第29話 マウント
和香はアイスミルクティーを飲みながら、向かいの席に座っている葉月と時折笑い声も混じえながら楽しそうに話している。
「へぇ~、『葉月ルナ』が同い年なんて思わなかった。本には全然プロフィール載せてないよね」
「女子高生作家って表に出すとそれだけが独り歩きして、書いたものをきちんと読んでくれなくなっちゃうから、秘密にしているの」
「そうなんだ」
和香は納得した表情で、アイスティーに入れているストローをくるくるとまわした。
恥ずかしがり屋の葉月は、著者略歴もデビュー年と近著ぐらいしか載せておらず、著者近影は猫のイラストだ。
女子高生作家だとバレて目立ちたくない葉月は、女子高生であることは担当の編集者にしか教えておらず、インタビューの依頼などは断っている。
「そういえば、『謎解きは図書室で』今度ドラマ化だよね」
「うん。初めてのドラマ化で、私もドキドキしてる」
「やっぱり原作者だったら、撮影現場とか行けるの?」
「どうかな?打合せとか全部編集者の人に任せているから」
同い年ということもあり和香と葉月は、今日会ったばかりだというのにすでにため口で旧知の仲のように打ち解け合っている。
二人が仲良くなるにつれて、遥斗のこころはざわついていく。
アイスカフェオレを飲みながら二人の会話を傍観している遥斗に、玲奈が声をかけてきた。
「そうそう、遥斗。遥斗が好きそうなスカート見つけたんだ」
玲奈がスマホの画面を遥斗の方に向け、撮ってきた写真を見せてくれた。
秋らしい茶色のチェック柄で、裾のレースがアクセントになっていて大人っぽくありながらかわいらしい。たしかに玲奈の言う通り、遥斗が好きなデザインだった。
「かわいい!」
「でしょ。来週、遥斗と一緒に買いにいくつもりだったけど、この後買いに行く?」
「売り切れちゃったら嫌だから、行く!」
テンションの上がった遥斗を、和香は遠いものを見るような視線で見つめていた。
「ハルがちょっと見ない間に、女の子になってるとは思わなかった」
「最初は恥ずかしかったけど、慣れると女の子の方が楽しいね。こっちの方が、本当の自分のような気がする」
「そうね、ハル、掃除の時間に他の男子生徒が箒でチャンバラして遊んでいるのを横目に黙々と掃除してたし、裁縫箱セットもドラゴンじゃなかったし、他の男子とは違うなとは思ってたよ」
「へぇ~、遥斗らしい」
遥斗の過去を初めて知った玲奈が相槌をうつと、和香はどこか勝ち誇った表情をした。
「遥斗、このチーズケーキ美味しいよ。一口食べなよ」
葉月が食べかけのケーキがのったお皿を遥斗の前に突き出した。
遥斗はフォークで小さく一口分取り分けると、口に運んだ。
「う~ん。美味しい。甘すぎなのがいいね」
「そうだ。今度、またチーズケーキ焼いてよ。ほら、この前作ってくれたやつ」
「ああ、いいよ。あれ、材料混ぜるだけで簡単だから」
3カ月ほど前、日曜日のおやつにとバスク風チーズケーキを焼いたら、葉月は気に入り、それ以来度々リクエストしてくる。
「え~いいな。私チーズケーキ大好き。レシピ教えて、っていうか今度一緒に作ろうよ」
「あっ、それは…」
「和香ちゃん、今度うちに遊びに来なよ。その時に、一緒に作ろう」
遥斗が体よく断る前に、葉月が答えてしまった。針のムシロのような三姉妹と和香の共演がまたあるのかと思うと、気が重くなる。
「ハル、こっちのモンブランも美味しいよ」
和香が切り分けたモンブランがのせたフォークを、遥斗の顔の前に運んだ。
断り切れない遥斗は、三姉妹からの突き刺さるような視線を受けながらモンブランにかぶりつく。
「あ、うん、美味しいね」
「遥斗、昔からモンブラン好きだったもんね」
言いながら和香は、三人の方をチラリと見た。
そういえば、中学生の時に何気ない雑談の中で和香に話したことがあったような気がする。よく覚えていたものだと感心する。
遥斗から視線を外して玲奈たちを順に見ながら、再び勝ち誇った笑みを浮かべた和香を見て遥斗は悟った。
和香は玲奈たち三人が遥斗に惚れていることに気付いている。それで、わざと三人が知らない昔の話をして、マウントをとろうとしている。
それに気づいた瞬間、遥斗の淡い恋心が急速にしぼんでいくのを感じた。
◇ ◇ ◇
玲奈の隣で遥斗がスヤスヤと寝息を立てながら、深い眠りについている。玲奈は遥斗のおでこをそっと撫でながら、今日の出来事を思い出していた。
やはり思った通り、あの和香という女はプライドと自己顕示欲が強かった。
SNSでは、おしゃれなカフェやSNS映えするスポットでの写真が多いし、ポーズもばっちり決まっている。
自分の美しさに自信があれば、「いいね」欲しさにSNSで素顔をさらすリスクを冒す必要はない。
それに一緒に写っている女友達は、みな容姿が和香より劣る女子だけだ。
反対にツーショットを決めている男子生徒は、みなイケメンだ。
偶然を装って遥斗と合流した後、わざと三人とも遥斗との仲の良さを見せつけた。
案の定、人気モデル、売れっ子作家、日本チャンピオンとスペックでは勝ち目のない和香は、遥斗のことでマウントを取り始めた。
マウントをとればとろうとするほど、平和主義者の遥斗の心が離れていくことも知らずに。
「作戦通り」
ニンマリとした笑みを浮かべた玲奈は、寝息を立てる遥斗のほほにそっと口づけをした。
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