推理少女による手がかりの整理
刑事に連絡先を教えて、俺は帰宅した。「ただいま」と言ったとき、妹の七海はリビングでスマホゲームをしていた。
「おかえり、兄貴。あまりに遅かったから、私が作ったのよ。その代りに来週はずっと、兄貴が夕食担当だから」
キッチンに向かうと、スパイシーなカレーの香りが鼻を刺激する。シンクでは皿が水に浸けられていた。妹は夕食を済ませたらしい。
鍋を温め直し、カレーを皿に盛り付ける。あいつ、じゃがいもと人参の皮を剥いてないな。
「大変だったんだ。殺人事件の第一発見者になったんだから」
「マジい?」
素っ頓狂な声と共に、妹の両手からスマホが落ちた。
彼女は高校で探偵小説研究部を立ち上げるほど、推理小説好きである。彼女は頑なに「推理小説」を「探偵小説」と呼称し、「ミステリー」と「ミステリ」の違いに拘る。極稀に「ミステリィ」を許してくれることもあるので、何が基準なのかよく分からない。そんな彼女にとって、兄貴が殺人事件の第一発見者というのは、垂涎の話題だろう。
「来週一週間、七海ちゃんが夕食担当してくれるなら、話してあげてもいい」
「仕方がないなあ、この推理少女七海ちゃんに任せなさい」
「それは、夕食を任せろという意味か? それとも素人探偵を任せろという意味なのか?」
「どっちもやってやるよ」
扱いやすいやつだな。俺は事件について、一部始終語った。
「まずは、事件の概要をまとめましょう」
七海はルーズリーフにボールペンを走らせた。
・時系列
昨晩──桜田さん、絞殺される?
十九時二十一分──兄、ビルの屋上から、人影の落下を目撃。
十九時二十五分──兄、少女のうなじに見蕩れる。
十九時三十分──兄、ビルの入口で死体を発見し、通報。
・容疑者
三十階──三嶋、清掃。
二十階──二川、電話。
十階──一ノ瀬、煙草。
全員、その階から動いていないと証言。
・エレベータ
事件発生時、一階から屋上まで二往復。
一階から屋上(四十階相当)まで八分かかる。
・死体
車の屋根に倒れており、その上にマネキンが被さっていた。
首に縦の索条痕があり、縊死している。
死後、高所から落とされた。
・その他
ビルには垂れ幕が下がっていた。
ビルの近くには立体駐車場がある。
「さりげなく、俺の性癖を書くな」
妹は俺の言葉を無視して続ける。
「だいぶ手がかりが集まってるね。これだけあれば、犯人が分かるはず」
「手がかりなんてあったかな?」
「アホ兄貴、最大の手がかりは、屋上から落とされた人形でしょうが」
そうだった。犯人はなぜ人形を落としたのか?
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