子守 二

 ある暑い日の、昼下がり。


 畳にちょこなんと座ったその少女は、きっぱりとした口調でこう言った。


祖母ばば様を、殺してほしいんだ」

「はぁぁぁ、これはまた」


 ここは江戸。


 江戸っ子ならば口が裂けても東京府などとは言わない、そんなお江戸の玄関口。


 朱引きを外れて東海道をたどりはじめたその突端、やれ吉原の向こうを張ると息巻いてはいても、どことなく辺鄙な風情を感じてしまう岡場所。


 品川の宿。


 薩長による御一新以降は、西国から田舎者が大挙して押し寄せたこともあって、面倒な輩もうろつきはじめ、良くない意味でより一層賑やかな場所になっている。


「なぁ、嬢ちゃん、どうしてそんなことをこの俺に言いに来たんだい」

「祖母様の男が言ってた」

「なんて?」

「品川のまだらの太平に言えば、人の一人二人はこの世から消えますぜって」

「はぁぁぁ、なんとまぁ」


 そんな品川の宿で、今、このあたりの子どもとは思えないほどに身なりの良い少女をお客に迎えて、ため息ばかりを吐き続けている男。母親の腹から出る時に、ほんの少し怠けたせいで付いたという赤い斑点を月代の真ん中に貼り付けた、それでもひっきりなしに女の噂が耐えないほどに見目麗しい、三十絡みの男。


 少女の言う通り、その男、通り名を斑の太平という。


 そして、これまた少女の言う通りに、後ろ暗い仕事をしている男でもある。


 しかし、だ。


「どいつの帯先たれさきだ、そいつぁ、一体」


 その後ろ暗い仕事を知っている人間は、当たり前だが少ない。


 間違っても、体中に鞠の柄を背負った着物を着ているような、一見して十やそこらの娘っ子が知っているような、そんな仕事をしている人間ではないのだ。


「餓鬼になんてこと頼ませやがんだ」


 そして、年端もいかない餓鬼から身内殺しを頼まれて、ほいほいと請け負うような男でもないのである。


 が、しかし。


「お願いだよ、祖母様を殺しとくれよ」

「いや、しかしなぁ嬢ちゃんよ」

「ね、お願いだよ、腕っこきの始末屋、斑の親分さん」

「はぁぁぁ。ったく、その名で頼られた以上、聞かざるを得んよなぁ」


 そういう男でもあるのだ。




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