推理少女、犯人を推理する

「犯人はなぜ人形を落としたのか? それはね兄貴、アリバイ工作のために決まっているのよ」


「アリバイ工作? 容疑者全員にアリバイはなかったが?」


「はあ」妹は溜め息を吐いた。「現実世界において、探偵小説のトリックが百パー成功する保証はないのよ。犯人のアリバイ工作は途中で失敗したの。


 昨晩、ある場所──犯人の自宅かもしれないし、桜田さんの家かもしれない──で被害者は絞殺された。桜田さんの死体には、縦の索条痕が付いていたから、犯人は背の高い人物ね。この時点で、腰の曲がった三嶋は犯人じゃない」


「たしかに、あの老人は海老のようだった」


 あの腰では、絞殺しても縦の索条痕はつかない。 


「桜田さん殺害の翌日、つまり今朝だけど、犯人は普段通りを装って出勤した。ただし、車のトランクに死体を入れてね。


 大きな動きがあるのは十九時からよ。証言は嘘で、犯人は一階にいた。そうじゃないと、エレベータの往復回数が合わなくなる」


「お、おう?」


 エレベータの往復回数と犯人の初期位置の関係が、俺にはまだ分からない。とにかく兄のプライドを心の奥底から探し出し、分かった振りをして妹の推理を聞き続ける。


「ビルの近くには立体駐車場があった。刑事は犯人の隠れ場と考えていたみたいだけど、実際は違う。犯人は立体駐車場で、高所から車の屋根に桜田さんを落とした。そして車を運転し、ビルの入口に移動させた」


「そこは分かるぞ。死体を車の屋根に落として、そのまま死体の移動を行ったわけだ」


「衝撃を吸収して、血が飛び散らないようにする目的もあったと思う。血痕が残ると、死体の移動が分かっちゃうから。


 それから犯人は、ショーウィンドウのマネキンを持って屋上まで上がった。あらかじめ用意していたロープで、柵とマネキンを結びつける。ロープを引っ張れば結び目が解けて、マネキンが落ちる仕掛けね。


 後は、階段の監視カメラでアリバイを確保しつつ、ロープを引っ張って、マネキンを落とせばいい。ロープは巻き取れば簡単に回収できる」


「しかし、ビルの側面にロープが垂れていたら、目立つんじゃないか?」


「ロープを隠すための垂れ幕だよ。垂れ幕はビルの半分、二十階までしか隠せないから、十階にいた一ノ瀬は犯人じゃない。犯人は二川だね」


 妹は得意顔で胸を張った。


「七海ちゃん。問題はどうしてアリバイ工作が失敗したのか、ということだ。犯人は階段の監視カメラに映っていなかった」


「屋上は風が強かったでしょう? ロープの結び目が解けてしまったんだと思う。犯人にとっては大事故だね」


 十九時二十一分の光景を思い出す。あのとき俺が見た屋上に犯人はいなかったのだ。


「二川は死体の移動、屋上でマネキンを落とす仕掛けの設置を行い、二十階のオフィスに向かった。ここまででエレベータは四分の三往復したことになる。十九時二十一分、不運にも屋上のマネキンが落下してしまう。二川はロープを回収し、エレベータで一階に降りた。ここが四分の一往復、合わせて一往復だね。屋上から一階が八分だから、二十階から一階は四分くらいかな。


 彼は死体の上に落ちたマネキンを回収しようとした。でも、そこにはすでに兄貴がいた。二川はマネキンの回収を諦め、二十階に戻った。降りた階数が分からないように、エレベータを出る直前にRのボタンを押しておく。エレベータは屋上まで上がり、しばらくして自動で一階に降りた。これが二往復目よ」


 一階で松浦がエレベータのボタンを押したとき、ドアはすぐに開いた。エレベータは自動で一階に戻る設定なのだろう。


「一階ショーウインドウのマネキンを使った理由は、使用したマネキンを元の位置に戻すつもりだったからでしょうね。


 兄貴のおかげで、犯人はマネキンを元に戻せず、さらにビルから逃げることもできなかったの」

 


 妹は犯行の流れをルーズリーフにまとめる。


「時刻に関しては推測も多いけど、おおよそこんな感じかな」 



 十九時五分頃──二川、一階。立体駐車場で死体を車の屋根に落とし、車をビル前に移動させる。

 十九時八分頃──二川、一階エントランスホールに戻る。

 十九時十六分頃──ショーウインドウのマネキンを持ってエレベータで屋上へ。マネキンをロープで柵に固定し、垂れ幕に沿うようにロープを垂らす。

 十九時二十分頃──二川、二十階に戻る。

 十九時二十一分──マネキンが落下、不運な事故。

 十九時二十五分頃──二川、二十階でロープを回収。

 十九時半頃──二川、エレベータで一階へ(一往復目)。兄貴がビル前にいたため、マネキンの回収を諦め、エレベータで二十階に戻る。空になったエレベータを屋上へ送る。その後、エレベータは自動で一階へ(二往復目)。



「時系列にするとなんとか分かるな。死体の移動、マネキンの落下、マネキンの回収の三つを行うには、犯人は初期位置を一階でなければならない」


「そういうことだ。分かったら、カレー美味しいって言え!」


 人形はアリバイ工作のため落とされた──



 一週間後、松浦から電話が入った。


「先日、二川が自宅から逃走しました。現在はレンタカーで逃走中です。居場所に心当たりはありませんか?」


 やはり、彼が屋上から人形を落とした犯人だった。


「いえ、居場所については……本当にさっぱりですよ」


 通話を聞いていた七海がニヤリと笑う。


「ふふっ。私の推理、当たってたでしょう?」


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