ゲームセンターで負かされたい。④

「西村は店舗予選申し込んだ?」

「え?」


 ゲームセンターからの帰り道。不意に智樹から声をかけられ素っ頓狂な声がでた。


「ほら八月から始まるじゃん」

 予選というのはスリーピースカードゲームの全国大会の予選のことだ。

 まずは十六人規模の店舗大会があり、そこで三位以内に入賞した人間が、東京、大阪、名古屋、福岡、宮城、愛知で行われるエリア予選に出場でき、更にそこで三十二位以内に入った人間が全国大会に出場できる。その店舗予選の申し込みが既に公式アプリ上では始まっていた。実際に行われるのは期末テストが終わり、夏休みに入ってからだ。


「あ、忘れてた。申し込まなきゃ」

「あ、そうなんだ。また申し込む店舗わかったら教えて。俺もその日、申し込むから」

「え、いいけど……なんで?」


 店舗予選は同大会で三人まで入賞となるが、逆に言えば三人までしか入賞できない。勿論身内同士で当たればつぶし合うことになってしまう。そのため、理子と智樹が同じ日の同じ店舗に申し込むメリットはないように思えた。理子の質問に智樹は視線を逸らす。そして少し言いにくそうに答えた。


「……西村がいた方が楽しいし」

「え……」


 ずっと負け続けているのに勝負を続けるというのは果たして智樹にとって楽しいものなのだろうかと、不安を感じ続けていた理子にとって、その一言はたまらなく嬉しいものだった。


「あ、それに……公式大会で勝てば、これまでの負け全部なしにできるかなって」

「いや無理でしょ! あんた何回負けてると思ってんの⁉」

「全部非公式だし」


 智樹が食い気味で言う。

「それはそうだけど!」


 理子は思わず笑ってしまう。こうした負けず嫌いなところも、楽しいと思っていることをなかなか態度に出してくれないところも、全てがとにかく愛しく思えて仕方ない。


「わかったよ。申し込む店舗リストアップしたら教えるね」

「うん。ありがと」


 二人はそうして秋葉原駅へと到着した。

 理子は京浜東北線で、智樹は山手線のため、別のエスカレータに乗り込む。理子が先にエスカレータに乗ると、姿が見えなくなるまで智樹が手を振ってくれた。

 次の約束は特にしなかった。またすぐに会えるのだ。それは明日、また娯楽屋でかもしれないし、明後日の学校かもしれない。智樹もこの時間を楽しいと思ってくれている。それなら約束などせずとも自然とまた遊ぶ機会はすぐにやってくるだろう。

 理子はそう思いながら、軽やかな足取りで家路についた。



 

 秋葉原から帰宅した智樹は母親が用意してくれた食事を済ませ、自室に入った。


 今日の戦利品であるフィギュアを丁寧に箱から取り出し、部屋の隅にあるガラス棚に飾る。ガラス棚には他にも様々なアニメのフィギュアが飾られているが、その中でも今日貰ったフィギュアは一番目立つセンターポジションに立たせた。

 三カ月前、ひょんなことからクラスの人気者であるギャル、西村理子と仲良くなり、放課後や休みの日に行動をともにすることが多くなった。

 智樹は中学まではろくに三次元の女性と会話をしたことがなかった。なんならオタク趣味を理由に理不尽な迫害まで受けていた智樹にとってはこの状態はまるでライトノベルの主人公になったような気分だった。しかし、ライトノベルへの造詣が深いが故に、ここで勘違いするわけにもいかないとも頑なに思っている。虚構と現実を交錯させてはいけない。それはオタクとしての智樹の意地だった。――しかし……

 ――今日も可愛かった……。

 理子は社交的で共通の趣味もあるため、女性への耐性がない智樹でも一緒にいて楽しい相手だった。しかしあまりの容姿の良さ、滲み出る性格の良さ、陽キャのオーラにより、未だ接し方の最適解がわからず、いつも無関心、無反応を装ってしまう。

 それに「自分が勝ったら交際をする」という内容の賭けも智樹の心臓には毒だった。

 あれのせいでいつも緊張でまともなプレイができず、理子への連敗記録は留まることを知らない。

 智樹は女性関係に対しての自信が一切ない。よって理子が自分のことを本当に好きなんて展開はありえないと考えている。面白いから。賭けを提案したのは本当にそれだけの理由だろうと。

 正直、理子はもっと自分を大切にした方がいいとさえ思う。「カードゲームで負けたら付き合う」だなんて、そんな自分を売るような賭けはするべきではないと、初めて賭けを持ち出された時から、言おうと何度も思った。しかし、理子のような人間が自分に興味を持ってくれているこの状況は智樹にとっては奇跡のようなものだ。もしそんなことを言ってしまい、理子との関係が解消されてしまうのも嫌だった。

 理子のスリーピースカードゲームへの愛は本物だ。それはこの三カ月間で痛いほど伝わっている。いくら緊張しているとは言え、そもそも実力が伴っていない相手にこれほど連敗をしたりはしない。確かな実力の持ち主だし、彼女は本当にスリーピースカードゲームが好きなのだ。 

 そのため、もしあの賭けがなくなったとしても放課後の対戦時間や休みに合う頻度は減らないだろうことはわかっている。

 だが、怖いのだ。

 今、この距離感でいられるのもあの賭けのおかげだ。もしもそれで飽きたとなれば、自分のようなオタクは一切男性として見向きもされなくなるだろう。

 ――性格悪いのかな、俺って。

 理子のことを考えれば、言うべきだと考えている。しかし、現状の居心地の良さに甘えてしまい、言えずにいた。きっと世の中のライトノベルの主人公ならヒロインのことを一番に考えて言うのだろう。そして最終的にハッピーエンドを迎える。そう出来ている。だけど現実は無情であることを智樹は知っている。今の夢のような時間は一瞬で消え去ってしまうことは現実では往々にしてあるのだ。

 それに理子は男性にモテる。

 先日も呼び出されたとかで、放課後遅れてきたし、連絡先を教えてくれと教室に押し寄せてくる男子生徒の名を上げれば、枚挙に暇がなかった。

 仲良しに見られているのだろうか、他の人間にどう見られているのかは知らないが、一見そういうのに縁がない智樹にすら、仲を取り持ってくれと名前も知らないイケメン生徒が頼みにくることもあった。勿論、そんなハードルの高いことが自分に務まるわけがないため、丁重にお断りしたが。

 それにそういう話があるということは、周囲から見ても付き合っているようには見えないというわけだ。

 そんな理子が自分に好意を寄せてるわけはない。だから理子の真意は全くわからない。しかし、確認する度胸もない。

 ――ま、少なくとも嫌われているわけではないし、いっか……。人の気持ちなんて考えても仕方ないしな。

 そう思いながら智樹は布団にくるまった。一回ぐらい理子に勝てれば、わかるのだろうか。

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