子守 八

「大福は食えるのかい?」

「うん、好物」

「へぇ」


 渦中の二人は、今、品川宿の只中


 土蔵相模の裏っ手を目黒川に向かって歩く、なんとも賑やかで、まあ、あまり子供を連れて歩きたくはないような場所を手つなぎで歩いていた。


 早足で。


 と言っても、別に飯盛女に声をかけられるのを嫌っているのではなく、こんな色街の真ん中を女の子共を連れて歩くことで女衒まがいと間違われるのが嫌なわけでもなく、ただただ、去り際の時田の笑みが気になっていたのだ。


「どうも尻が落ち着かねぇ、家を出るぜ」


 そう言ってひなを連れ出したとき、ひなは一言も口を利かなかった。


 ただ不思議なことに「羊羹もらってっていいかな?」と聞いたのだ。

 

 それで、今の今まで甘味問答をしているところ。


「羊羹は見るのも嫌だってのになんでまた持ち帰ろうとするかね」

「おっかぁがすきなんだ」

「で、娘は見るのも嫌で、しかもそれ以外の餡こ和菓子は皆食える、と」

「しつこい」

「すまねぇ」


 変な話だぜ、と、太平は首を傾げる。


 少なくとも、太平の知っている餓鬼というのは甘いものならなんでも、それこそまさに地獄の餓鬼が貪るように食べるものだ。しかも、これまた太平の知る限り、子供というのは親の好きなものは何でも好きになる、と聞いている。


 こんな面倒ごとの最中に包んで持って帰ってやりたくなるほどに母親が羊羹好きで、なのに本人は見るのも嫌い。


「見るのも嫌いってのも、変な話だぜ」

「もうほんとにしつこい」

「だっておめぇ、目じゃ味はわかんえぇだろうさ」


 太平の言葉に、ひなはわざとらしく大きなため息をつく。


「これだから男ってのはさ」

「うへぇ」


 太平は、このひなの大人びている感じも、実は気に食わない。


 もちろんこれが、まだまだ未通娘おぼこの帯が尻にへばりついているような若い宿場女郎や飯盛女であればからかい甲斐もあるというものだが、ひなは、歳は聞いてはいないが、間違いなくまだ月のものさえあやしい年齢。


 餓鬼は餓鬼らしくあってほしい。


 そう願うのは大人の勝手かもしれないが、総じて不相応に大人っぽい餓鬼というのは餓鬼にあるまじき苦労をしていることが多いことを知っている太平は。


「もちっと子供らしく喋れねぇもんかね」

「あら、じゃぁ飴玉でもせがもうかしら」

「ったく、それのどこが子供らしいんだか」

「ふふふ」


 ひなの受け答えに、太平は小さく苦笑して、そして立ち止まった。


「よし、ここだ」


 見れば、そこは由緒ありそうな茶屋の前。


「入るぜ」

「……売り飛ばす気?」

「馬鹿言うな、この但馬屋はそんな阿漕はしねぇよ」

「じゃぁなんで?」


 問われて、太平はその但馬屋の立派な店構えを見上げた。


「ここなら、な。バカな横槍も入りづれえのさ」

「ふうん」

「気のねぇ返事だな、まったく」


 太平はそう返事すると、心でつぶやいた。


 なんとこかこれで、諦めてくれりゃぁいいんだがね。


「じゃぁいくぜ」

「うん」


 そう答えたひなの顔は、すべて悟っているように太平には見えた。


 それがまた、不憫でならず、太平は「はぁぁ」と長い溜息を吐くのであった。

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