第10話 初登校

 窓の外には透き通るような青い空が広がり、朝の柔らかな陽射しが街を照らしていた。

 遥斗は制服に着替えると、リビングに置かれている姿見の前に立った。


 水色のブラウスに紺と水色のストライプのリボン、スカートは紺と水色のチェック柄。この学校のスクールカラーなのか、制服は青系統で統一されている。


 鏡に映る自分の姿に何度見返しても、まだ自分自身と結びつかないような気がして、何度もポーズを変えながら見てしまう。


 美和さんの美容室でカットしてもらった髪は丸みのあるショートカットだ。

 顎を触るとスルっとした滑らかな感触が手に伝わる。脚も同様にエステで処理してもらい、一本のムダ毛もない真っ白でスベスベだ。


 鏡に映っているのは紛れもなく女子高生、しかも可愛い部類の。

 それがとても自分の姿とは思えず、遥斗は鏡に見入ってしまっていた。


 義母の美和さんの手によって整えられた外見と、玲奈から教えてもらった女性らしい身のこなしで、スーパーに買い物に行っても男だと気づかれることはなかった。


 心と体の性の不一致で悩む男子高校生という設定で、父親の礼司がその交渉力を発揮して、男子でありながらスカート着用を学校に認めさせていた。

 なので、最初から男とバレている状態でのスタートとなる。


 「キモい」とか「変態」とか言われ、受け入れてもらえない不安が遥斗を襲っていた。

 そんな遥斗の気持ちを見透かしたのか、同じ制服を着た葉月が声をかけてくれた。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。きっと遥斗さんなら大丈夫」

「本当に?」

「だって、遥斗さんカワイイもん。カワイイは正義だよ」


 普段は理路整然としたミステリーを書く葉月の根拠のない言葉に、逆に遥斗は大丈夫な気が湧いてしてきた。


「それじゃ、そろそろ行こうか?」

「ああ」


 学校までは歩いて15分程度。まだ余裕で間に合う時間だが、余裕をもちたい遥斗たちは学校に行くことにした。

 葉月が遥斗の手を引いたところで、玲奈から待ったがかかった。


「ちょっと待って!スカート、もう少し短くしたほうがいいんじゃない?」


 玲奈が遥斗の腰に手を回すと、スカートのウェストを折りたたんだ。

 遥斗は再び姿見の前に立ちいろんなポーズをとって、見え方をチェックした。

 わずか5cm。たったそれでも、受ける印象はかなり違った。

 野暮ったく見えたスカートは軽やかな印象に代わり、遥斗のきれいな脚をより引き立たせている


「たしかに、こっちの方がしっくりくるというか、イケてる感じがする」


 脚の露出度が増すことに抵抗はあったが、少しでも可愛く見せたいという気持ちが勝った。

 思い通りの結果に、玲奈はしたり顔だ。


「おしゃれは、小さなことの積み重ねなの。それじゃ、学校行ってらっしゃい」


 玲奈に背中をポンと叩かれ、学校に行くために玄関へと向かった。


 4月の朝の空気はまだヒンヤリとしており、短めのスカートを履いている遥斗は風が吹くたびに太ももに冷気があたるのを感じた。


 室内だとあまり感じないが、こうやってスカートを履いて外に出るたびスカートの防御力のなさを感じる。


 遥斗は隣を歩く葉月に愚痴っぽく話しかけた。

「スカート履いてるときって、気が抜けないよな。風が吹けば、めくれないように抑えないといけないし、階段上るときは下から覗かれないようしないといけないし」

「そうね。慣れれば自然とできるから、気疲れするのも最初のうちだけよ」


 葉月は明るい笑顔で励ましてくれた。


 ほどなくして学校に着くと、教室に向かう葉月とは昇降口で別れ、職員室を目指した。

 教室がある校舎とは別の棟の1階にある職員室のドアの前に立ち、制服のシワを伸ばしてリボンが曲がっていないかを確認した後、一呼吸してドアを開けた。

 遥斗は一歩職員室の中に入ると、元気よく挨拶をした。


「おはようございます。転校してきました、川島です」


 職員室にいた教師たちの視線が、遥斗へと向かう。

 まあ、無理もない。見た目完全女子生徒から、声変わりした野太い声が発せられたら誰でも驚くだろう。

 職員室の真ん中に座っている女性の先生が手を振った。


「川島さん、こっちにきて」


 ステラおばさんを彷彿とさせる少し小太りで眼鏡をかけた中年女性が、遥斗の歩いて近づいてくる様子を観察するかのように見つめていた。


「初めまして、担任の小林です」

「川島遥斗です。よろしくお願いします」


 小林先生は、絵画の鑑定士が真贋を見極めるような鋭い視線を遥斗へと向けた。

 やがて納得したのか、眼鏡を触りながら遥斗に話しかけた。


「川島さん、本当に男子?想像してたより、はるかにかわいい。女子に見えるというより、女子よりもかわいいわね」

「ありがとうございます」

「さっきの歩き方も上品で、立ち姿も様になってる。きっと男子にモテモテだよ」


 褒められすぎてどう答えていいのか分からず困惑している遥斗の肩を、叩きながら小林先生は語り掛けた。


「私はそういうことに理解のある方だから、困ったことがあるならいつでも相談してね」

「あ、はい」


 遥斗は愛想笑いを浮かべた。

 そういうことというのはLGBTのことだとは思うが、遥斗が実際に悩んでいることは別の話だ。

 再婚相手の義姉妹たちと女性専用マンションに住むために女装して、その3人から毎日迫られているなんて状況を理解してもらえるとは思えない。


「それじゃ、そろそろ朝のホームルーム始まるから一緒に行こうか?」

「はい」


 遥斗は先生の後をついて職員室を出ると、2年1組の教室へと歩き始めた。

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