第31話 疑惑
遥斗が鏡の前に立つとそこにはいつもの制服姿ではなく、少し背伸びした自分が映っていた。
フワッと揺れるスカートのラインに、思わず笑みがこぼれる。
肩のレース部分が特にお気に入りで、ちょっとした大人の雰囲気を演出してくれる感じがする。薄紫色で透け感のある生地は、妖艶さと大人っぽさを与えてくれる。
「うん、いい感じ!」
遥斗は無意識に少し背筋を伸ばして自分を見つめていた。大人っぽい服を着るだけで、気分まで少し大人になった気がする。
きれいなワンピースを着て嬉しそうにしている遥斗を、玲奈は温かい眼差しで見守っていた。
「気に入ってくれたようね」
「うん、さすが玲奈さん。ありがとう」
今日の夜は遥斗の誕生日祝いで、父親の礼司とレストランで食事をする。それを知った玲奈がワンピースをプレゼントしてくれた。
「ほら、メイクもしてあげるからそこに座って」
玲奈が慣れた手つきでメイクを始めた。メイクが進むにつれ、まるで別人のように自分の顔が変わっていく。
メイクをしても残る男っぽさが逆に大人な感じを醸し出している。
鏡の中の自分に見入っている遥斗の肩を玲奈はポンと軽く叩いた。
「ほら、そろそろ時間でしょ。楽しんでおいで」
気づけば約束の時間が迫っていた。遥斗は慌ててバックを手に取り玄関へと向かい、葉月からプレゼントされたヒール付きの靴に足をいれた。
「夕ご飯は野菜の煮物が鍋に入っているから、あとご飯は炊き込みご飯が冷蔵庫に入っているから、それで食べてて」
急ぎながらも夕ご飯の心配をする遥斗を、玲奈は心配しないで、親子水入らずで楽しんでおいでと見送ってくれた。
土曜の夕方、市内中心部へと向かう電車内は、夜の街に遊びに出かける人たちでほどほどに混み合っていた。
目立つ紫色のワンピース、それを華麗に着こなす遥斗は乗客たちの関心を集めていた。
以前は男とバレるのが嫌で他人の視線が気になっていたが、今は違う。モデルデビューしてからは見られる喜びを知った。
悪いことをしているわけではないし、男とバレても普通の女子よりもかわいい自信がある。自信を持てるようになると、とくに今日のようにおしゃれしている日はむしろ見て欲しいとすら思う。
目的の駅の改札を抜けたところで、礼司は待っていた。駅の柱に寄りかかりながら、スマホを見ている。
カツカツと響くヒール音で顔を上げ、遥斗に気付くと目を丸くした。
「は、は、遥斗!?」
「どう?レストランって言ってたから、ちょっとオシャレしてきた」
遥斗は左足をわずかに引いて、脚をクロスさせた。モデルの撮影時に習った、キレイにみえる立ち方だ。
実の息子である遥斗を礼司はしげしげと見つめている。その突き刺さるような視線に快感を覚える。
「ほら、お腹すいたから、早く行こうよ」
礼司の腕に絡みつくと、礼司の鼻の下が伸びるのが見えた。
礼司に連れられてきたフランス料理のお店は、薄暗い間接照明に照らされた店内に赤いテーブルクロスが彩りを添え、どこか懐かしい空気が漂っていた。
レストランとは呼ばずにビストロと呼ぶらしいが、遥斗にとってはどちらも非日常なお店に変わりはなかった。
美和さんたちとの顔合わせで行ったホテルのレストランもいいが、すこしカジュアルな感じで料理を楽しめるビストロの方が形式ばらずに純粋に料理が楽しめそうだ。
遥斗はオードブルとして出されたローストポークのサラダを口に入れると、絹のような柔らかい触感につづいて適度に脂が乗った豚肉の旨味が広がった。
「この豚肉、柔らかくて美味しい!これって低温調理ですか?」
短めの黒髪を整髪料でまとめたギャルソンは、高校生の遥斗に対しても丁寧な口調で教えてくれた。
