第11話コマンド魔法

「それってこっちから入ったらどうなるの?」

「正しい心の持ち主は普通に森に入ることになります。逆は即行で外に追い出されます」

なるほど。この森の中で生まれた人も心が正しく無いと帰れなくなるってことか。

となると、今のところ俺とシーターは正しい心の持ち主ということだろう。

「もしかして僕にあのお願いをしたのって」

「あ、それもありますけど………………」

なんだ?他になんかあったかな?

まあ状況からして人攫い達を倒したのは俺だったし強いからってことか。

待てよ………………何で人攫い達が森の中にいたんだ?

人攫い達が正しい心を持ってるなんて信じられないけど。

そう思い聞いてみる。

「多分外から来たんだと思います。それで彷徨っていたところで私を見つけたんだと思います」

わざわざ迷路神の加護があるって言う森に来るなんて馬鹿だな。


「そういえば、外にはどんな国があるの?」

「大国は2つあってローフェスト王国とリシディア帝国です。王国がこの国の西側で帝国が東側です。王国の方が比較的豊かですが帝国もそれに並んできていると聞きます。以前までは他国に侵略するために金銭を使っていたため豊かとは言えなかったのですが何者かに当時の皇帝が殺されその息子が皇帝になった途端急激に豊かになったそうです」

なるほど。

今の皇帝は有能で人格者の可能性が高そうだな。

「戦争とかは起こってないんだよね?」

「はい。今は起こってないと思います。ただここは辺境の村ですし、この国自体が森に覆われているため外の情報が入ってきにくいので最新の情報は分からないです」

そういえばこの子めっちゃしっかりしてるな。

敬語も使ってるし。

この歳でこんなにしっかりしてる子って中々いないんじゃないか?

「今さらかもしれないけどさ僕も敬語の方が良い?」

「急にどうしたんですか?」

「自然とタメ口で話してたけど良かったのかなって」

どうしても自分の方が年上という風に感じてしまって違和感なくタメ口で話していた。

「全然良いですよ。逆にその方がその……………彼氏っぽいですし……」

確かにそうかも……………

彼氏と言うのを少し恥ずかしがっている様子は年相応だと思った。

キュンとしてしまったのはここだけの秘密だ。

本当はシーターにもタメ口で話してもらいたいのだが、お願いするのは流石に図々しいだろうと思いやめておいた。


「他に何か訊きたいことはありませんか?」

「そうだな……………魔法について訊きたいな」

「わかりました、魔法ですね。火、水、風、光の4属性があってどの魔法もどれかには分類されます。魔法には魔力が必要で、体内の魔力を使って周囲の魔力を集めて一緒に使います。でも、体内の魔力が無くなると回復するまで魔法が使えなくなったり倦怠感を覚えたりするそうなので注意が必要です」

すっごく丁寧に説明してもらった。

初めは名前が思いつかなかったから記憶喪失という設定にしたけど色々なことを怪しまれることなく訊けるためとても便利になっている。

「シーターも使えるの?」

「皆、得意不得意はありますけど使えますよ。私は光と風が得意です。しっかりならったりはしてないので全然ですけど」

なるほど、皆使えるなら神様に使えるようにして貰った意味なくない?

