第2話 恋模様
「シズル、これは目立たせたい物なのか? 新商品と書いてあるが」
「あぁうん、そうそう。とはいえ割と地味なタートルネックだから、売れるか微妙だけどねぇ。色が豊富なのが唯一の取り柄というか」
「ふむ……」
ウチは海外モノをメインで取り扱うブティック。
他が取扱う前に、話題に上がった洋服を仕入れちゃうぜ! みたいな謳い文句で、ガンガン店長が仕入れてくる。
普通なら数ヶ月で閉店しそうな、とんでもない仕入れ方と仕入れ量。
だというのに、この店はもう十数年続いているらしい。
店長は一体何歳なのだろうか?
ゆるふわロングヘアーをなびかせながら働くその姿は、20代後半くらいにしか見えないのだが。
「シズル、色ごとにマネキンと他の服を借りてもいいか?」
「え? あぁうん、マネキンなら倉庫に結構あるから別に良いけど」
「大丈夫だ、俺に任せておけ」
それだけ言うと、彼は全力疾走で走り出した。
ドドドドド! と音を立てながらすぐさま見なくなるデカい背中。
おい店内を走るな、接客業の基本だぞ。
後で注意しておこう、なんてため息を漏らした所で背後から声を掛けられた。
「
その聞きなれた声に、すぐさま振り返って満面の笑みを向ける。
この職場に勤めて良かったと思う一番の理由。
それが、彼だ。
「こんにちは、
「えぇ、今日は講義が少なかったもので」
振り返った先には、いつものように爽やかな笑みを浮かべる“
まさにスポーツマンという見た目の短髪、見るからに清潔清純。
私と話している時だって、顔を赤らめてたまに視線を逸らしてしまうくらいだ。
今時でもこんな大学生がいるんだって、思わず感心してしまった程に初々しい。
そんな彼が、今日も来てくれた。
「今日はどんな服を捜してるの? それとも遊びに来てくれた?」
「えっと、その両方です……ご迷惑じゃなければ」
そう言って彼は、顔を真っ赤にしながらそっぽを向いてしまった。
以前に「何も買わないとしても、遊びに来てくれるだけで嬉しいですよ?」と言ってみたのが随分と効いているみたいだ。
割と頻繁に顔を出してくれる上に、いの一番に私に声を掛けてくれる。
可愛い、そんな風に思ってしまう男の子。
「迷惑だなんて事は無いから安心してよ。それでどんな服捜してるの? またスポーツ関係?」
ウチの店はカジュアル服以外にも色々置いている。
彼がこの店に来てくれたのも、スポーツ系の衣類を置いていた影響だし。
その時たまたま接客したのが私だったと言うだけの始まり。
だが彼は、ちょくちょく店に顔を出してくれる。
私としては嬉しい限りだし、知り合ってからそれなりに長い。
そろそろデートお誘いの一つでも……なんて期待をしたり、しなかったりしている訳だが。
そこはやはり純情乙女系男子。
好みを聞いたり流行りを聞いたりするだけで、今の所そんな気配はない。
店員とお客さんな訳だし、半分諦めてはいるのだが……誘われればちょっと嬉しかったりするのだ。
「今日は……その、女性と出掛けても恥ずかしくない服を選んでほしくて」
ピシリッと、自分の体が固まったのが分かった。
「あっ、えっと! 違います! えぇと、そうだ! “皆”で出掛けるんですけど、その時一人だけダサいと皆に悪いかなって!」
慌てた様子で言葉を追加する門田君。
「ふ、ふーん? 合コンとか、そういうアレかな? そ、そうですよねぇ。クリスマスも近いですし、イベント盛りだくさんですもんねー」
そう言いながら、フラフラと近くの棚に歩み寄った。
選ばないと、門田君がより格好良く見える服を選ばないと……頭の中でそんな言葉がグルグルと周り、そこら中から服を引っ張り出す。
「門田君ならこっちの服と、あとこっちも……えっと、あれ? 確かこっちの棚にあった筈なんだけど。えっと、えっとね。ちょっと待っててね?」
いくつかの服を手に持って、彼の目の前に広げながら笑顔を振り撒いた。
つもりだったのに、頭が全然回っていない。
「あの、その。もっと良い組み合わせがあったんだけど、えっとね?」
駄目だ、これ泣くかも。
今まで私の恋愛なんて、恋とも愛とも呼べるモノはなかった。
“まぁいっか”で、付き合ってみたり。
私だけ彼氏が居ないのが恥ずかしくなって、大して好きでもない人と付き合ったりしてきた。
そんな事を続けている間に学生時代は終わり、仕事に就いてからも同じ様な事の繰り返し。
どの人とも長続きした経験はない。
別れようと言われれば従ったし、色々言ってくる相手ともきっちり別れを済ませた。
そんな中、初めて好意とは何なのかを私に教えてくれたのが彼。
付かず離れず微妙な距離でも、話しているだけに幸せな気持ちになった。
そんな彼にいつの間にか、私は歳柄にもなく恋をしていたのだろう。
その彼の口から、他の女性と遊びに行く為の服を選んでくれと言われてしまったのだ。
「えっと、ですから……その、えっと」
両目に薄っすらと涙を溜めながら、必死で言葉を紡ごうとするが上手く行かない。
何をショックなんか受けているんだ。
彼は大学生だ、合コンの一つや二つ有るだろう。
彼の魅力に気づいて、言い寄ってくる女性が居たっておかしくない。
ただただ、私は出遅れたのだ。
もっと早く、彼をデートに誘えばよかった。
そしたら誰とも知れぬ相手とデートすることもなく、私の隣を歩いてくれたかもしれない。
なんて、”思い上がり”もいい所なのだろうけど。
だって私は、彼よりずっと汚れているのだから。
そんな私が、おこがましく嫉妬を覚える事など許されないのだから。
「あの、神谷さん。大丈夫ですか——」
「お客様、貴方にはこちらが宜しいかと思われます。貴方のように目鼻立ちがくっきりしている方は、思い切って海外向けのファッションなども、とても映えるかと思われます」
「え? あ、はぁ」
パニックになりかけた私を、よりにもよってコイツがフォローし始めた。
ムキムキマッチョの恋太郎。
クソださTシャツを着ておいて、なにをファッション語っとるんじゃと言いたくなるが。
彼は適切にコーディネートをはじめる。
アレを着て、こっちを着て。
悪くない、むしろ良い。
なんて思っている内に、完全デートスタイルの門田君が完成してしまう。
これは終った……こんな姿見たら絶対告白するわ。
なんて絶望感に打ちひしがれていた時、私の肩にポンッと優しく掌が乗せられた。
「俺に任せろ」
お前か、またお前か。
思わず叫びたくなったが、門田君が着替えている間に彼は自信満々で語る。
「俺はお前のキューピットだ。問題ない、全て順調だ」
そういう彼の向こうには、先程私が”微妙”だと言ったタートルネックを着たマネキンがズラリと並んでいた。
しかもどこから借りて来たのか、それぞれの色に合ったジャケットやらスカートなんかもセットで飾られており、とてもじゃないが微妙だと評価した服には見えなかった。
仕事早ぇなオイ。
「任せておけ、彼の事は調べ上げてみせる。問題ない」
「最後の言葉で凄く不安になったんだけど、本当にアンタは一体なんなのよ」
叶う事なら、これ以上傷口を広げないでくれと願うばかりであった。
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