第9話 意外な素顔

 幸運にもじゃんけんに勝利した喜びの表情を浮かべている玲奈だが、内心は計画通りとほくそ笑んでいた。

 玲奈は子供の時から、葉月と若菜は大事な勝負時にグーを出す傾向があることに気づいていた。


 いつも勝ちっぱなしだと怪しまれるので、譲ってもいいときはわざとチョキを出して、葉月や若菜に勝ちを譲っていた。

 でもどうしても食べたいお菓子や、かわいい文房具などを決めるときは、パーを出して欲しいものは手に入れてきた。


 今回もそう。遥斗と初めに寝る権利を二人には譲りたくなかった。

 遥斗は絶対私の物にして見せる。


 部屋に連れ込んだ遥斗は、興味深そうに部屋の中を見渡している。


「ごめんね。あんまり女の子らしい部屋じゃないでしょ」

「女の子の部屋ってピンクのイメージあったけど、この部屋落ち着いた感じ」


 部屋は玲奈の好みに合わせて白と黒のモノトーンで統一している。

 遥斗は立ち上がり本棚に近づくと、本の背表紙を眺めながらつぶやいた。


「ファッション誌だけじゃなくて、真面目な本も多いね」

「まあね。これでも一応大学生で、まじめに勉強してるからね」

「大学は何を勉強してるの?」

「栄養学よ。もちろん今の仕事にも役に立つし、将来のための保険にもなるからね」

「保険?」


 遥斗が不思議そうな表情を浮かべている。


「モデルなんて、次々に新しい子がでてきて長くは続けられない。だから、今後は女優業にもチャレンジするけど、それも上手くいかなかったときのために、栄養士とかサプリメントアドバイザーとかの資格持ってたら、お母さんのエステで働けるでしょ」


 遥斗の視線が尊敬のまなざしに変わり、玲奈の心はキュンとした。


「玲奈さんって、意外といろいろ考えてる」

「そうよ」

「食事とか運動とかにも気を配っていて、24時間生活のすべてをモデルの仕事に捧げてるなんてすごい!」

「まあね。この世界、かわいいだけじゃやっていけないの。さあ、寝不足はお肌の天敵だから寝よ」


 褒められすぎてデレデレと崩れた顔を遥斗には見せたくなかったので、すかさず電気を消してベッドに入った。


 数秒後、遥斗がゆっくりとベッドに入ってくる。

 玲奈の方に向け丸めている背中を玲奈はそっと撫でた。

 その固い手触りで、緊張していることが伝わる。

 玲奈は遥斗にそっと優しく声をかけた。


「安心して。いくら遥斗のことが好きでも、私から手を出すことはないから」

「えっ!?」

「無理やり体は奪っても、心までは奪えないから。遥斗が私を選んでくれるのを待ってるから。じゃあ、おやすみ」


 そういうと、玲奈は遥斗と反対側を向いた。

 最後は自分が勝てることを知っているから、毒蛇は焦らないし、強い犬は吠えない。

 そう、最後は遥斗は私を選ぶはず。その時をじっくりと待てばいい。


 玲奈の言葉に安心したのか、それともただ人恋しかったのか分からないが、遥斗は背中をくっつけてきた。

 背中越しに遥斗の体温を感じながら、玲奈は眠りについた。


◇ ◇ ◇


 遥斗は目を覚ますと、隣にはきれいな女性がスヤスヤと寝息を立てながら眠りについているし、自分はピンク色のかわいいパジャマを着ている。


 何がどうなってるんだ。

 そうだった。引っ越してきて、なぜか女装することになって、三姉妹に惚れられて、玲奈と一緒に寝たんだっけ。


 あまりに非常識な出来事が連発していた。

 夢みたいだが、夢ではないことは胸に付けているブラジャーの感触で、自分が女装していることを思い出した。


 ベッドで半身を起こして、ボーっとしていると玲奈も目を覚ました。

 目を擦っている玲奈と挨拶を交わす。


「おはよ」

「おはよ。って!?やめてよ」


 玲奈が遥斗の背中に顔をそっとつける頬ずりしはじめた。


「いいじゃん!これぐらい。ねぇ、お願い。ちょっとだけ」


 すがるようなお願いをむげに断ることもできず、しばらくそのまま静観することした。

 息をのむような美人な玲奈に朝からこんなことされるなんて、本来なら喜ばしい状況のはずだが、遥斗には素直に喜べない理由があった。


 玲奈が満足したところで寝室から出ると、朝ごはんの準備をしていた葉月が手を止めてこちらを振り向き挨拶してくれた。


「おはよう。よく眠れた?」

「うん。おはよ。」

「遥斗さんは、朝パンでいい?パンでいいなら、一緒に焼くけど」

「ありがとう。じゃ、お願いしてもいいかな」


 エプロン姿の葉月がトースターに二人分のパンをセットした。

 可愛らしい女の子が朝ごはんを作ってくれる。これも他の男子からすれば望外の的だろう。

 立ったまま朝食の準備をしてくれている葉月を眺めていると、突然背中に柔らかく生暖かいものがあたる感触を感じた。


「遥兄ぃ、おはよ」

「おはよ」

「だから若菜、色仕掛けはズルいって言ってるでしょ」


 朝食用のスムージーを作るために、バナナと野菜をミキサーに入れている玲奈が手を止めて、若菜を注意した。


「これぐらい、スキンシップだよね」

「若菜、遥斗さんが困った顔しているからやめて」


 可愛くて豊満な胸を持つ連れ子の義理の妹に惚れられる。男ならだれもが憧れるラノベにありがちな展開。

 

 このように他の男子がうらやむような理想的な状況が3つも揃っている。

 しかし、揃っているがゆえに一つを選ぶことができず、若菜の胸の感触を感じても鼻の下を伸ばすわけでもなく、ただただ遥斗は困惑の表情を浮かべるしかなかった。


 玲奈はスムージ、葉月と遥斗はパンとカフェオレ、若菜は丼ご飯に焼いたウインナーと三者三様の朝食が始まった。

 ちょっと焦げ過ぎのパンを齧った遥斗は、その苦みを紛らわすためにカフェオレに口を付けたが、葉月の淹れてくれたカフェオレは泥水のごとく苦かった。


 思わず顔をしかめて遥斗に気付いた葉月は、申し訳なさそうに謝る。


「ごめんなさい。コーヒー豆の量間違えたみたい」

「大丈夫。牛乳多めに入れれば、飲めるから」


 冷蔵庫から牛乳を取り出したところで、思い出したかのように玲奈が話しかけてきた。


「あっ、そうだ。お母さんが今日の10時にお店にきてって言ってた」

「お店?」


 牛乳を入れ苦みをマイルドにしたカフェオレを持った遥斗が、テーブルに戻ってきたところで、玲奈は話をつづけた。


「まず美容室で髪の毛カットして、そのあとエステで脱毛するって」

「えっ!?」


 そんな大事なことを一方的に決められて愕然としている遥斗に、玲奈は言葉をつづけた。


「お母さん乗り気だったよ。『男の娘』ってビジネスになるかもって、声が弾んでたよ」


 玲奈は嬉しそうに語る横で、美和さんのしたたかなビジネスセンスに感心しながら遥斗は焦げ付いたトーストにかじりついた。


 

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