第15話 スカウト
遥斗は両手にお店のロゴが入った紙袋をぶら下げている。
右手の袋にはワンピースとスカート、左手の袋にはトップス2着が入っている。
両足が棒のように重く、手には買った洋服の重みを感じていた。
一刻も早く休憩したい一心で、買い物を楽しんでいる玲奈にすがった。
「もう、疲れたの?まだまだサンダルも買わないといけないし、バックも欲しいし。あっ、そうだ。メイク用品も買わないとね」
「メイク!?まだ高校生だし、早くない?」
「全然早くないわよ。私が高校の頃にはしてたし、葉月だって出版社の人と会うときはしてるよ。まあ、まだ先は長いしこの辺りで休憩しようか」
まだまだ買い物が続くことにうんざりし始めた遥斗を気に掛ける素振りもなく、玲奈は目についたカフェの店内へと入っていった。
窓際の席に座り、置かれたあったメニューをみた玲奈が遥斗に話しかける。
「遥斗はカフェオレでいい?」
「うん」
遥斗が頷くと、玲奈はすぐに手をあげて店員さんを呼んだ。
「すみません。カフェオレと、豆乳ラテ一つずつ。どっちもホットで」
玲奈は声で男性とバレないように遥斗の分まで注文してくれた。
まだ湯気が立っているカフェオレの自然な甘さが、買い物で歩き疲れた遥斗の体を癒してくれた。
「買い物ってこんなにハードだとは思わなかった」
「まだバーゲンじゃないだけ、マシよ」
愚痴る遥斗に玲奈はバーゲンセールの混雑ぶりについて教えた。
遥斗をさらに絶望している様子を楽しげに眺めている玲奈が、豆乳ラテを飲んでいると玲奈のスマホから着信音が鳴り響いた。
スマホの画面をみた玲奈は、遥斗に「マネジャーからだ。出てもいい?」と断りを入れると通話ボタンを押した。
「コニタン、今?買い物中。なんか用?えっ、マジ!?わかった、今すぐ行く」
友達と話すような口調でマネジャーとの通話を終えた玲奈は、残っていた豆乳ラテを一気に飲み干すとバックを手にして席から立ち上がった。
「遥斗、ごめん。今日ウチの事務所の子がイベントに出てるんだけど、そのスポンサーが私に会いたいって言ってるみたい」
「それで行くの?休みの日なのに大変だね」
買い物から解放されることを期待した遥斗は、玲奈に同情しながらも内心喜んでいた。
「この仕事、フットワークが命だからね。それじゃ、遥斗も早く飲んで。今から、タクシー呼ぶから」
「えっ!?ワタシも行くの?」
「当たり前よ。買い物の続きがあるでしょ。すぐに終わるから、一緒に行こう」
玲奈の迫力に押された遥斗は、まだ冷めきっていないカフェオレを慌てて飲み干した。
◇ ◇ ◇
デパートの特設会場は化粧品の新製品の発売に合わせてトークショーやメイク講座などイベントが行われており、多くの女性客で賑わいを見せていた。
玲奈はイベント会場に入ると、マネジャーのコニタンこと小西の姿を探した。
女性客の中に場違いなスーツ姿の男性を見つけると、軽く手を振った。
「コニタン、お待たせ」
「休日にいきなり呼び出して悪かったね。どうしても、スポンサーの部長が会いたいってうるさくてさ。ところで、後ろにいる子は?」
後ろに立っている遥斗の存在に気付いた小西が、玲奈に問いかけた。
「ああ、私の妹。ハルって言うの」
いたずら心から遥斗を妹と紹介した玲奈は、遥斗に視線を送った。
アイコンタクトでその意図を理解した遥斗は、声で男性とバレないように軽く会釈だけをした。
「へぇ~、REINAの妹というだけあって可愛いね。どこか事務所入ってるの?」
完全に遥斗のことを女の子としか思っていない小西の様子に、玲奈は笑い声が漏れそうになるのを必死に堪え、遥斗の代わりに返事をした。
「まだよ。今日一緒に行っても大丈夫かな?」
「多分、大丈夫だよ。若くてかわいい子が増える分には、あの部長なら構わないよ。待たせているから、さっそくだけど行こうか?」
小西は先頭に立ってイベント会場を出ると、その横にある通路へと進んでいった。
関係者以外立ち入り禁止の立札を気にすることなく、通路を進み右奥にある部屋のドアをノックした。
「部長、お待たせしました」
「おう、待ってたよ」
小西に続いて部屋に入ると、控室のソファに小太りの中年オヤジが座っていた。
「初めまして、REINAです」
「おっ、さすがに実物は写真以上にきれいだね」
「ハネボウ化粧品の部長さんから褒められて光栄です。御社の化粧品、私プライベートでも使ってるんですよ。時間が経っても、汗かいても崩れないから、重宝してます」
大手化粧品メーカーの広報部長に媚びを打っておいて損はない。
いつもより2割のマシの営業スマイルを見せながら、体をくねらせた。
玲奈の思惑通り顔が緩み鼻の下が伸びていた部長が、玲奈の後ろにいる遥斗に気付き視線をそちらに向けた。
「後ろにいるのは?」
「あっ、妹のハルです。勝手につれてきて、ごめんなさい」
「ああ、別に構わないけど、REINAの妹さんだけあってかわいいね」
部長もまた遥斗が男だと気づいていないようだった。
目論見通り進み過ぎた玲奈は、我慢できずに笑い声が漏らしてしまう。
「フ、フ、フ」
玲奈の笑い声に気付いた二人の男性が、玲奈の方に視線を向ける。
玲奈は顔の前で両手を合わせて謝った。
「ごめんなさい。ハルではなくて、本当は遥斗なの」
「騙しちゃってすみません。こんな格好しているけど、男です」
遥斗が男だと知った人の男性は、目を丸くしながら玲奈と遥斗を交互にみつめた。
遥斗は申し訳ない表情を浮かべてお辞儀している。
「お、男ということは、付いてるの?」
「は、はい」
遥斗は股間の部分をさすりながら答えた。
しばしの沈黙。
悪ふざけが過ぎたかなと反省した玲奈がもう一度謝ろうとしたとき、二人の男性が遥斗の方に駆け寄り、興奮気味に話しかけた。
「多様性の時代にぴったりだよ。今度うちのCMに出てみない?」
「男の娘モデル。絶対売れるよ。事務所まだ所属してないって言ってたよね。ウチの事務所でどう?お姉さんと一緒なら安心でしょ」
二人の積極的な勧誘をうけ困惑する遥斗の表情を見て、玲奈はもう一度笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます