子守 六

「ふう、ちょっと休憩するかい」


 天井を見つめるひなを見て、太平はそう言うとのっそりと立ち上がった。


「ちょっと待ってな、いいもんがあるんだ」


 言いながら台所に消えた太平が、大事そうにもってきたのは。


「羊羹だぜ」


 見れば、盆の上に斜っかいに畳んだ半紙の上に、黒ぐろとした艶を放つ羊羹が鎮座ましましている。その照り艶から、蒸し羊羹ではなく本煉の煉羊羹、しかもたっぷりと砂糖を使っていることのわかる堂々たる羊羹だ。


 ところが、そんな羊羹を前に、ひなはぷいっと顔を背けた。


「あたし、羊羹嫌い」

「なんだって?」


 太平は驚く。


 というのも、甘いものの嫌いな女と子供はこの世にはいないと思っている太平なのだ。であれば、女でしかも子どものひなが羊羹を嫌うなんぞあり得た話ではない。


 しかも、本煉だぜ。


 太平は、驚きを隠せない。


「羊羹の嫌いな子供なんてのが居るのかい?」

「居ちゃだめ?」

「だめってこたぁねぇけどよ」

「みたくもない」

「はは、そりゃ筋金入りだ」


 と、その時だ、急に太平の表情が変わった。


「どうした……」

「しっ、黙ってな」


 厳しい表情で、太平はひなの口を中指で塞ぐ。


 そして、にやりと口の端をあげた。


「駱駝帽子の出番だぜ」

「ひっ」


 太平の言葉にひなの体がビクつき、その顔から色が消える。


 ったく、こんな年端もいかねぇ餓鬼にこんな顔させるもんじゃねぇぜ、駱駝。


 太平は苦々しい表情を浮かべると、こわばるひなの頭に手をおいた。


「安心しな、ここは大丈夫だ」

「で、でも相手はお侍だよ」

「馬鹿言っちゃいけねぇ、今のお江戸にゃ侍はいねぇ」


 そう言って太平は笑う。


 それでも、士族というやつが平民に厳しいことは変わりないけどな、と心でつぶやきながら。

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