まあ、良いか。

こんな可愛い子と生活出来るなんて幸せだし。

シーターと会えるという運を貰ったとでも思っておこう。


それにしても魔法は気になるな。

今度使ってみようかな………………失敗したら恐いから人が周りにいない時にしよう。


その他に訊きたいことはパッとは思いつかなかったのでこの世界の勉強は終わることになる。

もし困ったら遠慮無く訊いてくれと言われた。

初めに会った人がいい人で本当に良かった。


そうして、丁度昼頃になったため昼ご飯を作ることになった。

今日はシーターが作るらしく、手伝うと申し出たのだが座って待ってて良いと言われた。

しかし、俺はシーターの彼氏というので居候させてもらってる感じだ。

その彼氏というのも設定だから嘘をついて居候になっているのである。

手伝い位はしないと俺の良心が痛む。

同じような事をシーターに言うと微妙な顔をされたが手伝う許可がおりた。


俺も地球の頃は自炊を週2以上していたので腕前はそれなりにはあると思う。

才能は正直に言うと無かった。

初めの頃はサイトで見たものを作ると味は良いけど見た目がダメだったり見た目は良くても味が思っていたのと違ったりしていた。

そこから徐々に上達していき5年目になるとテレビに出て来たものを見よう見まねで作れるようになった。

と言ってもケルバイアスにいたときは自炊なんてしなかったからブランクがあるし、この世界の料理を知らないため足手まといにならないように気を付けるのだった。


僕がやったのは食材を切ったりする簡単なものだったので全然なんとかなった。

というより地球で見たことがある食材しかなく出来上がったのはカレーだった。

そういえばケルバイアスでも剣の修行をしているときは日本食が出て来ていた。

その後は携帯食料でずっと済ませていたのでもしかしたら食べ物関係は地球と同じだったのかもしれない。


確かカレーってウコンが含まれていて二日酔いにも良いと聞いたことがある気がするのでもしかするとそういう知識もあるのかもしれない。

記憶喪失という設定なのでボロが出ないように訊かなかった。


昼食は皆で食べることになった。

シーターが俺が手伝ったということを言ったもんだからイリーさんが、

「本当に良い子を拾ってきたわね。この人とは大違いだわ~。手放しちゃダメよ」

なんて言っちゃって気まずかった。

その後夫婦で言い争いになりかけていたけど何故か甘い雰囲気になり収まった。


こうして昼食が終わりゆっくりしていると、

「ハイウルフだ!ハイウルフが来たぞ!!」

と外から聞こえてきた。

何事かと思ったが誰も焦ったりしていない。

「またか………」

ガイズドさんが呟く。

「また?」

「ああ、これはイタズラだ。初めの頃は本当かもしれないと出ていたが本当だった事がない」

うわ~。ありがちなやつだ。

………これってこういうときに限って本当だったりするけど大丈夫かな。

「一応見てきます」

「それは良いが嘘だぞ」

「嘘なら良いんですよ。本当だった時危ないじゃないですか」

ハイウルフ、多分魔物だろう。

可能性は低いかもしれないが本当なら魔物の強さをはかれるだろう。

「本当だったら戻って………いや、お前なら大丈夫か」


外に出ると僕と同年代位の少年がさっきと同じ事を叫びまわっていた。

様子を見た感じ凄く必死で焦っているのが分かる。

これは本当にイタズラじゃないのかもしれない。

「どうしたの?」

声をかけてみると少年はこちらに走ってきた。

「ついてこい」

そう言うと俺の腕を引っ張ってくる。

連れて行かれたのは俺がこの村に入った時とは反対側の入り口。

無人の見張り台のようなものに上ると確かにハイウルフとおもわしき生物がいた。それも結構近くに。

「さ、さっきはあんなに距離があったのに………」

少年は顔が青ざめている。

この様子からイタズラの線はハッキリなくなった。

青ざめている少年をここに置いて俺はその生物の元へ向かう。


走っていくとすぐに見つかった。

