ゲームセンターで負かされたい。③
フィギュアをゲットし、満足気な智樹を引き連れ、当初の目的の三階へと理子は向かった。
三階に上がった瞬間、一階と二階のプライズを目当てとした客層とは明らかに違う雰囲気を感じた。
手袋をして、目にもとまらぬスピードで音楽ゲームのボタンをタッチする高校生や、チームを組んで戦う大人気ロボットアニメをモチーフにしたアクションゲームに興じ、大声で盛り上がる大学生、麻雀ゲームを冷静な顔つきでプレイする大人の男性など色々な人種がいた。
ゲームセンターのこうした雰囲気のフロアに入ったことのない理子は少し気圧されてしまうが、目的は忘れてはいない。
「青森はよくこういうとこ来るの?」
「あぁー、たまに来るかな。で、勝負だっけ? 俺が決めていいの?」
「うん! ちなみに勿論賭けの対象だからね!」
「はいはい」
さすがに対戦競技を智樹が決めれば負けることはないだろうと理子は目論んでいた。
ただ、もしこの勝負がきっかけで、交際に発展できるのであればもう少し雰囲気のいいところが良かったなとも思う。
迷うことなく、歩みを進める智樹に理子は後ろからてくてくとついていく。常連の顔つきの智樹はこの魔境において頼もしく見えた。奥に進めば進むほど、どんどん照明が暗くなっていくように感じ、理子はまるで本当のダンジョンに迷い込んだような気持ちになる。
智樹がフロアの奥で立ち止まった。そこには四つの筐体が横並びについており、「クイズマジカル学園」と大きなポップが立っていた。
「クイズゲーム?」
「うん、よくやるんだ」
「へぇー、そうなんだ」
筐体の横にB5サイズのラミネートポップがぶら下がっている。ゲーム内容の簡単な説明が書かれていた。
「へぇ、出題のジャンル選べるんだ。青森、アニメめちゃくちゃ詳しいからめっちゃ強そう」
「まぁ好きなだけだよ。……ってどうしたの?」
「え! いや、なんでもないよ!!」
思わず破顔してしまっていた顔を智樹に見られ、咄嗟にごまかす。
交際のチャンスを肌で感じてしまい、にやけずにはいられなかった。
智樹のアニメ、漫画、ゲームの知識は一介の高校生のレベルを優に超え、アニメ専門誌のライターのような深みがあると同学年の男子が話しているのを耳に挟んだことがある。それゆえに、口数が少ないのにも関わらず、智樹を神とあがめるオタクたちが多いということも聞いていた。対して理子はそう言った知識はほぼ皆無である。漫画はスリーピースしか持っていない。そのスリーピースも大好きなのは間違いないのだが、詳しいかと言われると、全巻漫画持ってて好きなキャラがいますレベルであり、何話のどの回のどのコマなんて話をされた日には頭が真っ白になってしまう。
苦節三カ月、負かされたいと思いながら、一度も負けることができなかった日々に終止符が打たれると思うと少し感慨深いものもある。放課後のあの時間が変化してしまうのも寂しい。しかし、智樹と更に深い仲になりたいのも事実だ。
智樹はあまり目立たないが、かなり優しいし、人格者なため、他の女子がさらっと横から奪っていかないとも限らない。
「ちなみに一回勝負だからね!」
「わかったよ」
二人が筐体に百円を入れると、タイトル画面が表示された後、キャラクター選択画面に移行した。十何体いるキャラクターの中から、理子は迷った末に、自分と何となく似ているという理由で金髪ギャルのキャラクターを選択した。
智樹のキャラクターを見ると、自分の選択画面にはいないキャラクターだった。黒髪のメイド服を着たキャラクターがごてごての重火器を装備している。
「え、何それ? そんなのアタシいないよ」
「これ、課金アバター。初期にはいないよ」
そう智樹は淡々と言い放つ。
「うわ! ガチじゃん!」
モード選択画面で二人は店内対戦を選んだ。そしてマッチング画面に移行すると、理子の選んだギャルと智樹の選んだメイドの間にVSの文字が現れた。
その後、ジャンルを選ぶ画面になった。種類はかなり多岐にわたっており、智樹の得意とするアニメ、漫画、ゲームなどの問題から流行のドラマ、はたまた自治問題や法律に関する問題まであった。
――青森はきっとアニメを選ぶ……。じゃぁ一番苦手そうな問題は……?
