子守 三
「嬢ちゃんよ、名前はなんというね」
「ひな」
「けっ、なんでぇその名は、けったいな……おっとすまねぇ」
「大丈夫慣れてる」
「それはそれは」
ここは斑の太平の家。その奥座敷。
一応表向きは、江戸は日本橋に大店を構える廻船問屋の三番目の息子で、道楽が祟って品川くんだりにまで親父殿から蟄居を命ぜられている、ということになっているのだが、その実はわからない。
ただ、若い男の一人暮らしにしては、立派な一軒家。
金に余裕のある人間であることは、確かだ。
「で、本当に婆さんを殺してほしいのかい?」
「うん、本当だよ」
「ううん、まいったね。まあ、わけ聞く前にひとこと言っておくがね。こちとら商売だ、空っ手じゃ、請け負わないぜ」
「そんなの、わかってらい」
少女、いや、ひなはそう言うと、たもとを探ってぽいっとひとつかんざしをたたみに転がした。チャリンと涼しげな音が響く。
「これは?」
「柄は銀、玉は珊瑚。安すかないよ」
「はぁぁ」
言われて太平は、そのかんざしを取り上げて二、三度眺めたり透かしたりして、またぞろ大きなため息を吐いた。
「はぁぁぁ」
「気にいらない?」
「いや、間違いねぇ、上モンだ。こりゃ請け合うには十分な値だろうよ」
「じゃぁ!」
「はぁぁぁ、こんな餓鬼に身内殺し頼まれるたぁ世も末だね全く」
最初は、断るつもりだった。
しかし、自分が後ろ暗い仕事をしている男だと知っている人間の係累である以上、たとえ小さな餓鬼であろうと断ると厄介だ。という心持ちに、今はなっている。なぜなら、こんな餓鬼の前で正体を口走るようなバカは、早いうちに始末するに限るからだ。
となれば、この依頼、まさに渡りに船。
しかも、銭の方も、申し分ない。
この意匠、珊瑚の大きさ、安く見積もっても五両は超える上物だ。
「仕方ねぇ、じゃぁ、
「それはね、おっかぁじゃお祖母様は殺せないから」
「なにぃ?」
「だから、おっかぁを逃がしてあげたいんだよ」
そう切り出したひなの話は、またぞろ太平の口から長く重たいため息を履かせるに、十分な話だった。
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