第35話 クリスマス
12月24日、クリスマスイブ。本来は25日のクリスマス当日に向けて準備を行い礼拝などする日のはずだが、日本においてはなぜかクリスマス本番の25日よりもイブの24日の方が盛り上がる。
いつもよりも早めにキッチンに立った遥斗は、クリスマスディナーの準備に取り掛かった。
小麦粉を取り出し、スマホを見ながら慎重に計量していく。粉を計り終わったところで、イーストと水を入れ生地を捏ねていく。
丸めたり伸ばしたりと生地を捏ねていくと、ベトベトしていた生地がだんだんと滑らかになってくる。
生地をボール球のように丸めると濡れ布巾をかぶせた。
「よし、これで2時間発酵させるとして、その間に……」
ピザ生地づくりを終えた遥斗は、冷蔵庫を開けた。
クリスマスで喜ぶ年でもないが、クリスマスイブには何となく豪華なものを食卓に並べたくなる。
作るのは大変だがご馳走を横んでくれる人たちがいると、手の込んだ作業も苦にならない。
コールスローサラダのためのキャベツやニンジンを野菜室から取り出していると、玄関が開く音が聞こえた。
冷蔵庫から視線を上げると、両手にスーパーの袋を持った美和さんの姿があった。
「お待たせ。手洗ってくるから、買ってきたもの冷蔵庫に入れておいてくれる?あっ、牛肉は室温に戻したいから、冷蔵庫に入れないで」
スーパーの袋には高そうな牛肉を始め、チーズやワインなど普段見ないような食材がぎっしりと詰め込まれていた。
クリスマスに豪華な料理を食べたい気持ちは、大人の美和さんも同じようだ。
リビングに戻ってきた美和さんがエプロンの腰ひもを結びながら尋ねてきた。
「何から作る?」
「コールスローサラダ作ろうとしたところです」
「わかった。私は人参を切るから、遥斗君はキャベツ切ってくれる?」
美和さんと二人並んで、黙々と野菜を切り始める。
包丁の音がリズミカルに響くなか、美和さんの「フフフ」という笑い声が聞こえた。
「笑ってしまって、ごめんね。私、こうやって娘とキッチンに立って料理するのが夢だったんだ。仕事は忙しいし、子供たちも自分たちのやりたいことがあって、一緒にキッチンで料理ってタイミングがなくてね。でも、よかった。遥斗君とこうやって料理ができて幸せ」
美和さんは僕を娘のように思ってている。嬉しいけど、気持ちは複雑だ。
しかし、幸せそうな微笑みを浮かべている美和さんに「娘ではなく息子ですけど」とは言い出せず、遥斗は黙って野菜を切り続けた。
「コールスローにリンゴも入れるんですか?」
人参を切り終えた美和さんは、リンゴを手に取ると人参と同じように千切りにし始めた。
「そうよ。リンゴを入れると、触感もいいし、酸味と甘みが良いアクセントになるのよ」
「へぇ~」
「良かった。我が家の味を受け継いでくれる人がいて。玲奈は仕事が忙しくて、こうやって一緒に料理することもないし、葉月は包丁使いが危なっかしくて見てられないし、若菜は食べる専門でしょ」
「アハハ!確かにそうですね」
「さあ、次はローストビーフ作ろうか?遥斗君はニンニク潰してもらってもいい?」
美和さんが牛肉を手に取った。ニンニクの皮をむいた遥斗は、ニンニクを潰し始めた。
横を向くと聖母のような優しい瞳で見つめる美和さんと視線が合い、遥斗は微笑みを返した。
◇ ◇ ◇
リビングには小さいながらもクリスマスツリーが飾られ、テーブルにはローストビーフ、アクアパッツアなどご馳走が所狭しと並んでいる。
礼司がシャンパンを開けて、美和さんと玲奈のグラスに金色の液体を注いだ。
「メリークリスマス!」
礼司が掛け声をあげると、大人たちはシャンパンの入ったグラスを、子供たちは炭酸水の入ったグラスを持ち上げた。
グラスを置いた若菜は早速、ローストビーフを自分の皿にいれた。
「美味しそう!」
「ほら、若菜、肉ばかり取らないで野菜も食べなさい」
「は~い」
若菜は渋々とコールスローサラダを取り皿へと移した。
葉月はアクアパッツアを口に運ぶと目を丸くした。
「お魚あまり好きじゃないけど、これ美味しい!」
鯛のアクアパッツアは見た目にも豪華で、オリーブオイルと白ワイン、ハーブの芳醇な香りで魚臭さが消え、ニンニクが食欲を誘う一品だ。
「それ、最後にご飯入れてチーズリゾットにするから、スープ取り過ぎないでね」
「ピザにグラタン、最後にチーズリゾットって、完全にカロリーオーバーだわ」
「玲奈、クリスマスぐらいカロリー計算やめなさい。年に一回ぐらい美味しものをたくさん食べよ」
美和さんの言葉にうなずいた玲奈は、チーズたっぷりのピザにかぶりついた。
娘たちが美味しそうに食べる姿を見て、美和さんも嬉しそうだ。
「そういえば、葉月。ドラマ化も決まって仕事順調そうだけど、大学進学するの?」
「うん」
「大学とお仕事の両立大丈夫なの?共倒れになったりしない?」
「多分、大丈夫。文学を体系的に学んでみたいし、玲奈姉ちゃんも大学と仕事、二つとも両立させているから私もできると思う」
葉月が玲奈の方をチラリと見た。学業と執筆活動の負担を心配する母親の気遣いをよそに、姉妹間での競争心があるようだ。
「大学と言えば、遥斗はどうするんだ?」
ワイングラス片手に礼司が尋ねた。遥斗は遥斗はフォークを置いた。
「法学部に行きたいと思ってる」
「法学部?弁護士を目指しているのか?」
「なれるかどうかわからないけど頑張ってみたい。それで、この前みたいに葉月たちにトラブルが起きないように、法律の面からサポートしていきたいと思ってるんだ」
先日の葉月のトラブルを解決してくれた北村先生をみて、遥斗は進路を決めた。
それまで将来のことは漠然として考えていなかったが、彼女たちが安心してそれぞれの仕事に打ち込めるように、僕が法律の知識で守ってあげたいと思うようになった。
玲奈も葉月も仕事が増えると企業との契約も増えるだろうし、若菜だって将来はスポンサー契約とかもあるだろう。
少し緊張しながらも将来の進路を語る遥斗を、他の家族は食べるのを止め真剣な表情で聞き入っていた。
「そうか、弁護士なるのは大変だが、頑張れよ」
礼司は遥斗を励ますと、グラスに残っていたシャンパンを一気に飲み干した。
息子が自分と同じ道を目指していることを知り、上機嫌で2杯目のワインをグラスに注いだ。
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