見た目は完全に大きい狼。

そこで気付いた。

剣を持ってきていない事に。

シーターの家に置きっぱなしだった。

取りに帰ろうと振り向こうとしたときハイウルフがこちらを向いた。


目が合い下手に動けなくなってしまった。

俺は打開策を必死に考える。

膠着状態で出来ることはそれだけだった。


ケルバイアスで行ったのは剣の修行のみ。

剣無しの戦い方は分からない。

地球の頃はそういうことをしていなかったので論外。

………魔法しか無い。

ぶっつけ本番だがやるしかない。

ハイウルフを刺激しないようにゆっくり右手をハイウルフに向ける。

「ファイヤーボール」

言ってみたが反応がない。

「ファイヤー」

同じく反応がない。

ここでケルバイアスの神が言っていた事を思い出す。

イメージ通りの魔法。


僕はアニメよりもゲーム派だった。

そのため魔法もゲームの印象が強い。

つまり、コマンドだ。

と言ってもそんなのが視界にあればすぐに気付くだろう。

しかし、それ以外思い浮かばなかったので試してみることにする。

「コマンド」

出てこない。

だが、諦められなかった。

「コマンド表示」


この言葉を発した瞬間、視界に半透明のものが重なった。

上の方にコマンドLV. 1と書かれており、中央にメ○と俺がよくやっていたゲームの火の魔法が書かれていた。

「メ○!」

言ってみたが何も起こらない。

いや、ハイウルフがこちらに向かって走って来だした。

ヤバい。

そう思いつつ、次はタップしてみる事にする。

すると、

目標:ハイウルフ

と表示された。

それをタップ。


その瞬間中くらいの火の玉がハイウルフの顔に飛んでいった。

当たった瞬間一気に燃え上がった。

え?威力たっか!

すると耳に良く聞き慣れたレベルアップの音が聞こえた。

コマンド魔法にレベルがあったことを思いだしもう一度コマンドを開く。


コマンド魔法LV. 2          設定

・メ○

・ザ○


レベルが1上がり魔法が増えていた。

増えた魔法も同じゲームの外伝で出て来た水の魔法だ。

後なんか設定って欄が増えているしかし、それを試すのは後になりそうだ。


半透明のコマンドの外でハイウルフについた火が周りに燃え移ろうとしている事に気付く。

丁度覚えた水の魔法を使うべくタップする。


目標:ハイウルフ(死)


と表示される。

タップすると水の玉が飛んでいく。

あっという間に火が消えていく。

残ったのは丸焦げのハイウルフのみ。

そこで一安心し設定をタップしてみる。


設定

・魔法の名称

・常時表示設定     OFF


と出て来た。

魔法の名称はよく分からないが常時表示設定はコマンドをずっと表示しておくということだろう。

正直邪魔なので常時は辞めて欲しいのでOFFのままで良い。


よく分からない魔法の名称をタップしてみる。

するとかってにコマンドが消えた。

急いでコマンドを表示させると、


コマンドLV. 2            設定

・ファイヤー

・ウォーター


になっていた。

なるほど英語になった。

正直拘りはないのでこのままにする。

もう一回押して分からない言葉になっても困るし。


そんなことをしていると、遠くから声が聞こえた。

「大丈夫か!」

すぐにその声がガイズドさんのものだと分かった。

「大丈夫です!」

聞こえるように大きな声で返す。


少し待っていると姿が見えてきた。

どうやらガイズドさん1人で来たらしい。

ガイズドさんの視線が俺からハイウルフに変わる。

「お前、魔法を使えたのか?」

「はい。なんとか使えました」

「それは良かったが剣は何処だ?あの腕前だから剣が主体なんだろ?」

「あの………えっと………」

家に忘れたなんて恥ずかしくて言えない。

「ほいよ」

鞘に入った剣が投げられてこちらへ飛んでくる。

よく見ると俺の剣だった。

これはまさか訊く前から家に忘れてたのを知っていたのか。

ちょっと性格悪くない?