理子は智樹に負かされたい。しかし、決してただ負けたいわけではないのだ。真剣勝負に手心はどんなときでも不要だと心得ている。そのため、問題選択でも自分が一番得意としており、智樹が一番不得意そうなものを選ぶ必要がある。
――政治問題はアタシもわかんないし、ドラマはわかるっちゃわかるけど微妙だな……スポーツも全然わかんない……あんま見ないしな……お、これとかどうだろ?
理子は選択肢の中から「ライフスタイル」というジャンルに目をつけた。これならばきっと有利は取れずとも、決して不利にはならないだろうという算段だ。
理子は「ライフスタイル」の選択肢を選んだ。するとなぜか生年月日と性別を入力する画面に移行した。
――え、なんで誕生日とか性別とか入力するんだろ? アンケート的なやつかな?
こういったゲームは成績を記録するためにⅠCカードなどの記録媒体を用いることがある。しかし、理子は智樹と違い、ⅠCカードを持っていない。よって今回のプレイもゲストアバタ―を借りているだけであり、対戦記録も残らない。そのため、こうした誕生日を入力することに少し疑問を持ったが、従わないと次に進まなさそうだったため、深く考えず入力した。すると理子の筐体が突如光り出した。
「え? ええ? これって何?」
突然光り出す筐体を前にし、困惑しながら理子が智樹に助けを求めると、自分以上に困惑している智樹がそこにいた。
「……俺、まだ一回もそのモードみてないのに……」
「え? 何それ⁉」
心なしか悔しそうな表情の智樹から筐体に視線を戻すと、画面には下剋上モードと表示されていた。データの数字上の経験値の差が大きく開いたプレイヤー同士だと極まれに起こるモードでこれに勝つと経験値が千倍、そして問題選択は全て初心者が選んだものが反映されるという特殊モードだ。何百回と智樹がプレイしてきた中で、一度も出会ったことのないモードに理子は一回目のプレイで巡り合ってしまった。そして問題選択は全て理子が選んだものが反映される。そして先ほど聞かれた生年月日の意味も一問目ですぐにわかった。
「第一問 プルいとはどういう意味?」
「第二問 女子高生に流行のブランドは下記のうちどれ? (四択)」
「第三問 通知二分以内のみ投稿できるアプリの名前は? (文字並び替え)」
――なるほど……そういうことか……。
下剋上モードにより、すべてが理子にとって有利な問題が出題されてしまうようになってしまった。たまに出題される女子高生にも人気のアニメは智樹も回答できたが、それ以外の問題になると完全に手が止まってしまっている。
結果は言うまでもなく、理子の圧勝だった。まるで智樹のキャラクターの命を吸い取ったかのように、経験値らしき数字が目まぐるしく増えていく。選んでいた金髪のキャラクターが大喜びで賞賛している様も今は全く可愛く思えない。
智樹の動きが止まった。まるで死んだように動かない智樹に理子は恐る恐る声をかける。我ながら理不尽なゲームだったと思うため、可能ならもう一度対戦をしたいところだった。
「あ……青森……」
「一回勝負だもんな」
その提案は即座に智樹にかき消された。
「え、あ、でも!」
「勝負は勝負だ……何が飲みたい?」
有無を言わさない意外な男らしさに「コーラで」と告げる。
――何でこうなるのかなぁぁぁ!!
理子は心の中で嘆きつつも、記念にと思い、今回の対戦データをスマホのⅠC機能で記録した。
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