ゲームセンターで負かされたい。②
土曜日のゲームセンターはカップルで賑わっていた。
一階と二階は女子に人気のキャラクターのぬいぐるみや流行のアニメのフィギュアのクレーンゲームが所狭しと置かれている。
勝負事に利用できそうなアーケードゲームは三階より上層にあるため、理子と智樹は上がるための階段を探していた。
「あ!!」
急に智樹が大きな声を出した。
その声はゲームセンターの喧騒にかき消されることなく、理子に届いた。
何事かと思って後ろを歩いていた智樹の方を振り返ると、あるクレーンゲームの前で固まっている。その視線はガラスの中にあるプライズ景品に釘付けだ。
「まきなの新作フィギュア出てるじゃん……」
それは最近の智樹の推しアニメである「彼岸花クライシス」の登場人物である「山田まきな」のフィギュアだった。
メインストーリーはかなりシリアスでありながら、登場人物のほのぼのした性格がそうを感じさせすぎない今期の覇権アニメである。
智樹の推しキャラのまきなは主人公の相棒ポジションで黒髪清楚、それでいて天然、しかし一度戦闘モードになると普段からは想像できない冷酷さを発揮するキャラクターだ。
そのギャップに心を奪われたアニメ好きは老若男女問わず多く、智樹もその一人であった。劇中では基本的に制服を着ているが、目の前のフィギュアはメイド服だ。劇中では主人公が無理やりまきなにメイド服を着せようとして、それを拒否するシーンがある。その主人公の一瞬の妄想をフィギュア化したというなんとも製作者の性癖が出ていそうなフィギュアだった。そのためか他のプライズフィギュアと比較しても出来がよいように思われた、
「うっわ……めっちゃ造形いいじゃん……」
そう小声で智樹がつぶやいた。
理子はこのアニメを知らないため、なんだか黒髪の可愛いメイドさんのフィギュアという印象しか受けない。
「ごめん、西村! ちょっと時間もらう」
「え? あ、全然いいよ」
そういって智樹は財布の中を見て、現存戦力を確認する。そして理子に宣言した。
「五までで諦める」
「五?」
指を五本立てながら、そう智樹は宣言した。
――五百円でとれなかったら諦めるってことか。
そう理子は捉えた。
五百円玉を智樹が筐体に入れると、クレーンゲームの残回数が三と出た。一回二百円だが、五百円を入れると百円分サービスしてくれるようだ。
――ふぅん……こういうのが好きなんだ。
メイドの恰好をしていた女の人は先ほど道中に山ほどいたが、智樹は一切目もくれなかった。だから特段メイド服を好んでいるというわけではないと思うが、目の前の智樹の熱量は凄まじいものがある。何がそこまで好きなのだろうと理子は考えていた。
そうこうしているうちに智樹の三度目のプレイが始まった。一、二回目は中央線上を狙っていたが、明らかにアームのパワー不足であることを認識したため、少しずつ角を狙い、段々と位置をずらしていく作戦に変更していた。
「あー、惜しい!」
フィギュアの入った箱はアームに捕まれ、宙に浮かんだと思ったらすぐに元の場所付近に落下してしまった。
一瞬いけるかもと思わせておいて、すぐにへたってしまうアームに理子はいらだつ。
「惜しかったね……って、えぇ!」
既に智樹は新しく小銭を投入していた。再び筐体に三という文字が灯る。そこで気づいた。
「五って五千円ってこと⁉」
智樹の情熱を甘く見ていた。
しかし、みるみるうちに減っていく智樹のお金とは裏腹にフィギュアはあまり元の位置から移動していない。このままでは五千円をかけても難しいだろう。ぶつぶつと位置計算をしている風な智樹に理子は声をかけた。
「このキャラそんなに好きなの?」
「うん、めっちゃ好き」
智樹はフィギュアから目を離すことなく、すさまじいスピードで返事をした。どこをどう好きとは語らなかったが、その反応速度から愛が伝わってきた。
――いや、別に私に好きって言ったわけじゃないから!
それはわかっているが、単純に智樹が発した「好き」という言葉に反応して照れてしまう自分の心が憎くなる。
あっという間に最後の挑戦のときがきた。財布の中にお金がないわけではないようだが、しかし、最初に決めた○○円というルールを破ることはできないようで、智樹の気合が先ほどより一層増したのがひしひしと伝わってきた。背水の陣だ。
いつの間にかレバーを持つ智樹の手が震えている。
「がんばれ! 青森!」
その熱意を受け、理子は応援の言葉を飛ばした。
智樹が操作したアームはしっかりと箱の角を持ち上げた。そしてそのまま景品ゲットの場所へと落としてくれるかと思いきや、無情にも箱はアームから滑り落ち、元あった場所へと着地をした。
「あー……」
「……」
明らかな落胆を見せる智樹に理子はなんと声をかければよいか迷った。
箱は景品ゲットの穴へ落下するぎりぎりのところまできている。あと少しお金をかければ取れそうな気もする。しかし智樹は自分の決めたルールを破ることはできない。
力なくうなだれる智樹に理子は気まずそうに声をかける。
「じゃ、アタシも一回やろかな」
「やめときなよ……気持ちは嬉しいけど、無理だよ。このクレーンゲームは所詮経営者の貯金箱だよ……俺は搾取される側です……そう家畜以下です」
智樹の自己肯定感が地の底まで落ちている。自分が五千円もかけて無理だったのだ。一回の挑戦でとれるわけがないと思っているのだろう。
理子は智樹の制止を振り払い、百円玉を二枚入れた。筐体に一の文字が表示される。
「無駄だよ……西村まで犠牲になってしまう……」
まるで呪いの言葉のように智樹が呟いてくる。
「わかんないじゃん! あ、あれ?」
理子の操作したアームは的確に箱の角を捉え、箱全体を持ち上げた。するとこれ以上ないぐらいスムーズな動きで、景品は取り出し口へと落下していった。
「……へへ……とれちゃった……」
「……そうです私がゴミムシです……」
理子が一回のプレイで取ったことにより、智樹の自己肯定感は更なる低みへと移動する。
「なんで! ちょっと、人間に戻って! これ、あげるから!」
「え、いいの?」
理子の発言に智樹の目が子どものように輝く。
「いいも何も……これでアタシがもらったら鬼畜すぎでしょ。やってることハイエナじゃん」
「えええ……まじか。ありがと……えへへ……やったぁ。可愛い……」
智樹は理子からフィギュアの箱を受け取ると目の前に掲げしばらく見つめ、にやと笑った。傍から見ればオタクの気持ち悪い絵面のはずだが――
――いや、可愛すぎか!!
理子にとってはフィギュアを見つめる智樹の姿が新しいおもちゃを買ってもらって喜んでいる子どものように愛らしく思えた。
そして同時に、それだけの熱量が自分に向いていないことをほんの少しだけだが寂しく感じた。別に決してアニメキャラに勝とうなんて、だいそれたことを思っているわけではない。アニメはアニメ。現実は現実。そもそも勝負するのが間違っているし、その線引きは智樹もしているはず……と理子は思っている。
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