舞い降りた恋のキューピット。筋肉、圧倒的物理。

くろぬか

第1話 デデン〇ンデデン


 恋のキューピット。

 そんな言葉を聞いて、皆はどんな存在を思い浮かべるだろうか?

 彼氏彼女など、または結婚相手。

 その相手を仲介してくれた友人とか、一般的には仲人とか。

 多分そういう人を思い浮かべたりするだろう。

 だが私の目の前に現れたキューピットは、この世のものでは無かったのだ。

 なんて言った所で大概は信じてくれないというのがオチだったりする訳だが、私の目の前に……あいつはやってきた。

 雪が続いて凍てつく寒さの中、何故か雷が鳴り響くという訳の分からない夜だったと思う。

 一筋の光。

 というか雷がウチの店舗の屋上に轟音と共に降り注ぎ、皆で慌てて様子を見に行ったその場所に、彼は居た。


「ふむ……ここか」


 そう呟いた彼は、全裸だった。

 そりゃもうびっくりするぐらい堂々とした面持ちで、全裸のマッチョメンが膝を立てて座っていた。

 黒髪に凛々しい顔立ち、しかしその首から下は筋肉ムキムキゴリマッチョスタイル。

 ゲームか何かでキャラクターを作る際、ガチガチの筋肉野郎を作った後、何故か顔だけはイケメンにしてしまった様なアンバランスな存在。

 そんな彼はターミ〇ーターみたいに立ち上がり、私達を視線に納め。

 戸惑う皆に見向きもせず、迷うことなく私の前まで歩いて来て口を開いた。


「俺はお前のキューピットだ。任せておけ、お前の意中の男性は必ず仕留める。だから安心していい」


 全裸野郎が、何か言っていた。

 え、なに? どうすればいいのこれ?


「えっと……アンタ誰?」


「キューピットだ」


「お、おう……」


 冷たい雪が降り注ぎ、皆唖然とソイツを見上げる中。

 彼の体からは無駄に湯気とか上がっていた。

 コイツの体温は、いったい何度なんだ。


「どうでもいいけど、服……着てくれません?」


 訳が分からないを通り越して冷静になった私の頭は、そんな言葉を紡いでいた。

 いつまでも全裸だと、色々と困るので。


 ※※※


「はい、ということでねぇ。今日から働いてもらう事になりました。ほら、自己紹介して~」


「うむ、俺は恋太郎こいたろう。皆、これからよろしく頼む」


 だっさ、名前だっさ。

 ”こいたろう”かよ、そこはレンタローとかにしておけよ。

 あれから、雷と共に素っ裸マッチョメンが現れてから三日後。

 朝礼で何故か、あの時の全裸筋肉さんが店長に促されながら自己紹介をしていた。

 ちなみに今はちゃんと服を着ている。

 普通の青いジーンズに、“恋天使”と胸に書かれた謎のピンクTシャツ。

 名前もダサければ恰好もダサい。

 しかしこれは、一体どういう事なのだろう。

 何が起きてこうなった?

 そしてお前は何故そんなTシャツをチョイスした。

 更に言えば寒くないのか、今十二月だぞ。

 何故半袖Tシャツを着ておられる?


「何かねぇ? 雷を受けた影響か、恋太郎君記憶喪失になっちゃったみたいでね? 名前くらいしか思い出せないんだって。だからしばらくウチで働いてもらって、状況が改善するまで待とうって警察の方々と話してきましたぁ」


 やけに間延びした発言と共に、店長は「はい拍手ー」と言わんばかりにパチパチと手を鳴らす。

 いいのか? いいのかそれ。

 身元不明な上、全裸で雷に打たれても平然としているマッチョメン。

 そんなパワーワードの塊の様な人物をここで働かせていいのか?

 しかも名前が”こいたろう”だよ、そこは恋と書いてレンと読ませろよ。

 両親どうしたんだよ、名づけの最中に”恋”の他の読み方忘れちゃったのか?


「何はともあれ、恋太郎君はこれからここの従業員になる訳ですから、皆仲良くねぇ。ちなみに教育担当は静流しずるちゃんだから、頑張れぇ」


「げ……」


 不意に店長がこちらを向いたかと思えば、とんでもない衝撃発言が飛んできた。

 よりにもよって、なんでこの筋肉を私が……


「最初に彼が興味を示したのが静流ちゃんだったからねぇ、記憶を戻すにもいい機会かと思ってぇ」


 ちくしょう、なんでこうなった。

 確かにコイツが初登場した時、真っ先に私に声を掛けて来たけど。

 こんなのって無いや、横暴だ。

 パワハラで訴えるぞ、この美人店長め。


「よろしくねぇ?」


 ニコッっと笑う店長の顔が微妙に怖い。

 適当な理由で断ったら、後に影響するやつだ。


「わ、わかりました……」


「うむ、よろしく頼む。シズル」


 店長の隣に居た筋肉が、偉そうに腕を組みながら頷いている。

 お前、後で覚えてろよ……こっちは先輩なんだからな?

 そんなこんなで朝礼は終わり、私は恋太郎を連れていつもの業務に向かったのであった。

 なんかもう、既に気が重いんですけど。


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