第23話 失望
ダーツを楽しんだ後は卓球のダブルスで対戦して、そのあとはバスケットコートでの3ON3に遊びの場を写した。
遥斗と鈴木、上林の3人チーム。バスケは体育で少しやった程度の遥斗と鈴木を、上林がフォローしてくれる。
上林がボールを持った瞬間、中村と下川がマークにつく。しかし、上林は身長の高さを利用した上からのパスで、フリーになった遥斗にパスをつないだ。
ボールをもらった遥斗は、ゴール下でジャンプしてレイアップでシュートを決めた。
「ナイスシュー!」
「上林君のパスが良かったおかげだよ」
上林とお互いを褒めあってハイタッチをする。今日会ったばかりだけど、すっかり打ち解けていた。
もう一人のチームメイト、鈴木を見ると膝に手をついて息を切らしていた。
心配した中村がそっと近づき声をかけた。
「ちょっと疲れた?」
「うん」
「それじゃ、4階のゲームコーナーに行こうか?」
「うん。それがいい」
鈴木はニッコリ微笑んで返事をすると、中村と二人並んで遥斗の横を素通りしてコートを出て行った。
4階のフロアは、筐体から出る電子音とゲームを楽しむ客の声が混じった大音響で満たされていた。
ゲームを始める前に、男性陣が揃ってトイレに行ったところで、鈴木と佐藤が話を始めた。
「鈴っち、中村君といい感じじゃない?」
「さっちんもそう思う?あともう一押しすればいけそう。さっちんも上林君イケそうな気がするけど」
「ぶりっ子でいくのと、ツンデレ系でいくのどっちがいいと思う?」
「上林君、クール系だから甘えてくるぶりっ子よりも、ツンデレ系のほうがいいと思うよ」
「わかった。そっちの路線で攻めてみる」
二人の作戦会議を傍観していた遥斗に、鈴木が話題を振った。
「ハルはどう?ダーツの時、下川君に教えてもらってたよね。脈あるんじゃない?」
「え~?下川君、誰にだって優しいから、脈あるとかじゃないと思うけど」
遥斗は手を振って二人の意見を否定した。
下川は、卓球では女子相手には強いスマッシュを打たず、バスケの時は同じチームの佐藤には優し目のパスを出すなど、女性に対する配慮が細やかだ
遥斗だけに優しくしてくれるという訳ではないことに気づいてはいた。
それに気づいた時遥斗の心は、やっぱりそうだよねという諦めの気持ちと、残念な気持ちが半分ずつ混じりあった。
「大丈夫だって、ハル私よりもかわいいもん。自信持ちなよ」
「……わかった。頑張るよ」
何を頑張るのか自分でも分からないまま返事をする。
もともと数合わせで参加しただけで、彼氏が欲しいなんて思ったこと今まで一度もなかった。
男子たちから「かわいい」と言われると素直に嬉しいし、バスケでジャンプシュートを決めた下川をみてかっこいいと思ってしまった。
同性愛者と思ったことはなかったけど、下川に心惹かれている自分がいることに遥斗は困惑していた。
◇ ◇ ◇
ゲームコーナーで音ゲーやレースゲームを楽しんでいると、あっという間に3時間パック終了の時間となった。
体を動かして小腹が空いてきたこともあって、駅前のファミレスに舞台を移して恋の第2ラウンドが始まった。
ドリンクバーで注いできたそれぞれ好きな飲み物を手に、6人の会話は弾んでいた。
コーラの入ったグラスを持った上林が、向かいの席に座る佐藤に話しかけた。
「佐藤さんって、ゲームとかする?」
「まあ、弟がいるからしなくもないけど」
「スプラトゥーンってやったことある?俺、めっちゃ上手いよ」
「上手いってどれくらい。私、一応ウデマエAよ」
「俺、S。今度一緒にやろうよ」
「へぇ~、やるじゃない。どうしてもって言うなら、やってあげてもいいけど」
ツンデレ路線で攻めている佐藤の口調は素っ気ないが、口元はアイスコ―ヒーの入ったグラスで隠しているがさっきから緩みっぱなしだ。
「鈴木さんって漫画読む?」
ここまであまり会話に参加できていなかった下川が、女子たちとの共通の話題を探そうとした。
「読むよ。女子向けだけじゃなくて、『ドラゴンボール』とか『ジョジョ』も読むよ」
「えっ、マジ!?『ジョジョ』何部が好き?」
「王道だけど3部かな」
下川と鈴木の話が盛り上がり始めた。
遥斗は下川が同じ質問をしてくれるのを心待ちしているが、鈴木との話が夢中な下川は遥斗の方を振り向いてくれない。
自分だったら、『ワンピース』や『鬼滅の刃』など他の漫画の話題でもついていけるのに。
なんで、下川くんは鈴木さんのことばかり見てるのだろう。
遥斗は気づいてもらいたい一心で下川の方に視線を向けた。でも、下川は気づいていない。
饒舌にジョジョ3部について語っている下川をみて、遥斗は悟った。
下川の恋のベクトルは自分ではなく、鈴木に向いていると。
悟った瞬間、遥斗の心にドス黒い感情が湧き上がってくる。
鈴木なんかよりも自分の方が絶対に可愛いし、服のセンスもいい。仕草だって上品で女の子っぽい自信もある。
なのに。なんで?
