第11話 女子グループ
教室棟の廊下は人気はないが、各教室から洩れてくる話声が響き渡っていた。
2階の突き当りにある2年1組の教室の前に立つと、ドアを開ける前に先生は立ち止り遥斗の方を振り返った。
「先に先生が入るから、ちょっとここで待ってて」
先生が教室のドアをあけ中に入ると、賑やかな話声が一瞬にして聞こえなくなった。
中から「おはようございます」という挨拶の声と先生の声が断片的に聞こえた後、ドアが開き先生が顔をのぞかせた。
「川島さん、入ってきて」
遥斗が恐る恐る教室に入ると、中にいた30数名の生徒の視線が遥斗へと突き刺さり、緊張のあまり心臓がバクバクと鳴り始めた。
ざっと見渡したが、葉月の姿は見えない。別のクラスのようだ。
葉月のいない不安が、より一層遥斗を緊張させ心拍数を上昇させた。
先生に自己紹介を促され、遥斗は何度も練習したセリフを口にした。
「初めまして、川島遥斗です。こんな格好していますが、男子です。よろしくお願いします」
お辞儀をした遥斗が顔を上げると、クラスのみんなは全員黙ったまま遥斗を見つめていた。
そうだよな、女装した男子生徒にどう反応していいか困るよな。
遥斗がクラスメイトの心の内を推測していると、沈黙を破るかのようにある女子生徒から「かわいい」と声が漏れた。
するとそれを皮切りにクラスメイト達が一斉に口を開き始めた。
「え~、かわいい!男子に見えない」
「マジで男子?」
「私よりかわいくない?」
生徒たちの驚きと称賛の声が教室中に響き渡った。うるさくなり過ぎたところで、先生がパンパンと手を叩き、大声で叫んだ。
「みなさん、静かに!川島さんはあそこの席に座って。そんなわけだから、みんな仲良くしてね」
先生は一つだけ空いていた机を指さした。
ひとまず「キモい」とか非難めいた声がなかったことにホッとした遥斗が、その席に座ると、先生は今日の流れなど事務的な連絡を始めた。
◇ ◇ ◇
校長先生の長い話があった始業式に続いて行われた、各教室でのホームルーム。
委員会活動を決めたり、掃除場所のローテンションを決めたりしていると、あっという間に午前中が終わってしまった。
チャイムが鳴り響く中、先生が慌ててホームルームを締めくくった。
「それでは、早速午後から授業が始まります。2年生は進路を決めるうえで重要な1年です。気を抜かないように集中してください」
「起立、礼。ありがとうございました」
先生が教室から出ていくや否や、男子生徒は席を立ち遥斗の周りを取り囲んだ。
「川島さん、マジかわいいけど、本当に男子?」
「ドッキリで本当は女子とかじゃないの?」
「ねぇ、今度カラオケ行こうよ」
お腹を空かせた野獣のような男子生徒たちの質問攻めにあい、遥斗は困惑の表情を浮かべる。
好意的に受け入れてもらえたのは嬉しいが、受け入れすぎだろ。
葉月に助けを求めたくても別のクラスだしな。
どうしよう。トイレと言ってこの場から逃げるか?
