第34話 解決
会議室に取り残された3人は北村先生の買ってくれた缶コーヒーを飲みながら、編集者とプロデューサーが戻ってくるのを待っていた。
甘く温かい缶コーヒーが心と体を癒してくれる。
隣に座る葉月も冷たくなった指先で缶コーヒーを温めながら、ホッとした息をついている。
北村先生は缶コーヒーをテーブルに置くと、ふっーと深いため息をついた。
「上手くいって良かった。不利益事実の不告知も本当は消費者契約法の話だし、著作人格権の不行使も判例が分かれているところだから、争うって言われたら面倒なことになっちゃうところだった」
「自信ありげな様子でしたけど、そうだったんですか?」
「まあブラフね。パッとみて一方的に出版社側が有利な契約書だったから、後ろめたいところがあるかなと思ったら思った通りだった」
遥斗の質問に答えると、北村先生はうつむいている葉月に話しかけた。
「葉月さんも、契約には気を付けないとね」
「はい……」
「良かったら、私を代理人にしない?面倒な出版社側との話し合いは私がやっておくから、葉月さんは執筆に専念できるよ」
「そうですね。考えてみます」
「それより、まずはドラマ化で妥協できる範囲を考えておいて。予算とかキャストの都合とかで100%原作通りにはいかないから、妥協できるところとできないところは決めておいて」
「はい……」
缶コーヒーをちょうど飲み終えたころ、慎重な面持ちをした男性二人が会議に室に帰ってきた。
プロデューサーはドカッと音を立てながら椅子に座ると、ふんぞり返っていた先ほどまでとは違い姿勢を正して葉月の方を見た。
「葉山先生のお気持ちもわかりますが、主人公の弟については妹に変更させていただいて、恋愛要素も入れたまま撮影を続けさせてもらえればと思っています」
「それって、何も変更なしってこと?」
期待を裏切られた葉月はムッとした表情に変わった。プロデューサーは額ににじみ出る汗を拭きながら、説明をつづけた。
「大変申し訳ないですが、主演の堀田真紀をキャスティングするにあたって、同じ事務所の広山すずもバーターで出演させるように言われておりまして……」
「それに若い人向けのドラマに恋愛要素がないのはちょっと……。ほら、ドラマがヒットしたら原作も売れるからね、そこのところを理解してもらえると助かるというか、理解して欲しいというか……」
先ほどまでとは違い下手に出ながらも、変更はしないということだった。
「それでは、こちらとしても法的な手段をとらせてもらいます」
北村先生がキッパリと言うと、プロデューサーは焦った様子で手を振った。
「いえ、そういうわけでは。こちらとしましても葉山先生に理解していただくために、いくつか案を用意しています」
「どんな案なの?」
「まず、すでに完成している3話以降、4話からの脚本を葉山先生にお願いしたい。もちろん脚本料もお支払いします。それで恋愛要素を入れてもらったオリジナルストーリーを作ってもらえたらなと思っています」
「脚本か……、書いたことないから、できるかな?」
「大まかな流れを書いてもらえれば、あとはプロの脚本家が脚本に仕上げるから安心して」
編集者がサポート体制があることを説明すると、初めての仕事に不安がっていた葉月に安どの色が浮かんだ。
脚本に参加できるということで今後の勝手なストーリー変更はなくなり、遥斗もホッとした。
「さらに主人公の教師役を、葉山先生のお姉さんであるREINAさんにお願いしたい」
「玲奈お姉ちゃんを!」
プロデューサーの意外な提案に葉月を目を輝かせた。葉月と玲奈が姉妹であることは調査済みのようで、葉月が喜びそうな線を攻めてくる。
「さらに、主人公の柚月の友達役として、HALUさんに」
「えっ、私!?」
「遥斗良かったね、ドラマ出演だよ」
「演技なんてできないよ」
「大丈夫だって、何事もチャレンジ!」
二人そろってのドラマ出演に喜ぶ葉月に対して、遥斗は急に話に困惑と混乱している。
「では、その案でおねがいします」
「はい。脚本以来の契約については後程お送りしますので、ご確認を」
葉月はプロデューサーの提案に笑顔で頷き、プロデューサーたちは安堵の表情を見せた。
◇ ◇ ◇
出版社を出ると一週間後に冬至を控えている冬の空はすでに暗く、通りには街灯が明るく光り輝いていた。
「昼間は暖かったのに、やっぱり夜は冷え込むね」
隣を歩く北村先生がマフラーで口元を覆いながらつぶやく。遥斗はポケットから手を出すと、北村先生に気になっていたことを尋ねた。
「北村先生、今日の件なんですけど、お金そんなにないから……、ドラマの出演料入ってからでもいいですか?それでも足りなければ、親父に請求してください」
「いいのよ、お金が足りないなら、体で払ってもらっても」
北村先生はニヤリと笑いながら人差し指で遥斗の顎をクイっと持ち上げたると、反対の手でお尻を撫でまわした。
遥斗はこの前知ったばかりの知識を振りかざし抵抗した。
「それって、青少年保護育成条例違反では?」
「それもそうね。それじゃ、成人するまで利子たっぷりつけて待ってるね」
北村先生は、「私はここから地下鉄乗るから」と言い残し去って行った。
先生の揺れる髪の毛を見つめながら、早めにお金は返そうと誓う遥斗だった。
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