛とした雰囲気で立っていた。

 凛としているのは雰囲気だけで、極めて寒そうなスタイル。

 なぜか全身から湯気を上げ、今にも誰か殺しそうな勢いで“ソレ”を構えていた。


「ちょっと待ってね、恋太郎は何をしようとしているのかな? 手に持っているのは何? 君は馬鹿なの?」


「無論、シズルの恋を成就させようとしている。これは“キューピット☆アロー”。打たれた相手は、瞬時に運命の相手を悟るだろう。そう、取説には書いてあった」


 至極真面目な顔で全てを答えた彼は、フゥゥゥ……と白い息を吐いたかと思えば、鋭い瞳でツリーを睨み、ギリギリと音を立てながら弓を引き始めた。

 ちょっと、殺傷力がヤバそうな勢いで。


「もう取説とか突っ込まないからな!? でも何だそのふざけた名前の弓矢は! 玩具だったとしてもこんな所から撃ったら誰か怪我するって!」


「問題……ない! キューピット☆アロー! チェンジ、デステニーモード!」


 彼が叫んだ瞬間、鏃が……ピンク色のハート形に変わった。

 もはや自分でも何を言っているのか分からない。

 分かる人間がいるのなら、是非ともこの場に立ち会って実況してくれ。

 エプロンとジーンズだけしか着用してないマッチョメンが、湯気を上げながらハートマークの付いた弓矢を構えているのだ。

 意味が分からない。

 なんだこれ、異世界物語か?

 私は確かに現代日本に居るし、こんな訳の分からない事例に携わるほどファンタジー主義者ではなかった筈なのだが。

 だがしかし、彼は現に私の目の前に立っている。

 現実とは思えないその光景を目にした私は——

 バシュンッ!


「待って待って!? 撃つの早い! まだ色々と思いを馳せてた所なのに!」


「すまない、回想を待つべきだったか。とにかくリッ君を見るんだ」


 言葉に従って急いで再びスコープを覗き込めば、門田君に向かってピンク色の光が一直線に伸び……そして激突した。

 その瞬間彼は顔を上げ対面の少女に何かを叫び、そしてこちらに向かって彼は走ってくる――

 なんて光景が見えたら、胸もときめいたのだろう。

 もしかしたら私の元へ駆けつけてくれるのかも……なんて妄想だってできただろう。

 だが現実はそうロマンチックに輝いてくれなかった。

 ”グホァ!”っと、聞えない筈の声が聞えた気がした。

 ピンク色の矢は、間違いなく胸に突き刺さった。

 そして彼は……トラックに轢かれたみたいに、急にその場からツリーに向けて吹っ飛んだのであった。

 そりゃもう空中で三回転くらいしながら、ビタンっ! とクリスマスツリーに激突した。


「……は?」


「キューピットアロー、当たった相手は恋焦がれた相手を思い出す。射抜かれれば、その場限りの誘惑になど負けはしない」


「それって思い出しながら息を引き取ったりしませんかね!? ギュンギュン回って上下反転したままツリーに激突したよ!? 多分アンタが言ってるの走馬灯だから!」


「キューピットアローに殺傷力は無い、筈だ。多分、最新型は俺も初めて使った」


「多分を付けるなよ! 本当に大丈夫なんでしょうね!? 最新型って何!? 過去にもこんな物あった訳!? というか試射に私の好きな人を使うな!」


 などと叫んでいる内に、彼は静かにツリーを指さした。

 もはや訳が分からな過ぎて、示されるがまま再びスコープをのぞき込むと。

 そこには、物凄く辛そうに立ちあがる彼の姿が。

 そして。


『ごめんなさい、さっきの告白……受けられないです。僕には好きな人がいるので……』


 門田君の声が、この耳に届いた。

 一体何がどうなって——


「キューピット☆盗聴器。さっきの矢に仕込んでおいた」


「普通に怖いよ! なんでもキューピット付ければ良いと思うなよ!? というか、生きてたぁぁ……はぁぁ」


 しかし盗聴器の感度は絶好調。

 欲望に忠実な現代人な私は、大人しくスコープを覗き込みながら盗聴させていただいた。


『本当にすみません。それじゃ僕はこれで!』


 そういって彼は走り始めた、スマホを片手に。

 彼の姿をスコープで追うも、ビルの影に隠れて見えなくなってしまう。

 あぁもう、これからどこに行くのか見たいのに!

 なんて思っていると、私のスマホが振動し始める。

 取り出してみれば、”門田君”という名前が表示されていた。


「え、これって」


「出ろ、それがシズルの分岐点だ。彼の分岐点は既に終わった、後はお前だけだ」


 恋太郎はそう言って、湯気を上げながら近づいてきた。

 頼む、ビジュアル的に雰囲気をぶち壊しているのでちょっと視界から消えて欲しい。

 変な感じに冷静さを取り戻しながら、私は掛かってきた通話を繋ぐと。


「も、もしもし……」


『静流さん!? 急にすみません、今どこに居ますか!? 今すぐお話したい事がありまして!』


 息を切らし、通話越しにも全力で走っているのが分かる。

 思い上がりなのかもしれない。

 でも彼はもしかしたら、私の為にこれだけ必死に走ってくれているのかも。

 そう思うと、不思議と心が暖かくなる。

 決して、蒸気を上げている変態が隣に立っているせいだとは思いたくもない。


「ちょっと待ってね。今調べるから。ホテルチェリーの屋上……ってココ、ラブホやないか!」


 思わず隣にいる筋肉をぶん殴った。

 しかし、効果はいまいちだ。


「痛いじゃないかシズル」


 頬に私の拳をめり込ませた変態は、平然と言葉を返してくる。

 お前、本当にお前。

 もう少し場所をですね。


『ラブホテルの“チェリー”の屋上ですね!? わかりました、すぐ向かいます!』


「ある意味凄いね門田君!? お願いだから復唱しないで!?」


 冷静さを保っていれば、すぐさま足を止めそうなモノなのに。

 今日の彼は止まらなかった。

 どうした? キューピットアロー、変な薬物効果とかないよな?

 なんて事を心配しながら会話を続けていると、屋上の扉が勢いよく開かれた。

 現れたのは、汗びっしょりで息を荒立てる門田君。

 そんな彼の前に、恋太郎は悠々と立ちふさがるのであった。

 居酒屋のエプロンと、体から発せられる湯気を風に流しながら。


「静流さんを、貰いに来ました!」


「よろしい! ならば戦争だ!」


 おいコラてめぇ、何してやがる。



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