期末テストで負かされたい。①


 夏本番のうだるような暑さが連日生徒に襲い掛かる七月中旬。

 お昼休みに他クラスのオタク連中の尊敬の眼差しに囲まれながら、とうとうと先週の深夜アニメについての考察を語る智樹に近づき、理子は一枚の紙を渡した。

 いつもは何も言わなくとも、放課後に示し合わしたように合流するため、この二人の接触に周囲でざわめきの声が漏れた。するとすぐさまその中にいた明石裕也という男子生徒が会の解散を促した。

「あ、じゃぁ……青森くん、僕たちはこれで……あ、考察また聞かせてね」

「え、いいよいいよ! アタシ青森にはこれ渡すだけだし、まだ全然時間あ――」

 理子は智樹の話を恍惚とした表情で聞いていた明石裕也にそう言おうとしたが、

「いいです! いいです! じゃ、また」

 すごい勢いで遮られてしまい、制止する間もなく、蜘蛛の子を散らしたようにオタクの会は解散してしまった。裕也も智樹に一礼をした後、そそくさと自分の教室に戻っていく。

 気を使われたのか、はたまた恐れをなされたのかはわからない。理子は解散していくオタクたちの姿をしばらく見つめ、しばらく経ってから智樹に問いかけた。

「ごめん、邪魔したかな?」

 もう少し空気を読むべきだったかなと反省する。

 今でこそ智樹とは遠慮なく話ができるが、ああいった比較的おとなしい人種には何となく苦手とされているような自覚はあった。だが、それにしても先ほどの裕也の態度は露骨に避けられているような感じがしてさすがにショックだった。

 それに避けられる理由もわからない。理子自身は一緒に話をしたいし、智樹が楽しそうに話しているのを見て、いつも輪の中に入れたらよいなとも思っている。

 ただ関わり方がわからないだけなのだろうと自分の中で納得させる。智樹の友達たちに嫌われてるとは思いたくない。

「いや、全然。いつでも話せるし」

 そう智樹がフォローしてくれた。確かに人の気持ちなんて気にしても仕方ないかと思い、すぐに切り替える。

「で、これ」

 理子が話を戻し、紙を智樹に見せた。

「店舗予選を申し込んだお店リスト。メッセで送ろうと思ったんだけど、思いの外多くでさ。もう紙に書いちゃった」

「おお、ありがと」

 智樹は理子から紙を受け取る。紙には八月の日付と店舗名、時間が書かれていた。

「同じ日に申し込んどく」

「うん」

「勝負だな」

 智樹が淡々という。勝負という単語に理子が笑う。

「ま、どうせアタシの勝ちだけど」

 そう言いながら、二人の視線がぶつかりあった。すると、その視線を遮るかのように一つの声が突然飛んできた。

「りこちぃぃぃん!! 助けて!!」

 深夜アニメの萌えキャラのような声の主が理子目がけてダイブしてきた。そこまで長身ではない理子と比較してもだいぶ小柄に見えた。理子は声の主を受け止める。

「わわ! どうしたの咲良?」

 声の主は東方咲良だ。理子と智樹と同じ一年A組に所属。

 彼女も理子同様、世間一般ではギャルと呼ばれるような恰好をしており、ブリーチした金髪はさらさらと輝いており、軽く巻かれている。制服のスカートは短く、膝上になるよう折り返されている。爪には派手なネイルアートが施されており、その柄は月によって変わる。六月の梅雨の時期はカタツムリが描かれていた爪に、七月になった今はオレンジ色の〇にちょんちょんと波線を伸ばし、太陽を表現した絵が描かれている。その感性は本人にしかわからない。

 わざとらしく泣きまねをしているその顔はまるで捨てられた子犬のように庇護欲を掻き立てる。理子と並んでも肩程までしかないその身長もまた愛らしさを助長させていた。

 理子とは中学校も一緒であり、親友と言っても差し支えない関係だ。

「……期末テストの勉強全然わかんなくてさ……このままじゃ赤点だよー!! うわぁぁん! あ、この紙……補講の日程だ……もうマジでやだよう……」

 咲良は智樹が手に持っていた店舗予選の日程の紙を見ながらそう呟いた。

「え、咲良? 補講って?」

 耳に飛び込んできた不穏な響きの言葉について、理子は尋ねる。

「期末テストの点数がよくない生徒は夏休みにでてきて、補習授業するんだって……青森くんもそうなの?」

 そういえばそんなことを担任教師が言っていたような気もする。ここ最近のホームルームは智樹にどうやって負けるかを必死に考えていたため、あまり真剣に話を聞いていなかった。理子の脳内の夏休みのビジョンが音を立てて崩れ去っていく。

 ――これはピンチだ……! 店舗予選……花火大会……お祭り……プール……。

「だからりこちん! 勉強教えて!!」

 理子はこの三カ月を思い出していた。

 放課後や休みの日、カードゲームに夢中になりすぎて勉強をろくにしていなかったことを。そして理解した。この期末テストを乗り切らなければ店舗予選に出られないことを。

 そう。理子は決して勉強ができるタイプの生徒ではなかった。

 理子は智樹にアイコンタクトを送る。智樹がそれをしっかりと受け取った。その目からは自分も同じ立場だと言う気持ちが伝わってきた。

 ――スリーピースカードはひとまず我慢だ……。

 泣きつく咲良に理子は申し訳なさそうに告げる。

「ごめん、咲良……。三人寄れば文殊の知恵ってことで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る