第22話 夏の始まり
期末テストが終わり終業式が近づくにつれ、生徒たちの頭の中は夏休み一色に染まっていく。
休み時間になるたびに、「夏休み、海行かない?」とか「プールにしようよ」などと夏休みの予定を話し合う声が聞こえてくる。
遥斗たちのグループも例外ではなく、お弁当を食べながら夏休みの予定を話あっていた。
サンドイッチを手に持った鈴木が、遥斗に話しかけた。
「28日にハルの家に集まって勉強しよ」
遥斗は今月発売された高校生向けのファッション誌で、HALUの芸名でモデルデビューした。
美佳たちには秘密にしておいたのに、目ざとい鈴木が小さい記事だったにもかかわらずみつけ、モデルデビューしたことがみんなにバレてしまった。
それ以来、遥斗は美佳たちからはハルと呼ばれるようになってしまった。
あだ名の「ハル」と呼ばれるようになって、親密さも一段と深まった気がする。
美佳はスケジュール帳を開き、予定を確認すると眉をひそめた。
「あっ、ごめん、28日はデートの約束入ってるんだ」
美佳は例の美容師と順調に交際を続けているみたいだ。
美佳の矛先が自分に向いてこない遥斗はホッとした。
「デートって、あの美容師さんと?」
「うん、それで相談なんだけど、3回目のデートでキスって早いかな?」
「3回目はまだ早いんじゃない?」
「え~でも、あんまりじらすと飽きられそうじゃない?」
夏休みの宿題を片づける勉強会の予定を話していたのに、いつのまにか話題は美佳のデートに移ってしまった。
美佳たちと話していると結論を出さないまま、次の話題に変わっていくことが度々ある。
もうすぐ一学期も終わろうとする今、ようやく遥斗もそんな美佳たちの会話に慣れてきた。
佐藤が美佳を羨ましそうな目で見つめた。
「いいな、美佳は彼氏がいて」
「さっちん、いい話があるよ。男バレと遊びに行かない?上林君から誘われてるの」
「鈴っちありがとう。で、いつ?」
またしても話題は男子バレー部と遊びに行く話に変わっていった。
自分には関係のない話題と思った遥斗がお弁当のタコさんウインナーに箸を伸ばそうとした時、急に話を振られた。
「ハルは30日って空いてる?」
「えっ私?」
「向こうは3人だから、女子も3人必要なんだよね。美佳は彼氏持ちだし、ハルしかいないのお願い」
佐藤は懇願している。
「私、女子枠なの?」
「そう、女子枠。モデルの子連れて行けば、男バレのみんなも喜ぶと思うんだ。それに、ハルなら、あっ、いや何でもない。まあ、とにかく私からもお願い」
鈴木も顔の前で両手を合わせてお願いのポーズをとった。
男子と遊ぶことに抵抗はあるが、友達付き合いと思って遥斗はスケジュール帳を開き30日の予定を書き込んだ。
◇ ◇ ◇
市内にある総合アミューズメント施設ラウンドゼロは、夏休みということもあり遥斗と同じような年代の若者たちで賑わいをみせていた。
男子バレー部3人が受付している様子を、少し離れたところから遥斗たちは眺めていた。
3人ともバレー部とだけあって背が高く、体格がいい。
名前は先ほどあったときに自己紹介して教えてもらった。
左側に立っていて一番背の高いのが上林君で、真ん中で店員さんと話しているのが中村君で、一番背の低く右側に立っているのが下川君だ。
それぞれポジションはライト、セッター、リベロといっていたが、バレーに詳しくない遥斗には、それぞれのポジションの違いがよく分からなかった。
隣では佐藤と鈴木がコソコソと話し合っている。
「鈴っちは誰?私は上林君」
「良かった。私は中村君」
それぞれ狙いの男子を決めたようだ。二人の話を傍観していた遥斗に、二人は視線を向けた。
「それじゃ、下川君の相手はハルお願いね」
「……わかったよ」
3人目の数合わせとして呼ばれた理由が分かった。
鈴木のノースリーブのトップスと、見せパン履いているから大丈夫といってミニスカートを履いてきた佐藤、二人の意気込みに圧倒されていると、受付を終えた男子3人が帰ってきた。
「お待たせ。最初は何する?」
「私、ダーツがいいな」
さわやかな笑顔を見せ女性陣に尋ねた上林君に、佐藤は腕を絡ませながら甘えた声で答える。
「ダーツは5階だね」
鈴木はさりげなく中村の手を握り、エレベータのある方へ向かった。
その後に佐藤と上林に続き、遥斗は残った下川と視線をあわせた。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
遥斗に話しかけられ緊張気味な声で返事をした下川と一緒にエレベーターへと向かた。
5階のエリアはダーツの他にもビリヤードや卓球もあり、楽しそうな声があちらこちらから聞こえてくる。
4台あるダーツのうち3つは埋まっていたが、運よく1台だけ空いていた。
中村は置かれていたダーツを一つ手に取った。
「ダーツ、いろいろ遊び方あるけどまずはカウントアップでいいかな?」
「私、ダーツ初めてだからわからない。カウントアップって何?」
鈴木が眉を寄せて困った表情を作り、中村に尋ねた。
「3本ずつ投げるを8回繰り返して、得点の高い方が勝ちってルール。他にもゼロワンとかクリケットとあるけど、初めての人もいるし最初は簡単なのから始めよ」
鈴木と同じくダーツが初めてな遥斗は、二人の会話に耳を傾けた。
「最初にちょっと練習してみよ」
上林がダーツを手に取り、的に向けてなげると中心の赤い丸に刺さった。
「上林君、上手!」
「たまたまだよ」
佐藤が大げさに褒めると、上林はまんざらでもない表情を浮かべた。
遥斗も練習しようとダーツを持ち、的の前に立った。
初めてのダーツ。意外と矢は重たい。慎重に狙いを定めて投げたものの、矢は大きく外れてしまった。
「川島さん、肘は固定した方が良い。それに足もこんな風に構えて」
下川が投げ方の基を教えてくれた。
下川の手が僕の腕に触れたとき、心臓が爆発しそうな気がした。
この前の体育授業の時と同じだ。あの時も小林に手取り足取り教えてもらっていると、胸がドキドキしてきた。
男子を好きになるなんて考えたこともなかったけど、体は明らかに男子を意識し始めている。
下川に教えてもらったとおりにダーツを投げると、今度は的に当たった。
「やったー!下川君、ありがとう」
遥斗がお礼を言うと、下川は照れた笑顔を見せた。そのかわいらしい笑顔に、遥斗の胸は躍った。
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