第14話 買い物

 待ちに待った土曜日、窓の外には澄み渡った快晴の空が広がっている。

 遥斗はベランダの物干しざおにシーツを干すと、一息つくためにソファに腰かけた。


 換気扇の掃除も終わらせたし、買い物の前にやるべきことは終わらせた。

 予定通りに家事を終えることができた充実感と達成感が体を包む。


 家事を終えるタイミングを見計らっていた玲奈が、遥斗に声をかけた。


「どう、そろそろ出れそう?」

「うん」


 ソファから立ち上がった遥斗を、玲奈は観察するかのようにじっと見つめた。


「その格好で買い物行くつもり?」

「これじゃダメ?」


 遥斗が今着ているのは、部屋着として使っているジャージ素材の黒の膝丈スカートと白のプルオーバー。

 ダメと言われても、他には初日に着たピンクのトップス白のミニスカートしか持っていない。


「そんな服着て行ったら店員に舐められるでしょ。ちょっと待ってて」


 玲奈は自室に戻ると、数分後スカートを手に持って戻ってきた。スカートの光沢のある生地が、光を反射してキラキラと輝いている。


「ウエストゴムだから、サイズは大丈夫だから、これに着替えて。あと上は、このカーディガン羽織る感じで着て」


 遥斗は玲奈に言われるがままに着替えを始めた。着替え終わった遥斗をみて、玲奈は軽くうなずき満足げだ。


 遥斗も鏡で自分の姿を確認してみる。

 白と黒のモノトーンのコーデにマスターイエローのカーディガンが良い感じにお互いを引き立たせており、肩から掛けているバックの赤茶色がいいアクセントになってコーデを引き締めている。


「玲奈さん、さすが」


 遥斗は称賛の声をあげ尊敬のまなざしで玲奈を見つめた。


「顔の近くに明るい色持ってきた方が顔色も明るく見えるし、ボトムにボリューム持たせた方が女性らしいシルエットになるからね。これぐらいコーデの基本よ。ほら、準備ができたんなら行くよ」


 玲奈は何かを隠すような早口で言い終わると、バックを手に取り玄関へと向かっていった。


◇ ◇ ◇


 土曜日のファッションビルは、多くの買い物客で賑わっていた。

 グレーキャミワンピースにベージュノーカラージャケットと目立たぬよう落ち着いたコーデにしてきた玲奈だが、それでもファッションに敏感な人たちが集まるこのエリアでは注目の的だ。


「あれ、REINAじゃない?」

「やっぱり、実物はきれい。オーラがちがう」


 周囲の人たちの会話が漏れ聞こえてくる。

 玲奈は時折サインや写真撮影を求めてくるファンの求めにも快く応じながら、目的のお店を目指していた。


 玲奈は「次はここね」と視線を向けた先のお店に入っていった。

 店内は形も色も豊富なスカートやワンピースが綺麗に並べてあり、見ているだけでも心が浮きだってくる。

 

 玲奈がお店に入ってきたことに気付いたスタッフが、小走りで駆け寄ってくる。


 玲奈はスタッフと気軽な調子で会話を始め、スタッフが「おすすめです」とか「新作です」と言って進めた服を吟味し始める。


 これで4軒目だが、違うお店違うスタッフなのに4回とも同じことが繰り返されている。

 人気モデルの玲奈はどこに行っても、VIP待遇される。


 玲奈はスタッフから受け取ったネイビーの水玉スカートを遥斗の体に当てて、首をひねる。


「もうちょっと明るい感じの色合いで、もうちょっとフレアな感じのない?」

「だったら、こちらはいかがでしょうか?」


 スタッフが持ってきたのは、白地に水色の花柄がプリントされているスカートだった。


「うん、いいんじゃない。試着してみようか?」

「試着室はあちらです」


 遥斗は、玲奈とスタッフ3人で試着室に向け歩きながら気になっていたことを聞いた。


「あの~、こうみえて男性だけど試着して大丈夫ですか?」

「え?男性ですか!?」


 スタッフは目を丸くして遥斗を見つめる。完全に女の子と思い込んでいたようだ。

 玲奈はしてやったりの笑みを浮かべている。


「ごめんね、騙すつもりはないけど、言い出すタイミングがなくてね」


 玲奈は両手を合わせて言い訳っぽく言っているが、絶対わざとだ。


「試着大丈夫だよね?ほら、遥斗。試着しておいで」

「あっ、はい」


 スタッフが頷くのを見て、玲奈が背中をポンと叩いた。

 遥斗はスカートを手に試着室にはいり、着替え始めた。


 薄く軽い履き心地で、それでいてフレアのラインもきれいに出ている。

 ちょっと大人っぽくていて、それでいてかわいい。

 気に入った遥斗は鏡の前でいろんなポーズをとっていると、玲奈が催促する声が聞こえてきた。


「どう?着替え終わった?」

「ごめん、今開けるね」


 試着室のカーテンを開けると、店員さんが間髪入れずに「お似合いです!」と声を掛けてくれた。

 一方の玲奈は腕を組み唇に指を当て、じっくりと観察する視線を遥斗へと向けた。

 スタッフは玲奈の評価が気になり、固唾をのんで玲奈の言葉を待っている。


「いいんじゃない。やっぱり遥斗は明るめの色が似合うね」


 合格点が出たことで、玲奈の後ろにいるスタッフが安どの表情をみせる。

 玲奈の存在の大きさを感じながら、元の服に着替え試着室をでた。


「それじゃ、次行こうか?」

「えっ、気に入ったのに買わないの?」

「一通り見た後じゃないと買わないよ。衝動買いしちゃうと、後から同じようなデザインでもっといい見つけたとき困るでしょ」

「はぁ……」

「わかったところで、行こうか?それじゃ、後でまた来るね」

「お待ちしてます」


 玲奈はスタッフに声をかけると、遥斗の手を引いて次の店へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る