第17話 ダイエット

 今日もご飯が美味しい。

 生姜焼きの香ばしい香りが食欲をそそり、一口食べると肉のジューシーな旨みが口の中に広がる。かぼちゃのきんぴらは、甘くてホクホクとした食感がたまらない。

 甘くなった舌をスンドゥブチゲの辛みで中和する。

 甘みと辛みの無限ループで、遥斗の作る料理は組み合わせも完璧だ。


 ハードな練習でお腹を減らした若菜は3杯目のお代わりをすべく、炊飯器を開けたが中身は空っぽだった。


「遥兄ぃ、まだ何かある?」

「まだ食べるの?ちょっと待って」


 遥斗は冷凍庫から冷凍うどんを取り出すと、スンドゥブチゲのスープだけが残っている鍋に入れた。

 数分後煮立ったところで卵を落として、チゲうどんが完成したところで若菜の前に運んでくれた。


「ありがとう。美味しそう」


 待ちきれない若菜は、勢いよく立ち上る湯気を気にすることなくうどんをすすった。

 卵を入れたことで辛みもマイルドになり、スープだけとはいえアサリと豚肉から出た出汁が極上のハーモニーを奏でている。


「う~ん。最高!遥兄ぃ、コレまた作って、今度は大盛で」

「わかったよ」


 美味しそうに食べる若菜に遥斗は優しい視線を送った。

 食べ終えた食器をキッチンに運んでいる葉月は、呆れた表情だ。


「若菜、そんなに食べて体重大丈夫なの?大会2週間後でしょ」」

「大丈夫、大丈夫。練習がハードだから、お腹がすくのよ」


 葉月の言う通り2週間後に全日本体重別選手権が控えていた。ジュニアを主戦場にしてきた若菜にとって、大学生や社会人を相手にする初めての全国大会だった。

 ここで上位に入れば国際大会へ派遣され、そこで実績を積み上げれば2年後のオリンッピクも夢ではない。


 自ずと練習にも気合が入り、今日も出稽古で男子高校生相手にしてハードな練習をこなしてきた。


「それならいいけど……。キャー!」


 葉月の悲鳴とともに、食器が床に落ちる音がリビングに響いた。

 遥斗が慌てて葉月のもとへ駆け寄るのを見ながら、若菜はチゲうどんのスープを飲み干した。


◇ ◇ ◇


 夕ご飯を食べ終えた若菜は、片づけを遥斗と葉月に任せてお風呂に入ることにした。

 湯船につかると、疲れも一緒に溶けていくようだった。


「体重か……」


 湯船につかりながらわき腹と二の腕を掴んでみると、いつもより脂肪がついてきているような気がする。


 まずいかも……。

 体重が気になった若菜は湯船から上がると、恐る恐る体重計に足を載せた。

 52kg級の若菜はいつもは53kgぐらいの体重だった。

 少しぐらい増えても54kgぐらいだよね。


 そんな若菜の甘い希望は「55.2」と表示された体重計の数字で打ち砕かれ、今度は若菜が悲鳴を上げた。


「ギャー!」


 体重計に乗ったまま呆然としていると、ドア越しに遥斗の声が聞こえた。


「どうした、虫でも出たのか?」


 たまらずドアを開け、若菜は遥斗に抱きついた。


「体重が、体重が……、ヤバいの!」

「わかった。わかったから、とりあえず、服を着てから話をしよう」


 全裸の若菜に抱きつかれた真っ赤な顔をした遥斗は、目を瞑ったまま若菜を押し返した。


 服を着て少し冷静さを取り戻した若菜は、リビングの椅子に腰かけると遥斗に体重のことを話した。


「……それで1~2kgぐらいだったら、計量直前に汗をかけばどうにかなるけど、そのあとも5%ルールで54.5kgを維持していないといけないの」


 大会まであと2週間で最低でも700g。極端な減量は体力を削るから、できれば53kg台で大会に臨みたい。

 若菜の必死の訴えに、優しいまなざしの遥斗は耳を傾けた。


「遥兄ぃが悪いんだよ」

「えっ、ワタシが悪いの?」

「そうだよ。遥兄ぃがあんなに美味しいご飯を作るから、食べ過ぎて太ったんだから責任取ってよ」


 自分でも無茶苦茶だと思うが、現実を受け入れたくない若菜は、誰かのせいにせずにはいられなかった。


「まあ確かにそうかも。若菜が美味しそうに食べるから、甘やかしすぎた。ごめん。それで、あと2kg痩せないといけないんだね」

「……まあ、そうだけど。食事抜いてただ痩せるだけだと筋力も落ちるから、筋力を維持したまま脂肪だけ減らしたいんだよね」


 遥斗は難しい表情で考え込み、スマホで何やら検索し始めた。その姿を若菜はじっと見守る。


「それじゃ、明日からは『春雨大作戦』でいこう」

「春雨!?そんなんで痩せられるの?」

「そうだよ。これから2週間、毎日春雨にする」

「毎日なの?飽きそう」


 春雨と言えば、春雨スープと麻婆春雨しかしらない若菜は単調なメニューが続くことに不安を覚えた。


「大丈夫。今レシピ検索したから」


 若菜は自信ありげ表情の遥斗を信じてみることにした。


◇ ◇ ◇


 朝のジョギングを終えた若菜が家に戻ると、すでに朝食の準備ができていた。

 痩せるためにいつもより長めに走ってきたので、お腹はペコペコだ。


「ただいま。これが朝ごはん?」

 

 若菜の席にはいつものご飯ではなく春雨スープがはいった丼が、湯気を立てて置かれており、その隣には茶色の粉が入っているヨーグルトがあった。


「そう、春雨スープときな粉ヨーグルト」


 ヨーグルトにきな粉?その奇妙な組み合わせに若菜は警戒心を抱いた。


「わたしも食べてみたけど、意外とイケるよ」


 向かいの席に座っている葉月が、そう言うならと若菜はヨーグルトを口に運んだ。

 きな粉の自然な甘さとヨーグルトの酸味が合わさって、マズくないこともない。

 ヨーグルトにつづいて、春雨スープを食べ始める。


「こっちはメッチャ美味しい。鶏ガラのさっぱりスープに生姜が良い具合にアクセントになってる」

「よかった。気に入ってもらえて」


 若菜はスープまで一滴残さず平らげた。

 春雨だけで本当に痩せるのか分からないが、今は遥斗を信じるしかなかった。

 遥斗なら、きっと私を成功に導いてくれるはず。だから、彼の言うことを信じて、頑張ってみよう。

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