まあ、バレてるならしょうがない。

「家に忘れてました。取りに帰ろうとしたんですけど目が合っちゃって………」

「なるほどな。まあ、シーターが心配していたから早く帰るぞ。良くも悪くもそいつは丸焦げで使い道がないから持って帰らなくてもいい」

「分かりました」

シーターが心配していたと聞いて少し嬉しかった。

俺の評価が低くは無さそうだ。


帰り道。

「そういえば、見張り台のような所に僕と同じ位の年の子がいませんでしたか?」

「ああ、見ちゃいないが多分そいつが村長の息子のロイズだ。派手に叫びまわってたから今頃村長に捕まって怒られてるんじゃないか?」

「今回は本当でしたよ?」

「まあ、今までので信用されなかった結果だからな」

自業自得というわけか。


「それにしても魔法が使えたんだな?」

「全員使えると聞きましたよ。初めて使いましたけど」

「あのな、全員使えるつっても実戦レベルまで使える人は少ないんだよ。ていうか初めて使ったのか?」

「あ、はい。記憶喪失になる前は分からないですけど」

「そうか。でも絶対に死ぬなよ?シーターが悲しむからな」

あれ?ガイズドさんって結構親バカなのかな。

「死ぬ気なんてないですよ。今回のは事故みたいなものです」

「それでも死ぬのは許さん」

あ、完全に親バカでした。

「………分かりました」

こうとしか返せなかった。


話していると家に着いた。

ガイズドさんが前を歩いていたので先に入る。

俺も続けて入る。

その瞬間、

「お父さん、邪魔!」

ガイズドさんを横に押しのけながらシーターが飛び込んできた。

剣の修行で鍛えられた体幹でなんとかシーターの勢いを止める。

しかし、意図せずハグになってしまい俺は固まり動けなくなる。

ガイズドさんは邪魔と言われたのが少し効いてそうだったがそそくさと家の中へ入っていった。


「心配したんですよ?」

「ご、ごめん」


………これはどうするのが正解何だろうか。

嫌ではなく逆に嬉しかったりするがこのままでは家に入れない。

離れてもらうにしても嫌がっているとは思われたくない。

というかそろそろ心拍数が上がりすぎて心臓がおかしくなりそう。


「シーター?何やってんの?早くこっちに………あ、ごめんなさい」

長女のレイシーさんがシーターを呼びに来たがこの状態なので即退散してしまった。


「あ、すみません」

どうやらレイシーさんが声をかけてくれたおかげでシーターが正気に戻ったらしい。

「いや、良いよ」

何ならご褒美だった。

流石に本物の彼女じゃないので言えないけど。


その後、夕食までは気を使われ2人きりになったが、シーターは話し掛けると赤くなっちゃうし俺も話し上手ではないからずっと気まずい時間が流れていた。


夕食もシーターが準備するということだったのでまた、手伝うと申し出たのだが疲れているだろうからと断られた。

俺も気まずい中無理やり手伝うほどの度胸はないので素直に待つことにした。


夕食時。

出てきたのは野菜炒めだった。

地球では苦手だったためそれを顔に出さないように気を付けながら1口目を食べる。

そこで驚く。

とてもおいしく感じたのだ。

体が違うから味覚も変わっているのかもしれない。

とてもおいしかったからつい夢中で食べてしまった。


「レイ君とても美味しそうに食べるわね。

あ、そうだ。シーター、レイ君がこの家にいる間は毎食作りなさい。結婚する前に胃袋を掴んどきなさい」

「ちょっと、お母さん!」

「あのそういう話は本人がいないところで……………」

危うく丁度口に含んでいた水を吹き出すところだった。

「あら、ごめんなさい。でもさっきの様子なら掴みかけてるんじゃないかしら。頑張るのよ」

「う、うん」

1度は抗議していたシーターも押し切られた感じになった。

「まあ、毎食はしんどいかもしれないから朝食は私が作るわ。後は頑張りなさい」

俺だけのイメージかもしれないが朝食はあまり料理をしない気がする。

実際俺も朝はご飯にふりかけとか納豆をかけて済ませていた。

強いて言えば寒いときに気が向けば味噌汁がそれにプラスされる感じだ。

気が向けばというところが重要で気が向くタイミングは年に1度あるかないかという程度。

何なら年越しそばもカップ麺で済ませていたから本当に年に1度あるかないかの味噌汁しか作ったことがない。

まあ、人によって違うだろうからなんとも言えないが。


今日の朝食は二日酔いの2人の為におかゆだったが毎朝手の込んだ料理をするのだろうか。

それは大変だ。

俺も自分の弁当を自分で作ったことがあるので朝早く起きて料理をするのがどれ程キツいか知っている。

まあ、それに凝りてそこからは弁当を買うようにしたけれど。


翌朝。

朝食は卵かけご飯だった。

果たしてこれを料理をしたと判定出来るのだろうか。

俺は地球ではこんな感じだったから異論は無いが。


朝食後、ゆっくりしているとノックが聞こえてきた。

ガイズドさんが対応に向かうと話し声が聞こえ始める。

そしてそれは徐々に近づいてくる。

ガイズドさんは見知らぬ男と入ってきた。

その男と目が合う。

年齢はガイズドさんより少し上のように見える。

白髪交じりの黒髪が違和感よりも風格に思えるような人だ。

「レイ君だったね?今回の件はとても助かったよ」

名前を知られていた。

ガイズドさんとの模擬戦を見ていたのかもしれない。

「確かに僕がレイですけど何かしましたか?」

心当たりがない。

「そうか、俺を知らないのか。俺はこの村の村長をしているセレインだ。昨日の件、息子を信じハイウルフを倒してくれたこと、とても感謝している」

え?この人が村長さん? 