でも、初対面の印象って大事だしな。最初からむげにするのもな。
どう対応していいか困っていると、一人の女性生徒が大きな声であげた。
「ほら、みんなで取り囲んでも川島さん、困ってるでしょ!」
取り囲んでいた男子生徒たちの視線が、その女子の方へと向く。
ショートボブの女の子は、さっきの委員会決めで学級委員になっていた、たしか名前は……
遥斗が名前を思い出そうとしていると、その女子生徒は男子の群れをかき分けスタスタと遥斗の方に近づいてきた。
「川島さん、初めまして橘美佳です。一緒にお昼ご飯食べましょ」
「あっ、うん」
橘さんの迫力に押された男子たちは抵抗することもなく、遥斗を見送った。
橘さんに連れられて教室の左奥にいくと、女子二人がすでに座ってお弁当箱を広げていた。
「連れてきたよ」
「マジ、近くで見るとますますかわいい!」
「うん、髪の毛もきれいだし、肌もきれい」
橘さんと女子二人に褒められ遥斗は、照れながら橘さんの横の椅子に座った。
席に座ると、他の女子二人は佐藤さんと鈴木さんと自己紹介してくれた。
どうやらこれが女子グループってやつで、遥斗は橘さんたちのグループに入れてもらえたようだった。
遥斗が赤いお弁当袋に入れてきたお弁当を取り出し、ふたを開けるとまたしてもどよめきが起こった。
「川島さんのお弁当美味しそう」
「たいしたことないよ。昨日の夕ご飯の残りの一口チキンカツに、常備菜のピーマンのジャコ炒めいれてるだけで、朝作ったのは卵焼きだけだし」
「えっ、川島さん、自分で作ってるの?」
「まあ、そうだけど」
「すごい!」
遥斗の前の学校は学食がなく、お弁当が必要だったので毎日作っていた。慣れてしまえば、常備菜と前日の残りを組み合わせれば、毎日お弁当を作るぐらいどうってことはない。
一人前が四人前になったところでたいして手間が増えるわけでもないので、葉月たち三姉妹の分も今朝作った。
今頃みんな食べているころかなだろう。
「卵焼き美味しそう。私のウインナーとかえっこしよ」
橘さんは遥斗の返事を待つことなく、遥斗のお弁当にウインナーを置くと、卵焼きを一切れとり、そのまま口に入れた。
「う~ん、美味しい。川島さんの卵焼きって甘いんだね」
「卵焼きって甘い物じゃないの?お寿司屋さんのも甘いし」
「ウチのはしょっぱいよ。卵焼き、あんまり好きじゃなかったけど、これふんわりして甘くて美味しい!」
卵焼きを食べ終えた橘さんは満足げな笑顔を見せた。
橘さんからもらったウインナーを食べながら遥斗は、はやくも橘さんに親近感を感じていた。
食べ物を共有しあう行為には、そういった効果があるようだ。
家族構成や趣味のことなど会話が盛り上がり始めてきた。
お弁当を食べ終えたタイミングで、橘さんが小声で尋ねてきた。
「ねぇねぇ、川島さんってやっぱり下着も女性ものなの?」
「美佳、いきなりそういう質問はないんじゃない?」
「だって、気になるもん。女の子同士、体育の時下着見せあってるじゃない。これぐらい普通よ」
「まあ、そうだけど、で、川島さんどうなの?」
いきなり核心をついた質問を始めた橘さんを、いったんは止めてくれた佐藤さんも仲間に加わり、3人の女子の視線が遥斗へと向けられる。
「う、うん、まあ、女性もの。ブラも付けてるよ」
そう答えると、鈴木さんが叫び声をあげた。
「あ~やっぱり、胸に膨らみがあるって思ったもん。で、どんな色なの?川島さんはブラとショーツ、お揃い派?別々派?」
「ちょっと、早紀。グイグイ行き過ぎでしょ」
「だって、美佳だって気になるでしょ」
「うん、気になる。で、どうなの?川島さん」
いつの間にか他の女子生徒たちも集まってきており、遥斗は今度は女子生徒に囲まれてしまった。
前の学校ではどちらか言えばボッチなほうで、こんなに注目されるのは初めて戸惑いを隠せない。
全員からの興味津々な視線の圧力に耐えられなくなった遥斗は、下を向いて恥ずかしそうに答えた。
「み、み……、水色。上下セットだよ」
遥斗が答えた瞬間、固唾を飲んで答えを待っていた女子からどよめきと歓声が巻き起こった。
「やっぱり見た通り清純派!」
「メッチャかわいいけど、彼氏とか、もういるの?」
「私服どんな感じ?そうだ、今度カラオケいこうよ」
「賛成!今度日曜空いてる?」
さっきの男子たちとは比較にならない盛り上がりをみせ、遥斗の都合はお構いなしに話がどんどん進んでいく。
遥斗は女子に囲まれながら、呆然とするしかなかった。
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