第27話 北風と太陽

 電子音と弾むような声が充満しているクレーンゲームコーナーで、遥斗は真剣なまなざしでぬいぐるみを凝視していた。

 最近人気のアニメキャラクターを二頭身にデフォルメしたぬいぐるみは、頭の方に重心が偏っている。


 単純に持ち上げても、その重さで持ち上がらないのは明白だ。

 ならば、どうする?


 遥斗は頭の中でイメージトレーニングを繰り返し、500円玉を入れた。

 軽快なメロディが流れる中、アームを上手く操作して頭を掴んだ。ぬいぐるみは一瞬持ち上がったが、すぐにアームから外れ落ちてしまった。


「あ~、失敗しちゃったね」

「いや、作戦通りだよ。ほら、みて少し前に進んでるでしょ」


 失敗を悔やんでいる和香に遥斗は落ち着いた口調で説明すると、2回目も同じように頭を掴んで少しだけ前進させ、出口付近までぬいぐるみを移動させた。


 和香が見守る中、3回目で足をつかみぬいぐるみを横向きにすると、4回目でぬいぐるみを転がして出口に落とした。


「すごい!」


 ぬいぐるみを手にした和香が無邪気に喜んでいる。普段凛々しい表情の和香が、無邪気な笑顔を見せたのを見て、遥斗の心はときめいた。


「ありがとう。川島君……じゃなかった川島さん、クレーンゲーム上手だね」


 ぬいぐるみを抱きかかえた和香の肩が、ほんの少しだけ遥斗の体に触れた


 いつも抱き着いてくる若菜の筋肉質な体とは違う、和香の柔らかく温かかな風船のような感触。 

 心臓がドキドキしてきて、少し落ち着かない気持ちになってくる。


「次はどうする?」

「ちょっとお腹もすいてきたし、アイスでも食べない?」

「いいね。とりあえずフードコートに行こうか」


 いくつかお店が並んでいるフードコートに行けば、アイスを売っているお店が一つぐらいあるだろう。

 ぬいぐるみを大事そうに抱え横を歩く和香と並んでフードコートへと向かい始めた。


 先週は電車で1時間かけて遥斗が住んでいる近くまで着てくれたし、夏休み最終日の今日も一緒に遊んでくれる。

 再会した時は女装している姿に引かれるかなと思ったが、逆に受け入れてもらえて単なる同級生以上の関係にはなれた。


 和香が歩く速度を落として遥斗に視線を移して、そっとつぶやいた。


「こうやって並んで歩いていると、まるで……」


 遥斗はゴクリと唾をのみ、次の言葉を待った。「まるで恋人同士」、あるいは「まるでデートしてるみたい」などと言ってくれることを願った。


「本当の女の子みたいだね。全然、男子って感じがしないもん」


 明るい笑顔で語り掛ける和香に、内心落ち込んでいる遥斗は精一杯の作り笑顔で答えた。

 女友達にはなれたが、恋愛関係になるのはまだ時間がかかりそうだ。


◇ ◇ ◇


 駅から速足で帰宅してエレベーターに乗り込むと、一気に汗が噴き出してきた。

 和香と楽しい時間を過ごしていると、あっという間に時間が過ぎてしまった。夕飯づくりもあるので5時には戻っていたかったが、すでに5時半を過ぎている。


 遥斗は謝りながら、リビングのドアを開けた。


「ごめん、遅くなっちゃった。ごはん、すぐ作るね」

「おかえり」


 キッチンから玲奈の声が聞こえた。野菜を刻む音も聞こえてくるし、換気扇も回っている。キッチンを覗くとエプロン姿の玲奈が人参を千切りにしていた。


「玲奈さん、すみません。帰り遅くなったから、夕ご飯作ってくれてるんでしょ?」

「いいのよ。料理したい気分だったし。ほら、着替えておいで」


 手を洗って部屋着に着替えた遥斗は、玲奈のご飯づくりを手伝おうをしたがやんわりと断られ、ソファに座って夕ご飯ができるのを落ち着かない気持ちで待っていた。


 テレビをつけて夕方のニュースを流し見しながら、和香に「今日は楽しかったね」とメッセージを送ると、すぐに「また、遊ぼうね」と返事があり思わず頬が緩む。

 野菜を刻むを音を聞きながらソファに寝転ぶ。こんな時間の過ごし方するのも久しぶりだ。


 ちょうど夕ご飯が出来上がったときに、若菜も帰ってきて4人そろっての夕食が始まった。

 テーブルには鯖の南蛮漬けをメインに、副菜として蓮根の梅酢和え、ほうれん草の胡麻和え、汁物としてもやしの味噌汁と、絵にかいたような一汁三菜のメニューが並んでいる。


「いただきます!玲奈姉ちゃんの料理、久しぶり」


 若菜が勢いよくご飯を食べ始めたのを見て、遥斗も食べ始めた。


「南蛮漬けって鯵ってイメージだったけど、鯖でも美味しいね。あと蓮根も梅酢がこの季節にピッタリ」


 他人が作った料理を食べるのは、数年前父親の礼司が気まぐれに作ってくれたチャーハン以来久しぶりだ。

 自分で作ると料理を作っている間に味見をするので、美味しいとは思うけど感動はない。他人が作ってくれたのだと、新鮮な気持ちで食べることができる。


 他人に料理を作ってもらえる幸せをかみしめていると、若菜が早くもお代わりのご飯をつぎに席を立った。


「若菜、そんなに食べて大丈夫なの?また、大会前に減量で苦しむよ」

「大丈夫。ヨーロッパ遠征は来月で明日から減量始めるから、今日が最後の食べ納め」

「そう思って、鯖も揚げ焼きで油少なめで、他の総菜もノンオイルなものにしておいたよ」


 玲奈が得意げな顔で、今日の献立について語る。

 さすが大学で栄養学を学んでいることだけあって、美味しいだけではなく栄養のバランスも考えているようだ。


 玲奈が作ってくれたご飯を堪能して、食後の麦茶を飲んでいると葉月が食器を片づけ始めた。


「あっ、片づけ手伝うよ」

「遥斗は座ったままでいいよ。片づけは任せて、ほら、これ見てよ」


 葉月はキッチンで自慢げに両手を広げた。その両手の間には、見慣れぬ機械が置いてあった。


「ひょっとして、自動食洗器?」

「そうよ。今日の昼間、遥斗がいない間に設置してもらったの」

「こういうの高いんじゃない?」

「安くはなかったけど、小説も重版になったし、来年スタートのドラマ化も決まったし、思い切って買っちゃった」

「ドラマ化!!!すごいね」


 葉月は照れくさそうな微笑み、食洗器に食器を並べていった。

 思い出したかのように視線を上げて、玲奈に尋ねた。


「ドラマって言ったら、玲奈姉ちゃんこの前オーディション受けていたけど、どうなった?」

「狙ってた役ではなかったけど、主人公の友達役ってことで受かったよ。今度打ち合わせに行ってくる」


 遥斗は黙ったまあ、弾んでいる三姉妹の会話に耳を傾ける。

 三人とも容姿端麗な上に、才能も兼ね備えている。この家で平凡なのは自分だけという劣等感が遥斗を襲った。


「三人ともすごいな。それに比べ……」


 思わず漏れた独り言に、玲奈が反応した。


「みんな遥斗に喜んでもらおうと頑張ってるのよ。遥斗がいるから、頑張れる。だから、そんなに卑下しなくていいよ」


 優しく語り掛けてくれる玲奈の言葉が、遥斗を優しく包んだ。


 



 

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