「ありがとうございます!はい、こちらの豚肉は低温調理をしております。時間をかけてじっくり火を通すことで、柔らかさとジューシーさを引き出しています。お口に合って良かったです!」
低温調理だと揚げ物よりもヘルシーに調理ができて、体重を気にする玲奈と若菜が喜びそうだ。
「親父、誕生日プレゼントに低温調理機買ってよ」
「誕生日プレゼントに、調理家電をリクエストする高校生なんてお前ぐらいだよ。それはそれで買ってあげるから、ほら、誕生日おめでとう」
礼司はカバンからピンクの包装紙で包まれたプレゼントを遥斗に手渡した。
遥斗はセロテープを慎重にはがして、包装紙を破ることなく中身を取り出した。
中身は淡いミントグリーン色の財布だった。左側にはゴールドのチェーンが付いており、タッセルやデコレーションのチャームが揺れるデザインが女性らしい。
「気に入ってくれたか?」
「うん、可愛すぎないから長く使えそう。それにしても、親父が選んだにしてはセンスが良すぎる。誰かに選んでもらったの?」
「バレたか。若い子のブランドは良く分からないから、事務所の若い子に聞いたよ」
美味しい食事に素敵なプレゼント。今までで一番の誕生日にご満悦の遥斗だった。
◇ ◇ ◇
それから数日後、今日の晩御飯は何作ろうと考えながら学校から帰っていると、礼司から今すぐ事務所に来てくれとメッセージが届いた。
急に職場である弁護事務所に呼びつけるなんて今まで一度もなかった。
何があったのだろうと不安に駆られながら、事務所へと向かった。
この前誕生日を祝ってもらったレストランがある場所から、ほど近いところに礼司の事務所はあった。
雑居ビルの3階。「筧弁護士事務所」と書かれたドアを開けると、大きな机が4台部屋の中心部に置かれ、その周りを取り囲むように書類棚のキャビネットが配置されていた。
遥斗が来たことに気付いた礼司が手招きして呼び寄せた。
「急に悪かったな。ほら、みんなに自己紹介して」
椅子から立ち上がった礼司は遥斗の両肩をポンと叩き、小声で「男だと言って」と指示をした。
遥斗は状況が呑み込めないまま、事務所内にいた礼司の同僚たちに挨拶をした。
「川島遥斗。高校2年生です。こんな格好してますけど、男子です」
それを聞いた同僚たちは「おー!」とか「本当に!」などと感嘆の声を上げた。
戸惑う遥斗に、礼司は状況を説明してくれた。
「ほら、この前一緒に食事に行っただろ。そのとき、北村先生、一番右に立っている女性の先生なんだけど、俺たちのことを見たらしいんだ。俺には息子しかいなかったはずなのに、若い女性と楽しそうに歩いていて、それでパパ活を疑われてるんだ」
「はぁ~、それで、呼んだの?」
呆れる遥斗に礼司は「すまん」と言って両手を合わせた。
カツカツとヒール音を立てながら、北村先生が遥斗のもとに近づいて顔を覗き込んだ。
「本当に男の子?そう言われれば男の子に見えるけど。本当は女子高生で息子のフリをしてって頼まれてるんじゃないの?」
北村先生は懐疑的な眼差しで遥斗を見つめた。遥斗は父親の疑いを晴らすべく、再度男であることを告げる。
「本当に息子ですって」
「本当なの?ちょっと、あっちの応接室で本当に男かどうか確かめてみましょ」
北村先生は遥斗の手を引っ張り、部屋の奥にある応接室へと連れて行こうとした。
興奮気味な北村先生は、男であることを確かめるだけではなく次のことも狙っているようだった。
「遥斗、すまん。男であることを証明して」
応接室のドアが閉まる瞬間、両手を合わせて謝る礼司の姿が見えた。
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