股間についているものがいけないのか?
「川島さん、どうしたの?さっきから、黙っちゃって」
中村の声で遥斗は我に返り、心の内を悟られないように誤魔化した。
「あっ、いや、何でもない。ちょっと、疲れたかな」
「疲れたんなら甘いの食べなよ。食べかけで悪いけど」
中村が半分食べかけのガトーショコラの皿を遥斗の前に差し出した。
「ありがとう。いただくよ」
鈴木の鋭い眼光を気にすることなく、濃厚そうなガトーショコラにフォークを入れ口に運んだ。
濃厚なチョコレートの甘さと、カカオの風味が口の中に広がる。
糖分が頭に回ったところで心に余裕ができ、鈴木がこちらを見ていることに気付いた。
羨ましそうに見つめる鈴木の表情を観ていると、少し気が晴れてきた。
どうやらさっきのモヤモヤは、本気で下川を好きになったというよりも、下川が自分よりも鈴木を選んだ嫉妬によるものだった。
鈴木が狙っていた中村からガトーショコラをいただいて、溜飲が下がったところで遥斗は席を立った。
「ごめん、夕飯の支度があるから先に帰るね」
遥斗は財布からお札を一枚抜いてテーブルに置くと、お店を出た。
◇ ◇ ◇
7月の太陽は5時を回っても勢いは衰えず、アスファルトからは蓄えられた熱が放出されて上からも下からも容赦ない暑さが襲う中、家にたどり着くころには汗がにじんでいた。
「ただいま」
玄関に続いてリビングのドアを開けると、心地よい冷房の空気が体を包む。思わず火照った体を癒すため目をつむり深呼吸してしまう。
目を開けた遥斗は目の前には、オレンジ色のリゾートワンピースを着た女性の姿があった。
「えっ?誰、若菜?」
「遥兄ぃ、おかえり。どう?今度夏休み旅行に行くでしょ。その時用に、玲奈姉ちゃんに選んで買ってもらったの」
「うん、かわいいよ」
遥斗に褒められ頬を赤らめた若菜が、体を揺らすとそれにシンクロしてロング丈のワンピースも揺れる。
いつもと違うハーフアップに結んである髪の毛も、上品なワンピースと合っている。
制服か部屋着のジャージしか観たことのない若菜の違った一面に、遥斗の胸はざわついた。
「あっ、ひょっとして私のこと好きになっちゃった?」
若菜が腕を絡め、遥斗の腕を自分の胸に押し当てた。
「コラ、若菜。遥斗が困ってるでしょ」
若菜と色違いの緑色のワンピースを着ている葉月が、本を置いてソファから立ち上がった。
「葉月も色違い買ったんだ」
「うん、玲奈姉ちゃんは水色だよ」
葉月がにこやかな笑顔を浮かべ、遥斗もつられて微笑む。
遥斗の頭には、今日一緒に遊んだ鈴木や下川のことはなかった。
この三姉妹がいるなら、それで十分だ。
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