私の好きな先輩

堕なの。

第一話

 初めて同性に惹かれたのは、中学三年生の頃だった。一個下の後輩。誰から見ても良い子で、笑顔で先輩と呼んで付いてきてくれる。彼女は、誰にでもそうだったけれど、あまり後輩とは関わらない私には眩しく見えた。だから、自分の胸の内の劣情が疎ましいと思ったし、そもそも同性を好きになるだなんて認めることが怖かった。

 怖いと言っても、親に理解がないとかそういうわけではない。言えばすぐに受け入れてくれると思う。怖いのは世間体の方だった。大切な女友達を失うかもしれない。遠巻きにされてしまうかもしれない。私の学校にいじめはなかったけれど、無視はされてしまうかもしれない。様々な根拠のない憶測が頭の中を駆け巡って、私はこの思いを押し込めることにした。幸い受験生だったから、勉強に打ち込めば考えずにいられた。それに、私は元々男を好きになることが当たり前だったし、男を好きになったときほど燃えるものは彼女には感じ得なかった。ただ、淡々と好きだった。だから、そこまで辛いとは感じなかった。

 結果、何も起こらず中学校を卒業することが出来た。創作物では度々バレるシーンがあるが、現実はそんなに都合よくない。私は彼女の連絡先を消して、高校に進学した。そこそこの高校で、彼女に会う予定は今のところ全く無い。万が一彼女がこの高校に進学してきても良いように、無理やり気になる男を作ったりもした。優しくて、明るくて、お調子者で、少し馬鹿な先輩。昔から、私の好きなタイプの男。彼女とは真逆だった。彼女はお淑やかで、聡明な後輩。私は男の趣味と女の趣味がまるきり真逆のようだった。

 先輩を目で追いかけて、友だちと恋バナをする。そんな平穏に溶かされた日々を送っていた。その生活に石を投げ込んだのは、またしても同性への恋心だった。

 今度は先輩。優しくて厳しくて、後輩の面倒をしっかり見てくれる人。彼女も、私だけ構っているわけではなかった。なのに二度目。気づけば無理やり作った好きな人なんて忘れていた。

 接点は多くない。ときどき体育の時間に窓の外を見ればいたり、廊下をすれ違ったり。接点とも呼べないほどの日々の積み重ねが私の恋心を増進させていた。諦めなければ、とバレなければ。相反する二つの気持ちがせめぎ合って、私は決められないでいた。

 そんなある日のことだった。先輩の友だちに、もしかしてと勘付かれてしまった。あれは私の返答が悪かった。本当は適当にはぐらかせれば良かったのだ。しかし、私はテンパってしまった。気づかれた、隠さなきゃ、どうやって、


それとも、諦める?


 先輩の友だちは迷惑だと言った。当たり前だ。先輩たちは高校三年生。高校受験とは比にならないくらいの受験戦争に身を投じているのだから。それでも、諦めたくないと思った。ただの私自身のエゴだ。先輩のことを思うなら今すぐにでも諦めるべきだという答えが出る。

 ごめんなさい、と気づけば口から勝手に溢れていた。それに先輩の友だちは嫌な顔をした。そして絶対にやめろと言わんばかりの圧をかけてきてようやく分かった。この人は、私と同じ人を好いているのだと言うことに。こんな修羅場、経験したことがなかったしどうすれば良いのか分からなかった。私たちの間に気まずい沈黙が落ちる。

「負けません」

 諦めなければ、世間体が、相手に悪いし、先輩にとっても迷惑だし、嫌なやつだと思われるし、なんでこんなことを。


 ああ、でも好きだ。


 頭はスッキリとしていた。そのいきなりの落差が妙に気持ち悪くて癖にもなった。ただ好きだと、私の心が吠えていた。

「ほんっと後輩は生意気ね。あの子は誰のものにもならない。私がとして守るから」

 それでももう逃げない。そう思った。

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私の好きな先輩 堕なの。 @danano

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