第32話 原作レイプ

 お昼休み、遥斗はいつもの四人でお弁当を囲んでいた。

 食事は一人でも美味しいが、他愛もないおしゃべりをしながらみんなで食べるともっと美味しく感じられる。


 お喋りの話題は世界史の先生のカツラ疑惑だったり、国語の女性教師のファッションセンスの無さだったりとコロコロと変わっていく。


「数学は基礎が大事!」

「さっちん、めっちゃ似てる!」


 さっちんこと佐藤さんが数学教師のモノマネをして他の三人が笑ったところで、話題は今度始まるドラマに変わった。


「そういえば、今度始まるドラマ、北村和樹出るんだって。美佳好きだったよね」

「うん。知ってる。『謎解きは図書室で』でしょ。チョー楽しみ」


 葉月が葉山ルナのペンネームで出している『謎解きは図書室で』が、来年1月スタートでドラマ化される。

 主役の女子高生は男子高校生に人気の堀田真紀で、その女子高生に思いを寄せる男子高校生役として、アイドルグループの北村一輝が出演するということで男女ともに関心が高まっていた。


 キャスト人に話題が集まる一方で、原作者の葉山ルナがこの学校に通っている葉月であることは遥斗の他は知らない。

 作品で勝負したい葉月は女子高生作家ということを知られたくなく、担当の編集者しか葉月の正体を知らない。


 みんなが知らないことを知っている優越感を抱きながら、遥斗はお弁当の卵焼きを箸でつまんだ。


◇ ◇ ◇


 葉月は激怒した。


 いつも温厚な葉月が帰ってくるなり、カバンをソファに投げつけた。

 クッションを叩きながら、「ムカツク!」「あのくそ野郎め!」と三つ編みおさげの眼鏡っ娘には似つかわしくない単語を連発している。


「どうしたの?」


 晩御飯づくりの手を止めた遥斗は、恐る恐る葉月に尋ねた。

 遥斗の言葉に我に返った葉月はクッションを殴るのをやめ、床に崩れ落ちた。


「今日ね、……グス、学校が終わってから、……グス、グス、出版社の人と会ったんだ」

「それで」

「次回作の打ち合わせが終わったところで、ドラマ化の話になって……、テレビ局の都合で原作からかなり設定が変わるっ言われたんだ」


 嫌なことを思い出し感情が高ぶった葉月は、涙と嗚咽を交えながら状況を説明してくれた。

 原作では主人公の女子高生に引きこもりの弟がいて、その弟の何気ない一言が事件解決につながる設定なのだが、それがドラマではスポーツ万能の妹に変わるらしい。

 他にも原作と違うところがいくつかあるようだ。


「それでね、担当さんに原作通りにしてってお願いしたら、もう撮影始まっているから変更はできないって言われたの。ひどくない?原作者に断りもなく、設定変更しておいて、撮影始めるなんて」


 憤慨する葉月の頭を遥斗はそっと撫でると、葉月は少し落ち着きを取り戻した。


「まあ、大人の事情ってやつだろ」

「そんなこと言われても、納得できない。小説のキャラって、プロットの段階で性格とか容姿とか全部決めるんだよ。すぐには書く予定がなくても矛盾が生じないように誕生日や好きな食べ物、癖とか細かく設定決めるんだよ。もう、自分の子供と同じだよ。それを勝手に変えられるなんて耐えられない」


 怒りがぶり返してきた葉月はクッションを手に取ると、ソファに向かって投げつけた。


「遥斗、明日また出版社の人と話し合うから、一緒に来てよ」

「えっ、一緒に!?」

「テレビ局の人も来るから一人じゃ不安なの、お願い」


 両手を合わせて懇願する葉月の勢いに押され、遥斗は首を縦に振るしかなかった。


 夕ご飯を食べ終えた遥斗は、ノートパソコンを立ち上げた。

 財布から取り出したレシートを、食費、雑費など項目別に入力していく。


 肉や野菜という食料品だけではなく、洗剤やトイレットペーパーなど日用品も毎月のように値上がりしていく。

 安いスーパーを巡ったり、特売日でまとめ買いしたりと努力はしているが、予算オーバーが続いている。


 礼司や美和さんにお願いすれば生活費ぐらいもらえそうだが、家族でただ一人お金を稼いでいない負い目がつきまとう。

 モデルの玲奈や小説家の葉月はもちろん、若菜ですら最近スポンサー契約の話がきている。

 ハルとしてのモデル活動もしているが、学校優先のため仕事は少なく文字通り遥斗のお小遣いにしかなっていない。


「はぁ~、早くお金を稼げるようになりたいな」


 レシートの入力を終えたのと同時にため息とともに独り言も漏れる。

 お金を稼ぐと言っても、どうやって?

 

 週明けに進路調査書の提出が迫っていることもあり、進路のことが頭をちらつく。

 三姉妹のように明確にやりたいことがある訳ではない。

 漠然とした将来の不安を抱えながら、今はやるべきことをしよう。


 遥斗はパソコンのブラウザをクリックすると、「原作改変」と検索ワードを入力した。

 ドラマ化で原作から大幅に変わってしまう原因や過去の例を調べていった。


 時間の尺の問題や作品に対する解釈の違いもあるが、力を持つ芸能事務所の都合によりキャスト優先のストーリー展開となり、その結果キャラクターやストーリーが大幅に変わることになり、時に「原作レイプ」と呼ばれることもあることを知った。


 原作にはないキャラが登場するのも日常茶飯事のようで、今回のように登場人物の性別すら変わることもザラにあるようだ。


原作に対する、リスペクトが全然ない!!!


 執筆に行き詰まると食事もとれない程落ち込んだり、いいアイデアが浮かんでといって真夜中に原稿を書き始めたり、葉月の苦労を一番近くで見ていた遥斗は憤慨した。


 どうにかして葉月を助けてあげたい。でも、原作レイプには芸能事務所やスポンサー企業など大人の事情が大いに絡んでいる。

 自分の一人の力では無理だ。そう思った遥斗は、制服のポケットに手を入れると、中に入れっぱなしにしていた名刺を取り出した。



 

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