第38話 結婚式

 教会の中は厳かな静けさに包まれ、ステンドグラスから差し込む柔らかな光が幻想的な雰囲気を醸し出している。

 グレーのモーニングコートに身を包んだ礼司は少し緊張した面持ちで祭壇の前に立ち、背筋を伸ばしながらも時折深呼吸を繰り返している。

 彼の視線は扉に向けられ、新婦が入場する瞬間を待ちわびている。


 遥斗たちも扉の方を向き、新婦の美和さんが登場するのを今や遅しと待ち構えていた。


 荘厳なパイプオルガンの音色が教会内に響き渡る中、扉が静かに開かれ、純白のドレスに包まれた新婦の美和さんが姿を現した。

 美和さんの隣には、父親役代わりの黒のワンピースを着た玲奈が付き添っている。


 二人は一歩一歩ゆっくりと礼司の元へと歩を進めいく。その様子を遥斗たちは息をのんで見守った。


 美和さんの手が玲奈から離れ礼司へとつながり、牧師の元へと二人で祭壇の階段をのぼりはじめた。


 牧師による愛の誓いの後につづいて指輪交換を行い、礼司が美和さんのベールをあげて、そっと白く綺麗な頬に誓いのキスをした。


 2か月ほど前のある晩、玲奈がみんなをリビングに呼んで真剣な表情で話し始めた。


「お母さんたちに、結婚式プレゼントしない?ほら、もうすぐ結婚して1年になるけど、二人とも『いまさら、結婚式なんて』って言って式しなかったけど、やっぱり結婚式挙げた方が良いと思うんだよね。お金は私が払うから、みんなは式場の予約とか手伝って」

「素敵!ドラマのおかげで本の重版決まったし、わたしもお金出すよ」

「うん、アタシもできることは協力する」


 思わず椅子から立ち上がった葉月と若菜が一も二もなく賛同した。


 お金を出さない若菜と遥斗が中心となって、式場を選んだり、ドレスがレンタルできるお店を探したりと、この日のために準備を進めてきた。


 ある程度準備ができたところで、両親に「結婚式をプレゼントしたい」と玲奈から切り出してもらった。

 抵抗するかと思われたが、二人は意外にあっさりと子供たちからのプレゼントを受け取ってくれた。


 そんなこんなと、いろいろと苦労を乗り越えたどり着いた結婚式を、遥斗は感慨深く二人を見つめていた。


 結婚式と言っても参列者は遥斗たち4人だけだ。

 なので、服装もブラックフォーマルではなく、彩を添えるためにカラフルなドレスを身にまとっている。


 パイプオルガンの演奏が響く中、二人がゆっくりと退場していく。緊張して表情のかたい礼司とは対照的に、美和さんが弾けんばかりの笑顔を振りまいている。

 隣に立っている葉月がそっとつぶやく。


「お母さん、嬉しそうだね」

「うん、ドレスもきれい」

「遥斗もドレス着たくなっちゃった?」


 揶揄うように葉月が笑う。言われてみれば、本来新郎側のはずだが、新婦側の美和さんに感情移入しながら式を見ていた。

 女の子として暮らすようになって一年が経とうとしている。いつか、男に戻ることはあるのだろうか。


◇ ◇ ◇


 玲奈が手配した教会近くのレストランは、壁にはフランス風のアートが飾られ、テーブル中央にはキャンドルスタンドがエレガントな雰囲気だった。

 テーブルに中央にはキャンドルスタンドが置かれ、白いリネンのテーブルクロスの上にクリスタルのグラスが美しく並んでいた。


 礼司が泡が立ち上るシャンパングラスを軽く持ち上げた。


「今日はありがとう。乾杯!」


 ウェディングドレスから紫のワンピースに着替えた美和さんは、まだ結婚式の興奮が残っているのか頬がほんのり赤くなっている。


「本当、今日は楽しかったわ。この年で結婚式でウェディングドレスなんてと思ったけど、やっぱりやって良かったわ。ありがとう」

「お母さん、キレイだったよ」

「うん、わたし達もお母さんのドレスが見られて良かった」


 玲奈と葉月が褒めると、美和さんは照れ笑いを浮かべた。

 遥斗も美和さんのドレス姿を思い出しながら、前菜の野菜のテリーヌにフォークを入れた。

 絵画のように見た目にも美しいテリーヌは味も素晴らしく、シャキシャキとした食感のズッキーニやパプリカ、柔らかく煮込まれたナスやカリフラワーが混然とシンフォニーを奏で、野菜それぞれの自然な甘みを感じることができる。


 美味しさの感動が長続きするように少しずつ口に運んでいる遥斗に、礼司が肩に手を回しながら上機嫌に話しかけた。


「遥斗、どうした真剣な顔で料理をみつめて?」

「あっ、いや、家でも作れるのかなと思って、何が入ってるか見てただけ」

「相変わらずだな、遥斗。家と言えば、新しい家見つかりそうだけど、どうする?」

「えっ、そうなの?」


 遥斗の手が止まった。


「場所はちょっと離れるけど、庭付きの一軒家だ。築30年の物件だけどリフォームしようかなと思ってる、ほら、これ」


 礼司はスマホの画面を遥斗に見せた。今住んでいるマンションから電車で30分ほどの場所で、中心部から離れたこともあり坪数も大きく家族6人で住んでも大丈夫そうだ。

 美味しい料理に上がっていたテンションが急速に沈んでいく。


 引っ越せば、女装する理由がなくなってしまう。今は女性専用マンションで、そこに住むために女装しているという合理的な理由があるが、引っ越してしまえばそれが無くなる。


「どうした、浮かない顔して」

「あっ、いや、なんでもない、突然で驚いただけ」

「引っ越せば、遥斗も男に戻れていいだろ?」


 平然を装いテリーヌに口を運びながらも、遥斗の心情は複雑だ。

 女の子の楽しみという禁断の果実を食べてしまうと、男の世界が色あせて見えてしまい男には戻りたくない。

 でも、自分の口から女の子として過ごしたいとは言えない。


「あっ、でも、学校も近いし、今のままがいいかな?」

「やっぱり、そうか。お父さんもちょっと職場まで遠いと思ってたんだよな。美和さん、やっぱり今のままが良いって」

「あら、そうなの。仕方ないわね。また新しいところ探しましょ」


 美和さんの一言で礼司の顔にも安堵の表情が浮かぶ。


「遥斗はやっぱり、今のままが良いよ」


 遥斗のお尻を触ろと伸ばしてきた礼司の手を、遥斗はそっと払いのけた。

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