第13話 晩御飯
校庭からは部活の声が聞こえてきた。
学校が一気に解放感に包まれる放課後、遥斗は昇降口前のロータリーで葉月がくるのを待っていた。
葉月を待ちながらも、頭の中は日曜日のカラオケのことでいっぱいだ。
何を着ていこうか?最初に葉月に買ってもらったトップスとスカート2着ずつしかもっていない。
駅前の店で買ったごく普通の服で、みんなの期待にこたえられるか不安。
それにカラオケで何を歌えばいいんだろう。
歌は得意な方ではない。
何回かカラオケには行ったことがあるが、遥斗が歌うと特に盛り上がる訳でもなくみんなドリンクを飲んだり、リモコンで次の曲の予約を入れたりと、注目されることもないまま歌い終えてしまう。
急に葉月に肩を叩かれて、驚きながら顔を上げた。考え事に夢中だったので、葉月が来たことに気づかなかった。
「お待たせ」
「ああ、ごめん。気づいてなかった」
葉月と遥斗は並んで帰り道を歩き始める。浮かない顔をしている遥斗を心配した葉月が声をかけた。
「さっき、考え事してたように見えたけど、何かあったの?」
「今度、クラスの女子たちとカラオケに行くことになってね。それで……」
遥斗は着ていく服の心配やカラオケが苦手ということを、葉月に相談した。
「そんなのどっちも心配しなくてもいいよ。服のことは玲奈姉ちゃんに相談したらいいと思うし、カラオケは一人で歌うのが嫌なら、誰か盛り上げ上手な人と一緒に歌えばいいよ」
「そうか、その手があったか!」
葉月のアドバイスで不安で暗かった日曜日が、急に気持ちが明るくなった。
一人で抱え込まずに、人に頼ってもいいんだ。
頼りにならない父親の礼司と暮らすうちに、誰かに頼ると言うのを忘れていた。
「ありがとう、葉月」
遥斗の口から自然と出た言葉に、葉月は恥ずかしそうに口元をほころばせた。
4時過ぎに帰宅すると遥斗と葉月は、それぞれの部屋で遥斗は勉強、葉月は執筆活動に取り掛かった。
6時を過ぎたころ勉強を終えた遥斗は自室から出ると、エプロンを身に付け晩御飯の支度をはじめた。
今日のメインは食べ盛りの若菜のために、安い厚揚げも一緒に入れてボリュームアップしたエビチリ。
遥斗はエビの下処理をしながら、副菜の組み合わせを考えた。
味噌汁は小松菜が残っていたからそれに油揚げを入れてと、あと副菜は昨日のほうれん草の胡麻和えがまだ残っているから、それとあとは冷奴。
引っ越してきて、もうすぐ一カ月。遥斗は家族のためにご飯を作る喜びを感じ始めていた。
玲奈や葉月から「美味しい」と言ってもらえると素直に嬉しいし、若菜が「美味い」と言いながらモリモリ食べている姿をみるのは楽しい。
6時半過ぎ、エビチリを作り終えた遥斗が味噌汁作りを始めたとき、葉月がリビングに姿を現した。
「いい匂い、夕飯なに?」
「エビチリ」
「美味しそう。ねぇ、遥斗相談なんだけど、書いている小説で告白する場所で悩んでるだけど、体育館裏と放課後の教室どっちが良いと思う?」
葉月はこうやって時々執筆している小説について、遥斗に尋ねてくることがある。
責任は重いが、頼りにされるのは悪い気はしない。
「二人の関係性は?」
「幼馴染という設定」
「それだったら、改めて告白場所に呼び出すより自然な感じの方が良いかな?放課後の教室で偶然二人きりになるのもいいけど、一緒の帰り道に昔よく遊んだ声の前を通ったときに、さりげなく告白するのもいいんじゃない?」
「あ~、それいいね。アイデア使わせてもらうね」
すっきりした笑顔を見せた葉月は、遥斗の晩御飯づくりを手伝い始めた。
7時にセットしてあった炊飯器のタイマーが、鳴ると同時に玄関が開く音がした。
若菜が帰ってきたようだ。
「ただいま!今日はエビチリ?美味しそう。すぐ食べるから、ご飯準備しておいて」
「わかった」
練習帰りでお腹をすかせた若菜は、手を洗っただけで制服のままテーブルに着いた。
帰りは遅くなると連絡のあった玲奈を待つことなく、3人での夕食が始まる。
「やっぱり、遥兄ぃのごはん、最高!」
「冷奴もわかめと天かすが乗ってて、いつもと違って美味しい!」
二人とも美味しそうに遥斗の作った料理を食べていく。
若菜が三杯目のごはんをよそっているときに、リビングのドアが開いた。
「玲奈姉ちゃん、おかえり」
「ただいま」
玲奈のあいさつに元気がない。表情にも疲労の色がにじんでいる。
「演技の練習って疲れる~」
玲奈は悲鳴のような独り言を漏らしながら、ソファに寝転んだ。
最近の玲奈は女優業にチャレンジするために、演技のレッスンを定期的に受けている。新しいことへの挑戦は心身ともに疲れるようだ。
「玲奈さん、そんなところで寝たら服がシワになっちゃうよ。着替えておいでよ、その間にご飯温めておくから」
「わかった」
重い足取りで自室へと向かう玲奈を見送ると、遥斗はみそ汁の入った鍋を温め始めた。
その間に、炊飯器からご飯を装うとしたとき、遥斗の手が止まった。
太るのを気にして玲奈はご飯は茶碗半分しか食べない。
遥斗はしゃもじですくったご飯をお茶碗ではなく、みそ汁の入っている鍋に入れた。
部屋着に着替え少し元気の取り戻した玲奈の前に、遥斗は温め直した夕ご飯を置いた。
エビチリとほうれん草の胡麻和えと冷奴は他の二人と一緒だが、あと一品がちがう。
他の姉妹と違う料理に玲奈は、目を丸くしている。
「なに、これ?」
「おじやだよ。お味噌汁にご飯いれて、卵とチーズいれてある。これなら、ご飯の量少なくても満足感もあるし、栄養もあるでしょ」
「わざわざ、作ってくれたの?ありがとう。う~ん、美味しい」
おじやに口を付けた玲奈はニッコリと微笑んだ。
「え~、玲奈姉ちゃんだけズルい。私にも作ってよ」
若菜が玲奈のおじやを見つめながら、みそ汁とご飯を手に持った。
「わかったよ、作るから待ってて」
若菜から受け取ったご飯と味噌汁を手にキッチンに戻ったとき、玲奈が思い出し方のように言った。
「そうだ、遥斗。土曜日何か用事ある?」
「天気良さそうだからシーツの洗濯と換気扇の掃除しようと思ってたけど」
「暇ってことね。それじゃ、買い物行こう。そろそろ暑くなってくるから、春夏物買わないと」
一方的に話を進められたのは心外だが、服が欲しかったのも事実。渡りに船とばかりに、玲奈の提案に遥斗は賛成した。
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