第24話 夏旅行

 海から吹いてくる風が遥斗のワンピースを揺らす。

 風通しの良いワンピースに空気が流れ、暑い夏でも涼しさを感じる。


 遥斗は海の景色が一望できる展望台に立ち、景色と共に吹き抜ける風の心地よさを堪能していた。


「写真撮ってもいい?」


 スマホを手にした美和さんが声をかけると、色違いのワンピースを着た三姉妹と遥斗たち4人は海をバックにして横一列に並んだ。


「ハイ!チーズ!」


 美和さんの掛け声で、玲奈は流行りの指ハート、葉月は手を添えたお澄ましポーズ、遥斗は控えめな片手のピースサイン、そして若菜は元気いっぱいの両手ピースサインを決めた。


「お母さん、『ハイ!チーズ!』って何?」


 写真の仕上がりを見ようと駆け寄った若菜が、美和さんに尋ねた。


「写真撮るときの掛け声よ。今、言わないの?」

「初めて聞いた」

「じゃ、写真撮るとき、どうしてるの?」

「え~、普通に『撮るよ』ぐらいしか言わないよ」


 美和さんは世代間ギャップに驚きながら、先ほど撮った写真を表示させたスマホを差し出した。


「うん、いい感じで撮れてる」


 写真を見た若菜は頷いて納得の笑みを浮かべた。

 遥斗も写真を見せてもらおうと、美和さんの元へ歩いていると父親の礼司の息を切らす声が聞こえてきた。

 展望台へと昇る300段の階段の途中、疲れて足が動かなくなっていた礼司がようやく展望台へとやってきたようだ。


「ゼェゼェ……ようやく、ついた」

「親父、運動不足だよ。少しは運動しなよ」


 遥斗が礼司にペットボトルのお茶を手渡した。

 渡されたのお茶を一口飲んで呼吸を整えた礼司が、並んで立っている4人をみながらつぶやいた。


「そうやって並ぶと、若草物語みたいだな」

「若草物語って?」


 首をかしげて不思議そうにしている若菜に、風で飛びそうな帽子を押さえた葉月が若草物語の解説を始めた。


「ルイーザ・メイ・オルコットの小説よ。南北戦争を舞台にしたのマーチ家の4姉妹のお話よ」

「玲奈姉ちゃんや遥兄ぃは知ってるの?」

「もちろん、ミュージカルとしても定番だから、いつオーディションがあってもいいように準備しておくのは当然だわ」

「古典的な名作だから、一度は読んでおくといいよ」


 知らないのは自分だけとわかった若菜は頬を膨らませる。

 

「若菜も柔道ばかりやってないで、本ぐらい読まないとね」


 母親らしい一面をみせている美和さんと若菜の様子を、微笑ましく見守っていると、耳をつんざくような女性の声が聞こえてきた。


「キャー、あれREINAじゃない?」


若い女性の二人組が、小走りにこちらへと近づいてくる。


「もしかして、モデルのREINAさんですか?」

「あっ、はい」


  玲奈は一瞬困った顔になったが、すぐにニッコリと営業スマイルへと切り替えた。


「ファンなんです。雑誌も毎月買ってるし、服やコスメもREINAさんの真似してそろえています」

「ありがとう」

「写真一緒にとってもいいですか?」

「ごめん、写真は事務所から止められてるんだ。サインだったらいいよ」


 玲奈は女性からスケジュール帳を受け取ると、サインペンをスラスラと滑らせた。


「はい、こんなんでいいかな?」

「ありがとうございます。あの~、他の3人と揃いのワンピース着ていますけど、何かの撮影ですか?」

「いや、家族旅行」

「そんな時にすみません。みんな可愛いから、雑誌の撮影でもしてるかと思いました」

「いや、いいよ。これからも応援よろしくね」


 玲奈は最後に握手して、手を振って女性たちと別れた。

 その女性たち以外にも、玲奈がいると分かった人たちがざわつき始めていた。


「ここにいても玲奈がファンの対応で疲れるから、もう降りよう」

「え~。俺来たばかりだよ」

「それは途中でヘバった親父が悪いの。このままだと騒がしくなるから降りよう」


 遥斗が玲奈のことを心配して帰ることを提案すると、礼司が不満げな声を上げた。

 ぶつくさと文句を続ける礼司を遥斗はなだめて、駐車場へと続く階段へと向かう。父親の背中を押している遥斗の頭には先ほどのファンが言った「みんな可愛い」のフレーズがリフレインしていた。


◇ ◇ ◇


 夕暮れが近い海岸は人はまばらで、静かな波の音だけが響いていた。


 映えそうな景色にSNSに写真を載せようと、玲奈は葉月に写真をお願いして、若菜は足だけ海に入り波の感触を楽しんでいる。

 

 海に沈もうとしている太陽を眺めている遥斗に、礼司が話しかけてきた。


「どうだ。新しい生活にも慣れたか?」

「まあね。最初は女装するの嫌だったけど、慣れてくるとおしゃれも楽しいし、みんな優しくしてくれるし、あの三人と暮らすならこっちの方がいいみたい」


 遥斗は三姉妹との生活を振り返った。女性専用マンションということで女装を始めたが、そうでなくてもあの三人と暮らすなら、三姉妹プラス男子よりも四姉妹になった方がしっくりとくる。


「そうか、よかった。家族は作るものだからな」

「家族を作る?家族って最初から家族じゃないの?」


 遥斗の素朴な質問に礼司は少し考え込んだ後、静かに話し始めた。


「赤の他人だった男と女が結婚して家族ができる。子供が産まれたら、父親と母親としての役割が始まる。子供にも役割がある」

「子供にも?」

「そうだ。子供が美味しそうにご飯を食べたり、嬉しそうに遊んだりすることで、親は頑張って働こうという意欲が湧いてくる。そうやって一人一人が役割を果たしていくことで家族ができていく」


 遥斗は、礼司の言葉をじっと聴いていた。普段はどこか飄々とした父親の姿とは違い真剣な表情で話している礼司に、何か新しいものを感じた。


「そうやって家族が役割をはたしていないと家庭崩壊して、家庭内暴力や子供が非行に走ってしまう。父さんは仕事柄そんな家庭環境の人たちをたくさん見てきた」

「親父……」

「どうだ、俺だってたまにはいいこと言うだろ」

「確かにそうだけど、そんないい事は息子のお尻を触りながら言わない方が良いよ」


 隣に立っている礼司の左手は、遥斗のお尻を撫でまわしていた。


「まあ、あれだ。息子がこんなに可愛い娘に変わっていたら、ちょっとぐらい触りたくなるだろ」


 世の中に「可愛い」と言われて嬉しくない人がいることを初めて知った。


「エロ親父!」


 遥斗は笑いながら波打ち際にいる三姉妹の元へと走っていった。


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