第26話 姉妹会議

 お盆を過ぎると夏の暑さにも勢いがなくなり熱帯夜からも解放され、猛暑日になることも減ってきた。

 とはいえ、テレビの天気予報はまだ日中は30度を超える真夏日となるため、熱中症予防を呼び掛けている。


 テレビの音声を聞きながら、姿見の前に立っている遥斗はニンマリと微笑んだ。


 袖口のボリュームのあるフリルが肩幅を目立たなくしてくれて、ノースリーブが初めての遥斗でも抵抗なく着れる。


 うん、いい感じ。まだ気温が高い日が続くみたいだし、しばらく着れそう。

 先週和香と一緒に買い物に行ったとき、夏物半額セールにつられて衝動買いしてしまったが買っておいて良かった。


 下着が透けることが心配いらない紺地の水玉で、手持ちの服とも合いそう。

 実際、マスターイエローのスカートと合わせてみたがいい感じだ。


 いい買い物ができると、いい気分になれる。玲奈と初めて買い物に行ったときはその情熱が理解できなかったが、今なら理解ができる。

 こんなので良いかなと妥協してしまうと、服を着るたびに妥協したことを思い出してしまう。


 自室にこもって執筆をつづけていた葉月が、タンブラー片手にリビングに姿を現した。


「遥斗、その服かわいいね」

「そうでしょ。ノースリーブ抵抗あったけど、実際着てみると涼しくて着やすいし、もっと早く着ればよかった」

「最初は女装嫌がっていたのに、自分で服を買うようになるなんて遥斗も変わったね」


 葉月は冷蔵庫からピッチャー取り出すと、タンブラーに注ぎ始めた。

 それを見た遥斗は慌てて止めに入ったが、間に合わず葉月はタンブラーに口をつけてしまった。

 一瞬の間もおかずに葉月は顔をしかめ、シンクに口に入っていた液体を吐き出した。


「……ゴッホ!ゴッホ!」

「水色のふたの方が麦茶で、オレンジ色は麺つゆだって昨日言っておいただろ」

「ごめん、忘れてた」


 昨日の夜、今日の昼御飯用に作っておいた麺つゆを飲んでしまった葉月は、水で口をすすいでいる。


「そろそろ出るから、昼ご飯は素麺を茹でて、その麺つゆで食べてね。あと冷蔵庫に野菜の煮物あるから、それも食べてね」


 和香との約束の時間も迫ってきたこともあり、まだ咳き込んでいる葉月を残して家を出た。


◇ ◇ ◇


 冷房の効いた部屋には、葉月のキーボードをたたく音だけが響いていた。

 書いては消して、消しては書いてを繰り返してばかりで、原稿は遅々として進んでいない。


 ふと時計を見ると13時を過ぎていた。さすがにお腹も減ってきた。

 葉月は部屋を出て、キッチンに立ちお湯を沸かし始めた。


「あら、お昼ご飯?私の分も一緒に茹でてもらっていい?」


 リビングでヨガをしている玲奈が、葉月が素麺を茹で始めたのをみて声をかけた。


「わかった」


 葉月は素麺を一束から二束に増やした。

 お湯が沸き鍋のふたをとったところで、玄関のドアが開く音がした。

 バタバタという足音に続いて、若菜の声が聞こえてきた。


「ただいま!あっ、葉月姉ちゃん、素麺茹でるなら私の分も二束ね」

「わかったよ」


 葉月は素麺を4束に増やして鍋に入れた。


 茹で上がって冷水で冷やされたざるに盛られた素麺と麺つゆと薬味の入ったお猪口、煮物が入ったタッパーがテーブルに並んだ。


「「「いただきます」」」


 一斉に3人の箸が素麺に伸びた。遥斗が作ってくれた薫り高い麺つゆに、薬味が良い感じにアクセントを与えて、食欲がない夏でもこれなら無理なく食べられる。


「う~ん、美味しい。やっぱり夏は素麺だね」


 あっという間に一杯目の素麺を食べ終えた若菜が、二杯目の素麺に手を伸ばした。

 玲奈はタッパーに手を伸ばし、人参の煮物を口に運んだ。


「煮物も美味しい。素麺だけだと野菜不足になるから、煮物作り置きしてくれるなんて、相変わらず遥斗は気が利くね」


 以前だったら当たり前だった姉妹三人の食事は、今だと誰かが足りない気がする。

 葉月が隣の空いた椅子を見つめていると、玲奈のスマホが鳴った。


 スマホを手に取った玲奈は眉を寄せて渋い表情を作ると、スマホの画面を葉月たちにも見せてくれた。

 葉月と若菜は箸をおいて、スマホをのぞき込んだ。


「あ~やっぱり」

「最近の遥斗、様子が変だったもんね。今日も鏡で何度も前髪チェックして、髪は編み込みして出かけて行ったし」

「夜のおかずもアタシの好きなものばかり作ってくれるし、やましいところあるんじゃないかなって思ってた」


 スマホの画面には、見知らぬ女の子と楽しそうにクレーンゲームに興じている遥斗と姿があった。

 玲奈が事務所の後輩に頼んで、遥斗を尾行してもらっている。この後も引き続き、二人の様子を追い続けてもらう予定だ。


 玲奈は素麺をすすりながら、葉月に尋ねた。


「それで、葉月。調べはついたの?」

「うん。中学校の同級生みたい。名前は木原和香。梅が丘高校に通っていて、吹奏楽部。趣味はお菓子作り。今は超能力者のスパイが主人公のアニメにハマってる」


 葉月は遥斗が寝ている間に指紋認証をパスして、悪いと思いながらもスマホの履歴を調べ、頻繁にメッセージを送りあっている女の子の名前を突き止めた。名前が分かれば、あとはSNSで学校や部活のことなどは簡単に調べがつく。


「で、どうするの?この前みたいにハニトラ仕掛ける?それとも、今度こそ締め上げる?」


 ざるに残った最後の一本の素麺を、すくい取りながら若菜が物騒なことを言い出した。

 玲奈が箸をおいて麦茶を一口飲んだ後、冷静な口調で話し始めた。


「この前と違うのは、遥斗の方が好意をいただいているということ。この前はメスたぬきじゃなかった美佳って女が、遥斗に言い寄ってきて遥斗も迷惑してたから、その手が使えたけど今回は違う」

「そうね、下手に邪魔すると余計に遥斗の情熱が燃え上がる可能性もあるわね」


 玲奈と葉月の的確な分析に若菜は感心した様子で頷き、かぼちゃの煮物を口にした。


「じゃ、どうするの?」

「私にいい考えがある。『北風と太陽』よ」


 玲奈が作戦の詳細を語り始め、葉月と若菜は真剣な表情で聞き入った。

 高校時代玲奈は10人の彼氏と同時に付き合っていたというだけあって、男心を手玉に取るように理解している。

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