第3話 変わり始める日常

「薬師寺先輩……。おはようございます」


「なんだか久しぶりですね。去年はあんなに一緒にいたのに。最近、あまり貴方を校舎でお見かけしませんね。いつも探していたのですよ」


 容姿端麗、頭脳明晰、才色兼備、この世のありとあらゆる賛美の四字熟語は彼女の為にあるのでは無いかと囁かれるの程の人が今、目の前にいる。


 去年は俺も生徒会の一員として活動していたので、顔見知りではある……けど。


「どうして貴方はここにいるのですか?どこか具合でも?」


「いえ、俺は今保健室登校していて……」 


 なかなか保健室登校をカミングアウトするのは勇気がいる。後ろめたいことでは無いと言われるけど、当事者からしたら罪悪感しかない。


 先輩の顔が驚きに満ちる。珍しい表情だけどそれよりも……


「先輩、顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」


「え!? あぁ、大したことじゃないのですよ」


 慌てて隠そうとしているけど、バレバレだ。少しふらついている。


「お休みの邪魔だったのならすみません。俺、隣の部屋行きますから休んでください」 


「いえ! 必要ありません。では、私は戻りますね。ごきげんよう!」


 薬師寺先輩は駆け出して保健室から出ていってしまった。本当に大丈夫なのかな……。いつも完璧な彼女が助けてと言える人って、この世にいるのだろうか……。


 ガラリ


 扉が開いた音が聞こえた。薬師寺先輩との入れ違いで入ってきたのは


「おはよう! 今日も来れたのねぇ」


 俺の天使、博井清良先生だった。


「清良先生、おはようございます。聞いてくださいよ。俺は今日は厄日です」


「なになになにがあったの? 聞かせてちょうだい?」


 千歩さんは痴漢の件をあんまり多くの人に広めて欲しくないだろうな……。俺が痴漢受けたことも同時に喋らなきゃいけなくなるし、これについては墓まで持っていこう。


「学園の三大美女と会話しちゃったんですよ……。俺がこの世で一番避けている人達と」


「朝だけで3人と会えたの? 僥倖じゃない。この学園でこれを不運だと受け取るのはあなただけよっ」


 清良先生はガタガタと今日の支度をしながら会話を続けてくれる。


 銀色の長い髪を団子状にまとめ、スマホを取り出して何やら操作をして


『ドー!  どんな時もー!』


『ミー、みんなのためにー』


『ソー!  それがこのー!』


『ラー、ラジオ番組ー』


『ドミソラジオ、はっじまるよー!』


「はぁ……ソラ様……この声が良いのよねぇ」


 流れ出したのは清良先生が好きなラジオ番組だった。夜放送だけど、わざわざ録画して朝にも聴いているらしい。


「本当に好きですよね。それ」


「私の推しだもーん。昨日の夜は聞けなかったのよね。私の投稿が読まれますように……!」


 先生は月神奏空のハスキーボイスに包まれながら、上機嫌で朝の作業を始めた。


「ほら、神木くん? あなたも勉強を始めなさーいっ」


「はーい」


 俺は保健室の隣の相談室で、先生から出された課題をこなすことで、まだ単位を落とさずにいる。この学校から追い出されないためにも、今日も張り切ってやりますかぁ。







 俺は4ヶ月前に、牡丹のことを勝手に好きな奴らからいじめられた。調子に乗ってるとか、そんなくだらない理由で。


 そこから学校が怖くなって、休みがちになった俺を保健室に迎え入れてくれたのが清良先生だった。優しいのに加えて、美しい容姿を持つ彼女にファンは多い。俺もその一人だった。


 でも彼女を好きになってもいじめてくるやつは保健室にはいない。独り占め状態だった。


「かーみきくんっ。終わったかな?」


 清良先生が相談室に入ってきた。


「今日の分終わりましたよ。どうかしましたか?」


「いや、私今から江ノ島先生のところに用事あるから、保健室留守にするのよ。お留守番できる?あっ、微鉄先生の方ね」


「お留守番って……できますよ。子供じゃないんだから。昼休みだし、アイツらも来るし」


「ふふっ、じゃあ行ってくるわね」


 お団子髪を解いて、去っていった。うちの学校には江ノ島先生が二人いたっけ。微鉄先生は俺の担任の先生だったな。俺に関することだろうか。


 次の瞬間、扉が勢いよく開いて


「来たぞおおおおお!!!」


 雄叫びを上げながら弁当箱を引っさげた数人が入ってきた。


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