第33話 救いのヒーロー
人の感情がメーター表示されるなら、葉月の怒りのメーターは100を超えてのが容易に推測できるほど、葉月の顔は赤く手は震えていた。
葉月と一緒に出版社を訪れると、会議室へと通された。
お茶も出されないまま待たせること10分。2人の男性が会議室へと入ったきた。
葉月の担当編集者である長身の短髪の男性が軽く挨拶をすませると、隣に立っている小太りの中年男性を紹介してくれた。
「こちらが、ドラマのプロデューサーの斎藤さん」
「どうも、毎朝テレビの斎藤です」
薄ら笑いを浮かべた斎藤は、葉月と遥斗に名刺を渡すと椅子にドカッと音を立てながら腰かけた。
「まさか原作者は高校生とは思わなかったよ」
「極秘事項なので内密に」
「え~そうなの?こんなに可愛いんだから、美人女子高生作家とかいって売り出せばいいのに」
葉月の嫌う言葉を平然と口にしながら、二人はにこやかに談笑を続けている。
笑ってる二人にしびれを切らした葉月が、割って入った。
「ドラマの件ですけど登場人物やストーリー、何で勝手に変えたんですか!」
普段大人しい葉月が珍しく語気を荒がけている。
「ドラマ化にするにあたって、尺の問題や撮影の都合で原作通りにはいかないって、ドラマ化の話があったときに説明したでしょ」
怒っている葉月とは対照的に編集者は落ち着いており、幼稚園の先生の一言一言を言い聞かせるような口調だ。
「それはそうだけど、登場人物の性別を変えたり、話の内容変えたりするのは聞いてないですよ。大事なところ省いているから、話に矛盾がでてきてる!」
「まあ、気持ちはわかるけど、大人の事情ってものがあってね……」
編集者が眉を曲げて困った表情を浮かべ、プロデューサーの方を見向いた。
プロデューサーは背もたれに寄りかかったまま、やれやれといった具合に話し始めた。
「引きこもりの弟よりも活発な妹の方がウケが良いでしょ」
「ウケ!?」
「スポンサーの中にゲーム会社があるんだ。それで、引きこもりでゲームばかりしていると、スポンサーからクレームが入る可能性があってね変更させてもらったよ」
さも当然のような言い方に、葉月はますます腹を立て顔は真っ赤だ。
「ストーリーも勝手に変更して、原作にはない主人公の恋愛エピソードを入れ込んだのもウケるためですか!」
「ああ、高校生と言ったら恋愛でしょ。恋愛がないと、視聴率取れないんだよ」
スポンサーへの配慮や視聴率狙いで原作が改変されていく。遥斗が昨日調べたとおりだった。
「そんなに、勝手に変えられてばかりならドラマ化の許諾取り消します」
「取り消すって、もう撮影始まってるし無理だよ」
葉月の抗議をプロデューサーは軽くあしらった。編集者は契約書を取り出し、ある条項を指さした。
「ほら、これ本を出すときに交わした契約書だけど、ここに『著作人格権の行使しない』って書いてあるでしょ。これがあると、原作を自由に変更できる権利はこちらにはあるんだよ」
契約書を見せながら説明する様子は、さながら出来の悪い生徒に勉強を教える教師のようだ。
葉月は言い返せすことができず、黙って下を向いている。
重い雰囲気の会議室に廊下からカツカツとヒールを鳴らす音が聞こえた。足音が止まると同時に、ドアが勢いよく開いた。
「ごめん、前の仕事が長引いちゃって」
グレーのスーツを着た北村先生は会議室に入るなり、編集者とプロデューサーに名刺を差し出した。
「筧法律事務所の北村です」
「弁護士の先生ですか?」
弁護士の登場にプロデューサーの顔から余裕は消え、唇をかみ苦い表情へと変わった。編集者は契約書を北村先生に見せて、再び「著作人格権の行使しない」という条項が盛り込まれている話をした。
「ふ~ん、契約書はそうかもしれないけど、山尾さん、契約時にきちんと説明ウケた記憶ある?」
「あんまりないです。出版するのに必要だからって、ここにサインしてとしか言われてないです」
「やっぱり、それって、『不利益事実の不告知』にあたらない?それに、『著作人格権の行使しない』って書いてあっても無制限に自由にできるわけじゃないって判例もでてるけど」
北村先生に契約書の不備を突かれた二人には焦りの表情が浮かんだ。
昨晩、遥斗が制服から名刺を取り出し北村先生に連絡を取った。
このまえ礼司のパパ活疑惑を晴らすために事務所に行くと、男であることを確かめるため応接室に北村先生に連れ込まれた。
北村先生は遥斗のスカートをめくり股間にあるものをみて、男であることをようやく納得してくれた。
「残念。本当に男なんだ。私、どっちかでいうとタチなんだ。あっ、男でもネコいけるでしょ。それもいいかも。嫌がる男の娘のお尻に、アレをねじ込んで……」
タチやネコの意味が分からない遥斗でも、身の危険が迫っていることは理解できた。
怯えている遥斗に北村先生はゆっくり近づくと、名刺を制服のポケットに入れた。
「冗談よ。今やったら、青少年保護育成条例違反だもん。18歳になるまで待ってるからね。それまでに気が変わったら連絡頂戴」
それだけ言うと、北村先生は応接室から出て行った。
遥斗の頼れる大人と言えば父親の礼司ぐらいだが、以前礼司は遺産相続や離婚問題を中心に仕事を受けていると話していた。
親父では頼りにならない、そう判断した遥斗はポケットから取り出した名刺に書いてあった北村先生の番号に電話した。
「法律的にはグレーな部分ではあるとは思うけど、ことを荒立ててもお互い損するだけだから妥協点を探ることにしませんか?」
好戦的と思われた北村先生の意外な提案に、押されっぱなしだった編集者とプロデューサーは飛びついた。
「ちょっと、話し合ってきますね」
そう言い残すと、二人は会議室を出て行った。
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