思っていたよりいい人そう。

俺は村長の息子、ロイズだったけ?その人がとにかくヤバいとしか聞いてなかったからてっきり村長もヤバいのだろうと思っていた。

「いえ、僕はフラグが立ってる気がしただけなので」

「フラグが何かは分からないが、この村を代表して、あの馬鹿息子の親として感謝する」

フラグの概念は無いのか。

使わないようにしよう。


一通りの挨拶が終わると立っていたガイズドさんと村長さんが席に着いた。

そこからガイズドさんと村長さんを主体に会話が始まる。

「しかし、ハイウルフを倒せるとは………ウルフ種とはいえ『ハイ』がつく魔物は強いのだがな」

強い………あれが?

一発で倒しちゃったけど……………

あの威力は異常なのかもしれない。

人前で使うのは出来るだけ避けよう。

「娘を安心して任せられるというものです」

そんなこと言わないで!

別れるのは多分時間の問題だから。

別れたくはないけど。


「そういえばロイズ君は大丈夫ですか?」

そう切り出したのはイリーさん。

「今回の事でようやく反省したようでね。いつもは嫌がる罰を素直にやっているよ」

罰の内容が気にならないわけではないがまだ村長さんとそこまで親しいわけではないので訊かなかった。

「では村長を継げるかもしれませんね」

敬語だが今のはガイズドさんだ。

何というか慣れない。

「この調子でいけばな。

話は変わるがレイ君は今後どうするつもりかな?」

「どうするつもり、とは?」

「何処に住むのか、どんな仕事をするのかといった感じだね」

………………考えて無かった。

というか近くにどんな街があるのかもどんな仕事があるのかも知らない。

どうしようか。

また記憶喪失の設定を使うか?

ただシーターとガイズドさんにしか話していない。

ガイズドさんはどうにかなったけど他の人達はどう反応するのか分からない。

それこそ即行でここを追い出されたら行くあてがない。

もしかして詰んだ?


