第16話 カラオケ

 遥斗は鏡に映る自分の姿が信じられずに、鏡を見続けていた。


 昨日買った黒地の小花柄のワンピースと、玲奈から借りたマスターイエローのカーディガンがお互いを引き立たせている。

 玲奈にメイクしてもらった遥斗の顔は、目元はラメで輝いており、唇はふっくらと艶めいている。


 鏡にはいままで17年間みてきた自分の姿とはまるで違う、美少女と言ってもいい可愛い女の子が映っていた。


「メイクってすごい!」


 遥斗は思わず独り言をもらした。

 メイクによって角ばった輪郭とほりの深さといった男らしい印象は消え、丸く平坦な女の子っぽい顔になっている。


 鏡の中の自分に見惚れている遥斗に、玲奈はそっと近づきその両肩に手を置いた。


「気に入ってくれたようね。メイク教えてあげるから、今度は自分でしてね」

「こんなに上手くできるかな?」

「練習よ。勉強と一緒で毎日やっていれば上手くなるよ」


 高校生でメイクなんてまだ早いと思っていた遥斗だが、実際メイクされてみるとその魅力に心を奪われてしまった。

 鏡の中の自分は、まるで別人みたい。

 こんなに可愛らしい女の子になれるメイクに興味を覚えた。


「あ~あもう、締め切りがなければカラオケ一緒に行くのに!」


 締め切りに追われている葉月が悔しそうな表情を浮かべている。


「うちのクラスのカラオケに、葉月がきたらおかしいだろ」

「え~、友達が友達を呼ぶなんて当たり前だよ」


 唇を尖らせて非難めいた声をあげる葉月をなだめていると、約束の時間が近づいてきているのに気付いた。


「あ、そろそろ時間だから行ってくるね。夕ご飯までには帰るから」


 午前中に夕ご飯の仕込みは終わらせた。主菜のサバの南蛮漬けと副菜の蓮根のきんぴらは冷蔵庫から出せばよく、あとはみそ汁を作るだけにしておいた。


 これも昨日買った黒のパンプスを履くと、見送りに来てくれた玲奈と葉月に手をふって遥斗は家を出た。


◇ ◇ ◇


 遥斗がカラオケ店に着くと、店の前にはすでに10人ぐらい集まっていた。

 その中には他のクラスの子もいるようだった。


 学校では男勝りなリーダーシップを発揮している橘美佳は、フリルいっぱいのブラウスにミントグリーンのスカートと意外とフェミニン系なファッションに身を包んでいる。


 彼女の意外な一面に驚きながらも遥斗は、美佳に人数が増えたことを尋ねた。


「あれ?この前の話より、人数増えてない?」

「うん、川島さんとカラオケ行くって言ったら、一緒に行きたいって言われてね。まあ、人数多い方が楽しいでしょ」

「……まあ、そうだけど」

「それよりも、やっぱり川島さん、私服もかわいいじゃん!普通って言ってたのに、すごくかわいい!メイクもして、どこからどうみても女の子だね」


 思いがけず大人数になったことに戸惑う遥斗に構うことなく、美佳たちは遥斗に私服に注目の視線を注ぎ感想を口にした。


「制服の時もかわいいと思ったけど、私服も激ヤバ!」

「まじ、本当に男子なの?私、負けてる」

「服のセンスもいいし、メイクも上手い。私も勝ってるところがない」


 注目を集められることに慣れていない遥斗は顔が真っ赤になり、心臓がドキドキしていた。どうすればいいのか分からず、ただただ戸惑っていた。


「ほら、お店の前でたむろっても迷惑だから、お店に入ろう」


 苦し紛れに遥斗が言うと、ようやく女子の集団はカラオケ店の中へと入っていった。


 受付を済ませて案内された部屋は、10人が優に入れるほどの大部屋だった。

 美佳は部屋に入るなりテーブルに置かれていたリモコンを手に取ると、慣れた手つきで操作し始め、すぐにマイクを持ちステージへと昇っていく。


 みんなが席に座る中、明るかった部屋の照明が薄暗くなりイントロが流れ始めた。


 曲は女性ボーカルの歌うアニメの主題歌で、音楽にさほど興味のない遥斗も知っている曲だった。


 躊躇することなくトップバッターで歌い始めた美佳の歌は上手く、振り付けも完璧だった。

 みんなの興奮は一気に、最高潮に達した。


 歌い終えた美佳は拍手の音に包まれながら、ステージを降り遥斗の隣に座った。

 少し息を切らしながらウーロン茶を飲んでいる美佳に、遥斗は話しかけた。


「美佳、上手いね」

「ありがとう。踊りで誤魔化しているだけよ。私、中学の時ダンス部だったから、ダンスには自信があるの」


 ダンス部だったのか。それで、キレキレの振り付きで歌えたのも納得できる。


「ほら、川島さんも歌おうよ」


 美佳がリモコンを渡して、遥斗に歌うように勧めてきた。


「美佳も一緒に歌おうよ」

「えっ、私と?」


 美佳と一緒に歌えばカラオケが苦手な遥斗でも場をしらけさせずに済ませる目論見だったが、躊躇されるのは意外だった。

 遥斗はもう一度お願いしてみた。


「そうだよ、美佳と一緒に歌いたいな」

「わかったよ。歌おう」


 頬を赤くした美佳はリモコンを手にして、一緒に歌う曲を選び始めた。


「これ歌える?」

「うん」


 20年ぐらい前のアイドルグループの歌だが、今では合唱コンクールの定番ソングになっている曲を美佳は選んだ。

 これなら遥斗も無理なく歌える。


 数人が歌い終えたところで、遥斗と美佳の順番がやってきた。

 予定通り遥斗は男性パートを無難に歌っているだけでも、あとは美佳が盛り上げてくれた。


 歌い終えて、席に着くと遥斗は美佳にお礼を言った。


「盛り上げてくれて、ありがとう」

「私も遥斗と一緒に歌えて楽しかったよ」


 美佳は残っていたウーロン茶を一気に飲み干した。


「ねぇ、川島さんって恋愛対象、男子なの女子なの?」

「あ~、それ私も知りたい!」


 美佳が尋ねると、近くにいた鈴木も反応した。

 遥斗はジンジャーエールを飲んでいるフリをしながら、頭を回転させた。

 

 学校では心と体の性で悩んでいるという設定になっているので、男子と答える方が自然だが、タイプとか聞かれるとボロがでそう。

 かと言って、本当のことを話すことはできないしな。


「あんまり性別は気にしないかな?一緒にいて楽しい人と一緒に居たいから、それが男子でも女子でもどっちでもいいかなって感じ」


 自分でも何言っているかわからないが、どっちつかずの答えを遥斗は口にした。


「へぇ~、そうなんだ。そうしたら、私にも」


 美佳は飲み干して氷だけになっているグラスを見つめながら、ポツリとつぶやいた。

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