「全く考えて無かったようだな」

助け船を出してくれたのは村長さんだった。

「はい、すみません」

計画なしっていうのは気楽で良いけれど何処かで痛い目をみる。

学生の頃の夏休みの宿題が良い例だ。

計画を立てていない人は大抵最後の数日間の徹夜が確定する。

偉そうに言っているが俺もその内の1人だった。

「謝ることではない。まだ若いからな。しかし、彼女がいるのならそこはしっかりしておきなさい」

「はい」

それにしてもどうしようか。

魔王討伐と言ってもまだいないみたいだし、その後もこの世界で生活出来るのなら住む場所と職は必要だ。

「困ったら俺に相談するように。この村の仕事と住む場所を紹介しよう」

村長さんめっちゃいい人じゃん。

「分かりました」

「じゃあ、話したいことは話したから帰ろうかな」

「助言ありがとうございました」

「素直に聞いてくれると話したかいがあるってもんだ。本当に困ったら来るんだぞ」

「はい」

最後に釘を刺してから村長さんは帰っていった。


今まで考えていなかった今後について。

地球では学校で考える機会が与えられていた。

ケルバイアスではしかれたレールの上を走っている感覚だった。

お金もその時その時必要に応じて魔物討伐をして稼いでいた。

それは魔王を討伐したらその後そこで住むことがないというのを知っていたからこそしたことだ。


しかし、ここでは魔王討伐の後もここで住むことが出来る。

もちろん無事に成し遂げられたらの話ではあるが。

だからこそ真剣に考えなければならない。


まずは仕事についてだろう。

と言ってもこの世界にどんな仕事があるのかも知らない。

………………


「レイ君、ちょっと来てください」

考えているとシーターから声をかけられた。

他の人達の視線が生温かいものになっていたが断る理由はないのでついて行く。


連れてこられたのはシーターの部屋。

女性の部屋に入るのはどうかとも思ったのだがほぼ強制的に入らされた。


「ど、どうしたの?」

同年代の女性の部屋に入った経験なんて無かったから凄く緊張している。

「皆にも記憶喪失の事を言いませんか?」

「え?」

「今後について考えていたんですよね?記憶喪失と言えば記憶が戻るまで待ってもらえますよ」

「でも、それだと………」

俺達が本当の彼氏彼女じゃないと言っているようなものである。

記憶が戻ったら何処かに行くのじゃないかと詮索もされかねない。

そしてそうなるとシーターが村長さんの息子と結婚するという話が再燃する可能性がある。

それを伝えると彼女は対処法があると言う。


「私達がイチャイチャすれば良いんです」

シ、シンプル………………

ただ、確かにやろうと思えば出来て効果も期待出来るかも………………

しかし、ロリコンって言われそうで恐い。

………待てよ。俺の今の体は10歳、シーターと同い年である。

端から見れば普通なのか?

………いや、変なことを考えるのは辞めよう。

誰が中身おっさんの奴と結婚したいと思うだろうか。

多分いないだろう。


今回はカップルのふりをするだけ。

それをすればどちらも得がある。

そう考える事にしよう。

「じゃあ、そうしようかな」

「はい」

シーターは満面の笑みだ。

それを見るだけで心拍数が上がるのを感じる。

ヤバい。気を抜くと後に退けないくらい好きになりそう。

これでイチャつくのか………………………

頑張れ!未来の俺。

現実逃避しているとシーターに早速話にいこうと言われた。


シーターの部屋を出るとシーターが腕を組んできてこちらに笑顔を向けてくる。

心臓が速く動きすぎて麻痺しそう。

ぎこちない笑顔を返して進みだす。


「大事な話とは何ですか?」

大事な話があると切り出すとイリーさんが訊いてきた。

ちなみにシーターと腕を組んだままだ。

だからこそなのかもしれない。

「まさか……」

「もしかして……」

「「結婚するの?」」

レイシーさんとイーリアちゃんが揃ってそう言ってきた。

そうではない事を伝え本題にはいる。

なおガイズドさんは今森に行っているようでいない。

何でも森を管理するのが仕事らしい。


話終えると聞いていた3人は口々に

「訳ありだろうとは思っていたけど記憶喪失くらいでとやかく言わないわよ」

「そうそう」

「結婚するのかと思ったのに」

うん、イーリアちゃんだけなんかずれてる。

だけどこの後行くあてが無くなるという最悪の事態を回避出来て良かった。

というかそろそろ腕を組むのを辞めてくれないかな。

自分の心臓の音が大音量で聞こえるくらいだ。

…………もう………限界…だ………………

そのまま意識が遠のいていった。




目を開けるとそこは地球の神がいる神界のような場所だった。

しかし、少し雰囲気が異なっている。

「悪いねぇ。お前さんが魔法を使ったみたいだから感想を聞きたくてね」

声のした方向を見てみるとケルバイアスの神がいた。

「初めは使い方が分かりませんでしたけど、ゲーム感覚で少し面白そうだと思いました。それで、これは?」

「ああ、説明してなかったね。あのジジイが住んでいる場所と同じようなところだよ。

まあ、あの魔法に不満がないなら良かったよ」

ジジイは多分地球の神の事だろう。

「本当にありがとうございます」

「良いんだよ。あ、いけない、いけない。…………あの子が心配してるから早く目を開けてやんな」

と今の様子を見せてくれるケルバイアスの神。

横たわっている俺の横でシーターが心配そうに座っている。

「これからも定期的にあの魔法の感想を訊きたいところだけどこれには凄く力がいるから話すのはまた当分先になるはずだよ。緊急事態が起きたら分からないけどそうは起こらないはずさ」

「はい」

「さあ、心配されているんだから早く戻ってやんな」

そう言われた後また意識が遠のく感覚に襲われた。

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